125 もしもし私、今畑の小屋にいるの……
結論から言うと、ブレスレットは通信機器になっているっぽい。
なんで? と思うがなっていた、ようだ。
だってまたルーナの声が聞こえたのだ。
思わず「ルーナ、私も大好きだよ。おやすみ」って言っちゃったのは仕方ない。
『サキさん!? えっ!?』
ってうろたえた可愛い声が返ってきて眠気もさめたけど。
でももう遅いから、ルーナには寝てもらわないと、と思って明日またということで寝た。そして、朝に呼びかけてみたけど返事はなかった。
ミミとキララとで実験したのだけど、もともと念じれば通じる使い魔たちなので、検証が難しすぎた……。
意思を持って呼びかけたら、つけてても外しても聞こえるよ!
「あーあー、本日は晴天なりじゃ!」
「我ニ追イツクグラマン無シ」
って言われて、ミミなんでそんなこと知っているの!? ってなった。
朝の畑の水やり等の作業をすませてから、約束通りルーナを訪ねる。
「サキさん! 夢じゃなかった!?」
喜ぶルーナに出迎えられた。そして……。
「説明してもらおうか」
ルーナから話を聞いたのだろう。腕を組んだジュドさんに問われても自分でもよくわかっていないので答えられない。
「思い当たるのはブレスレットなんだけど……」
腕を上げてブレスレットを見せる。でもごくごく普通にいつも通りに作っただけなので、なんとも。
「ルーナ。朝呼びかけたけど聞こえたかな?」
「ううん。わたしも朝、起きてから試したのにお返事なかった……」
一生懸命呼びかけてくれたのだろう。それなのに返事がなかったのでしゅんとなっていたようだ。その様子を見たジュドさんが話を聞いた、と。
うーん。やはり朝の呼びかけは通じていなかった。こちらにもルーナの声も聞こえていない。
再度ルーナと部屋をへだてて実験したけれどよくわからない。というか隣室くらいだと普通に声が聞こえる。特にルーナはお耳が良いから。
ジュドさんの家を出て、適当に離れた場所に私が行って呼びかけてみたけれど、反応無し。
あれれ?
気のせいだった?
それにしても道で手首に向かってしゃべるの、ちょっと恥ずかしいね。人がいなくてよかった。
戻ってジュドさんに伝える。
「気のせいだったようで……」
「そんなはずはないだろう」
ジュドさんに強く言われたけど、通じないものは通じないので仕方ないね。
ルーナとお話したけど「サキさんのことをいっぱい考えていたの」と可愛いことを言ってくれるので顔がにやけるし、考えがまとまらない。ルーナのエルフとしての不思議パワーが働いたのだろうか。それにしては双方向だったけど。
せっかくなのでマーサさんのめっちゃ美味しいご飯をおよばれしていきたいと思う。ちゃんと手伝うので。そして食材を提供するので!
たまにはお魚も食べたいよね。ただ、親戚に漁師がいるとお魚もあまり買わないのだ。もらうから!
釣りが趣味な知り合いもいて、鮎とかイカももらっていた。
そういえば、昔は天然ウナギももらったなぁ。ちゃんと調理してからくれたので助かった。あんなの捌けないよ……。
そんな私が買ったことあるお魚は限られる。はっきり買った記憶があるのは鮭のカマと秋刀魚くらい。
秋刀魚はね。買ってた。親戚は秋刀魚漁はやってなかったから。エビ網はやっていたけど。
そして秋刀魚は昔はとても安かったので!
記録を見ると、一匹30円って出てきた。ああ、うん。昔はとても安かった、ね。
近年とれなくなって高級魚になっていたけど。港が近いと魚は安いのだ。もっと昔はバケツ一杯で数百円だったみたいだけど、さすがにそれを買ったことはない。
「あらまあ、スラッとした格好いいお魚ね。ピカピカね。焼くだけでいいの?」
マーサさんに聞かれて頷く。だよね、秋刀魚って形が良い。ただ、私が一番ハンサムだと思うお魚はカマスだ。カマスってすごく良い男っぽい気がする。育ちが良いというか。エリートっぽいというか。
個人的に秋刀魚は塩して焼くだけで良いと思う。次点で甘露煮も良い。フライはあまり食べた記憶がない。
「シンプルに焼いて、そんで大根をすったやつと、酸っぱい柑橘、レモンかすだちがあれば最高!」
「大根はもちろんあるわ。レモンもあるから切りましょうね」
すだちはないか。探せばあるかな。あるといいな。お醤油はちょこっとお皿に私が出す。出すったら出す。ああもう、今からよだれが。
マーサさんが完璧に焼き上げた脂ののった秋刀魚はもちろんジュドさんとルーナを魅了した。私もうっとりだ。
私もちゃんと手伝った。尻尾に塩をつけたよ……。
薄っすらと身を覆う脂が口に含んだ瞬間にとろける。柔らかく味わい深い身が美味い。すっごい美味しい秋刀魚。個人的には背の茶色いところ。血合い? が好き。でも魚の血合が好きだと言ったら「珍しいね、じゃあこれあげる」とカツオの赤黒いところを出されたけどあそこじゃないんだよね。皮と身の間の茶色いところ。しゅーって取れるあそこ。わかって。あそこが好きだ。味が濃くて美味しい。秋刀魚のは特に美味しい! 最高! 大好き!
「美味い」
あの、ジュドさん。骨はどこ行った? 残っているのが頭と塩だらけの尻尾だけなのにびっくりする。全部食べたのね。骨も内臓も。マナー教師に見せたら文句無しじゃなかろうか。こんなに綺麗に食べた魚、見たことないよ。
なんだか頭を見つめているけど、頭までは食べなくても良いんじゃないかな、うん。
ルーナには魚を食べるのは難しかろうと、身を外して小皿に取り分けておいたのだけど。綺麗に食べてくれた。良かった。
「お魚、臭くなくて美味しい! これ好き! 大好き!」
ああ、ここら辺で売っている生のお魚、多分川魚だよね。あまり鮮度が良くは見えなくて私は買ったことがないけれど。
うっすら青い中骨を慎重に箸で取って食べる。美味しい。至福だ。
「ほんと、器用ねぇ。そんな棒二本で食べるなんて」
箸使いをマーサさんに褒められるけれど、私は箸の使い方があまり上手くない。持ち方はけっこういい線をいくのだけど、使い方がちょっと独特なのだ。気を抜くとクロス箸の一種になる。正しい箸の使い方、難しいよね……。
ナイフとフォークで魚を綺麗に食べられるマーサさんの方がとても器用だと思う。
マーサさんが作ってくれた野菜とお肉がたっぷり入った煮込みが、これまたすごく美味しくて。お腹がほっこりする。どうやって作ったのかを聞いた。
「ふふ、適当にお野菜とお肉を切って炒めて煮込んだだけよ」
そう言われる。ああ、お料理が上手であるものをささっと組み合わせて美味しいものを作る人が言いがちなその台詞。名もなき料理、すごく美味しい。
美味しい幸せな昼食を堪能した後、蚊取り線香と上級ポーションをぐいぐいっと渡して帰ってきた。上級ポーションはルーナに持っていて欲しいからね。
受け取れないと返そうとしたジュドさんだけど、押し勝った! 勝利!
そしてその日の夜。
『サキさん。秋刀魚美味しかった。大好き!』
おういえい。やはり聞こえる。聞こえるし、話せるようだ。
「ルーナ、それは良かった。良かったけど、聞こえるねぇ……」
『サキさん! おにいちゃん、聞こえた? えっ!? 聞こえないの?』
側にいるジュドさんには聞こえないみたいだけど。
昼間は全然だったのに、なぜ。
素人が作ったものを本職に見せるのはとてつもなく恥ずかしかったけれど、ジルじいに見てもらうことにした。ジルじいは優しいので造形のつたないところには触れないでくれた。その優しさがかえってつらい。多分言いたいことはいっぱいあるだろうに……。今度いろいろ教えて欲しい。
「なんじゃこの魔石は。全く同じ色形で魔力の波長も一緒? こんなの見たことないぞ」
私のブレスレットと、ルーナのブレスレットを見比べたジルじいが、青いトルマリンの数粒を比較して驚きの声を上げた。
全く同じ? あ、そういえばトルマリンは数が足らなくなって買い足しながら作っていた。
一番安かった履歴を繰り返して買ったということは、まったく同じ石を何回も買ったことになるのだろうか。
えっと、この世界の宝石は基本的に魔石らしい。宝石として掘り出される物、魔物から産出されるもの。どちらも強弱はあれど魔力を帯びている。どちらにしても天然素材なので一つ一つ微妙に違っているのだそうだ。
私は天然石にはパワーが宿っていると考えている。そのため私が出した天然石ビーズもそれなりに魔力を帯びているようだ。
「小さくて分かりにくいが、共鳴しておるの」
老眼鏡をつけて、じっと観察していたジルじいが言う。
ほう。全く同じ物質だとすると、通じるものがあっても不思議じゃない? のか。
そういえば、トルマリンって別名電気石、だったよね。微弱な電気や電磁波だったかマイナスイオンだったかを発していて健康に良いみたいな、そんなことを聞いたことがある。
健康グッズ的にトルマリンつけるの流行った気がする。
そして、そのトルマリンを繋いだのは芯が銅のワイヤー。
銅って電気をよく通す。そんでもってメガネ留めの技法上、コイルのようにくるくる端っこを巻いて処理する。
くるくると巻いた銅線。電磁波。ってラジオ?
鉱石ラジオってのがあった気がするけれどあれは違う鉱石だったような……。
でもラジオだと考えると夜だけ聞こえるってのが納得できる気がする。
AMラジオ、夜だと外国語が聞こえてくるし、遠くの局も良く入る。なんだっけ電離層がなんとかどうにかなるかららしいけど詳しいことは知らない。
昔読んだ物語を思い出す。銅線を身体に巻き付けて通信していた小人のお話。
あんな感じに、身体を増幅装置として夜だと通信できちゃう道具になってる? そんなことある?




