122 秋話 鉄栗を食べたい 下
「お姉さま! 大丈夫ですか?」
現れるなり、心配そうにそう言ってくれたのは桃瀬さん。
相変わらずサラサラの黒髪が凛々しい美少女っぷりである。可愛い。
黄野くんがすごい勢いで「サキさんが呼んでるから連れてくね」って赤木くんを連れていったまま帰らないので心配してくれていたようだ。
ごめん。あの時はこう、後先考えてなかった。良い考えだとそればっかり。
「本当に危険なら全員で呼ばれると」
「ん」
青井くんと緑川くんが冷静になだめてくれていたようだ。ほんとごめん。
「心配、したんです」
心が痛む。美少女の眉が下がった憂い顔、心にくる。
心配させたおわびに美味しい栗を食べてほしい。
たまらない栗づくしだ。
まずは、炊きたての栗ご飯を器によそう。黄色いほこほこの栗をたっぷりサービスして桃瀬さんに許しを請う。
「ずるいです。これでは許さないわけにはいかないじゃないですか……」
悔しそうな、少しすねた顔をした桃瀬さんはあっさり落ちた。
食べ物を使うのは確かにずるい。認めよう。大人はずるいのだ。冷める前に食べよう、ね。
栗ご飯をみんなで食べて笑顔になる。
すっごい美味しい! たまらない。栗の形を面白がってそのままキューブ型にしたので見た目がちょっとおもしろいのが楽しくて良いと思う。
なんかもう栗ご飯は反則だよね。美味しさが反則級だと思う。なにかつらいことがあっても栗ご飯があれば乗り越えられる気がする。
熱い豚汁も体が温まって良いよね。どうしてこう豚汁というのは美味いのだろう。豚の出汁と各種お野菜から出た良いお味が混合してとても良い。私は味噌汁には具を沢山ぶち込む派閥に属している。豚汁じゃなくても、具だくさんは正義だ!
だって、それが家の味噌汁だから。
ずっとこういう具がもりもりなのが味噌汁だと思っていたので、外食で出てきた味噌汁に困惑した。特に学食で食べた味噌汁に。
え、わかめがちょろっと浮いているだけって食べるところがない。
味噌汁って、その名の通り、汁が本体だったの!?
ってカルチャーショックを受けた。
そのうち慣れたけど、ね。
デザートにはとびきり美味しい、栗きんとんと栗の甘露煮が待っております。
栗と砂糖だけで作った栗きんとん。
本当に美味しい。ほっくりとした栗の甘味がたまらん美味さだ。もうね。栗が口の中で栗なわけです。どんなに怒っている人でもこれを食べたら笑顔になるよねっていう素晴らしき美味さ。
そりゃあ高くても買っちゃうよね。
栗の甘露煮もたまらない。栗が甘い! 甘いのである。甘いは美味い。正義だ。ほんと栗って素敵な果物だな。
そう、栗って果物なのだ。実は果肉は鬼皮部分である。ちょっと納得できないけどそういうことらしい。トゲトゲが皮で鬼皮は果肉。そして私達がうまうま!って食べているところは種なのだ。正確には渋皮と食べているところが種らしい。
鬼皮が果肉にと言われても納得しづらいのだけど!
この栗がとてもかたくてどうしようもなかったので赤木くんを頼ったのだと、鉄栗について皆に説明する。
こんなにめちゃくちゃ美味しい栗なんだけど、赤木くんがいないとどうしようもないのは困ったことだ。
追加で拾ってきたいけど、面倒をかけちゃうのはなぁ。
でもこれだけ美味しいとあきらめきれない。
「なんとか、自力で割れたらいいんだけど……」
「お姉さま。鑑定してもらえばいいのではないかと……」
桃瀬さんに言われて「それだ!」となる。
思いつかなかった! その手があったか!
すごい勢いで青井くんを振り向くと、眼鏡をクイッとさせてくれた。
ただ……。
「元のそのままの状態のものは?」
そう聞かれて首を振る。
それが、全部加工してしまって……。
「とりあえずこの甘露煮を鑑定したところ」
うん、どんな感じかな?
「鉄栗の甘露煮 とても美味しい。幸せに美味しい。精神的ダメージ回復効果有。なんならかなりハッピーになる」
おおう。なんか効果がついてる。でもわかる気はする。甘いものは落ち込んだときに効く。幸せになる。
「鉄栗部分を再鑑定すると」
そんなことできるの? うん、すると?
「鉄栗 すごくとても固いが美味しい栗。弱点は頂点部のツボ」
なにそれ。頂点部にツボがある??
よくわからないけれどヒントは得た。
美味しい栗でみんな精神的にあげあげになったので、私が心配をかけたことは許された。良かった!
後日、再度栗拾いをして、入手した鉄栗。
百均で買ったことがあった虫眼鏡で拡大して見ると、本当に頂点部に微細な、本当に小さな黒点があった。これがツボ!?
そっと、裁縫道具に入っていた針でその黒点を突いてみる。針の先くらい小さな点なのだ。
すると、あんなにかたかった鉄栗に針がするっと入った。
そして、何か奥にカチリとした手応え。
あっ!!
ぱかりと割れた鉄栗。すごい。鬼皮だけ綺麗にぱっくりと割れた。
え、もしかしてこの鉄栗、芽が出ようとした時に、このツボを芽の先端がつつければ発芽できるっていう構造なの!?
確かに、どんぐりやなんかでも尖ったところから芽が出るけど、出るけど、このとても微細なピンポイントを突くって無理じゃない!?
そりゃあ根性と運と勘が良くないと発芽できないよ。すごい植物だなぁ。
鉄栗、かたくてどうしようもないので、誰も拾う人はいない。なので拾い放題だ。
そして、攻略法を発見してしまった。
なので、これはもう拾って栗食べ放題を楽しむしかない!
ルーナやジュドさんにも差し入れしたいし、ジルじいにも食べてほしい。
あ、マチルダさんにもだし、ミリアさんやマーサさんに聞いたらこっちでの栗の使い方を教えてくれるかな。
秋っていいね!
そういえば、鉄栗の柔らかく押すと曲がるけれどしっかりした棘。この棘が面白くて何かに使えないかと拾ってきたやつ。加工したらマットレスになった。金属のワイヤーを編んで形を作ってもらってその隙間に規則的に差し込むとあれみたいになったのだ。
鉄栗の棘、茶色のやつと緑のままのやつがあって、それをこう、ひし形模様に。
ピンクがないのだけど、見た目あれです。昭和のお家の玄関先にあった泥落とし用マット。たわしみたいなマット。
農作業しているとどうしても泥がついちゃうからとても便利。
あと、頭を洗う時にこれを使うとマッサージみたいに程よく刺激されて気持ち良い。血行が良くなるって頭皮にとても良いよね。
ブラシに加工したら獣人さんのもふもふのお手入れにも使えるんじゃないかな?
これらもろもろが、マチルダさんやニポポさんやハーカセさんに見つかって一騒動あったのだけど、それはまた別の機会に……。
(一番大変だったのは頭皮マッサージ用鉄栗グッズの開発。天然のヘルメットの材料に不自由されている方達が、材料が増える可能性があるという話にあそこまで激しく反応なされるとは……)
鉄栗、すごくおもしろ有用植物だった! 美味しいは正義! 秋の栗は大正義だ!




