121 秋話 鉄栗を食べたい 中
私の懇願に、ただ事ではないと思ったのか黄野くんは赤木くんをすぐに連れてきてくれた。
「ありがとう黄野くん。赤木くん。この栗を切ってもらえないかな。もしくは刀を貸して欲しい」
鉄栗を示してお願いする。今こそ勇者の力を貸してほしい。とても頼りにしている。
「何これ? 栗? ほんとに栗?」
鉄栗のでかさに驚く黄野くん。
「これを切れ、と」
当惑気味の赤木くん。うん、切って欲しい。お願い。
なんでも切れる魔法の刀ならいけると思う!
一つ頷いた赤木くんの腰に出現した大小の刀。スラリと抜いたその刀で赤木くんは鉄栗をあっさりと両断してくれた。
きゃーすごい! 格好いい!!
相手が動かない鉄栗でもちゃんと残心を怠らないその姿。良い。見ていたキララとミミも拍手している。
出てきた栗の断面はとてもなめらかで素敵な黄色だ。たまらない。
これは茹でたやつだから、そのまま食べられるはず。
スプーンを突き刺してくるりとえぐる。こぽっとすくいとれた栗の実。
では、いただきます。
あーこれは……。
うっま!
ほっくほくだ。甘い。甘くて美味い。ほっぺた落ちちゃう。
ルーナが美味しいものを食べた時にほっぺたを押さえてジタバタしていた気持ちがよく分かる。
この美味さ、ほっぺたから何かがこぼれそうになるよ。それを止めなきゃって気持ちになる。栗美味しい。栗の甘みが大爆発。すごい栗! とても栗! 栗って美味しい!
この栗ならお砂糖入れなくてもそのまま栗きんとんができちゃいそうだなぁ。
よし、毒見はすんだ。ということで。みんなも食べてみて。すくい取った栗を器に分けていく。
もうとれないとなった最後に皮の際に残ったところをスプーンでガシガシするのが好きだ。カンナで削られた木くずのように、薄く薄く削られた際の栗。これはなんというかふわふわしていてとても美味しい。
あれだよ、あれ。かまぼこ板に残ったかまぼこをそいで食べるみたいな美味しさがある! 薄ければ薄いほど美味しいやつ。
「鉄栗がこんなに美味いとは驚きじゃ!」
目を見開いたキララに頷く。うんうん、甘いよね。
「サキさん、これ俺史上最高に美味しい栗! 異世界の栗すごい!」
黄野くんの評価も高い。
「あまーい、ね」
味わうために人化したミミもにっこりだ。
「いくつでも切る。次は?」
あ、赤木くんけっこう栗好き? 栗好き仲間だね。目が真剣だ。お願いしてもいいかな。けっこう数があるんだけど……。
「もし良ければ、その刀をこう、この鍋の上で刃を上に構えててもらえないかな」
「こう、か?」
構えてもらった刀に鉄栗を押し当てるとスパッと両断された。そのまま鍋の中に落とす。ほんとすごい切れ味だ。指、気をつけないと。
私がやりたいことをわかってくれたミミが茹で鉄栗が入った鍋を持ってスタンバイ。そこから鉄栗を一つずつキララが手渡してくれる。
よっとキララが鉄栗を取って、ほいっと私に渡してくれる。それを刀の刃に押し当ててスパンッと。
よっほいスパン。よっほいスパン。
リズミカルに鉄栗が両断されていく。
あっという間に茹で鉄栗が終了。
蒸し鉄栗と焼き鉄栗も同じ様に。
途中でちょっと休憩がてら蒸し鉄栗と焼き鉄栗を味見したのだけど。
まあこれが美味しい。とても美味しい。
蒸した鉄栗は茹で鉄栗よりもさらにほこほこで栗の甘味と旨味が凝縮している気がする。茹で鉄栗の方が水分が多めでなめらかさがあった。なめらかさを取るか、ほこほこさを取るか。どちらも美味い。
そして、焼き栗はもうなんていうか。甘みと香ばしさが最高だ。うーまーい!
もうあれだよ。栗なんてどうやっても美味いに決まっているじゃないか。何をしても美味いよ。栗最高! 秋っていいね!
「大変お時間を取らせて申し訳ないのだけど、生栗の皮を、皮を剥かせてください……」
これだけ美味い栗だと、もう面倒くさいとか言ってられない。栗ご飯と栗の甘露煮が食べたい。食べたいったら食べたい!
「そ、そんな改まらなくても……」
ちょっと黄野くんに引かれたけど、ここは伏してお願いするしか。だって栗の皮むきって面倒なんだよ。
しかし……。
「難しい……」
日本刀で栗の皮むきはかなり難しかった。長過ぎる! 扱いづらすぎる。
あまりにも赤木くんがやりづらそうだったので、私も借りてやってみようとしたけどこれは無理だ。
発想を変えよう。剥けないのなら切れば良い。幸い鉄栗はでかい。サイコロ状に皮を切り落としても実はそこそこ残るはずだ。
昔、初めてじゃがいもの皮むきに挑戦した時に、あまりにも不器用で同じようなことになったのを思い出したのだ。
また刃を上に構えてもらってスパスパと大胆に皮を切り落としていく。うん。いい感じ。
こうして、四角の栗の実が誕生した。キューブ栗だ。切り落とした所は後で茹でてちゃんと食べよう。
「ありがとう! とりあえず茹で栗と蒸し栗と焼き栗を少しずつ他のみんなにも持って行って。そして、また後で、出来上がった頃に取りに来て!」
栗が剥けた! これで作れる! 勝てる!
「いや、手伝うって」
黄野くんが言い、赤木くんも頷いている。
そう? 男手はあると嬉しい作業があるにはあるけど。
ある程度はサボろうと思っていたのだけど、人手があるならなめらかさを追求できる。
「ほんとに、頼んで良い?」
多分手がすごく疲れるけど。
それからはとても楽しく忙しかった。まずはミミとキララの助けも存分に借りながら、茹で鉄栗と蒸し鉄栗の実をくり抜いて、徹底的に潰す作業だ。
そのまま食べても美味しいけど、砂糖と栗だけで作る栗きんとん。大好きだから。
潰すのがかなり大変なので男手ありがたい。力のかぎり頑張ってほしい。
裏ごしもする? 多分やめておいたほうがいいよね。裏ごし作業とてもつらい。
さつまいもで作る栗きんとんを作るときにやって、めちゃくちゃ美味しいけどもうやらない! って思った。美味しいけど……。
そっちをやってもらっている間に栗ご飯の仕込みもしよう。うちでは塩と日本酒で炊く。
甘露煮は生栗を茹でてから、蜜を作って煮込めば良い。みりんもちょっと入れると美味しいよね。
クチナシの実がないけど、なくてもこれだけ黄色い栗ならいい色になるはずだ。
クチナシの花が咲いているのは山で見かけたから、もう少し秋が深まったら採りに行こう。多分染料や錬金材料としての需要もあるだろうし。
あれ? ってことは錬金ギルドで売っている可能性が高いな、クチナシの実。今度見てこよう。
とってもらった栗の実をなめらかになるまで潰し終えたら、砂糖を加えて火にかける。これだけ栗が甘いと砂糖は少なめでいいはず。砂糖が溶けてきたら取り出して濡れ布巾で丸く絞る。
この作業も手伝ってもらったけど、人それぞれ特徴が出ておもしろいね。別にどんな形でも美味しくできるからいいのだけど。
できあがった栗と砂糖だけで作った栗きんとん。
艷やかに蜜をまとった四角い栗の甘露煮。
そして、もうすぐほっこほこの栗ご飯! が炊きあがる。
余力がないのでおかずは適当にあった野菜を放り込んだ具沢山の豚汁のみで勘弁してほしい。豚汁とは言ってるけどこの豚肉もどうも魔物肉っぽいんだよね。ドなんちゃらボアって言ってた気がする。
「黄野くん。ちょっと他の子呼んで来てくれる?」
「いえっさー! 違った。 イエスマム!」
敬礼をしつつ消えていった。
言葉の使い方、細かいところを気にしちゃうの、わかるな。
さらっと終わるつもりだったのにもうちょっと続きます。




