120 秋話 鉄栗を食べたい 上
秋だ。秋といえば食欲の秋。
秋は美味しいものがたくさんありすぎる。
中でも私が愛してやまないものは栗だ。
栗ご飯も美味しくて好きだけど剥くのが大変すぎるので、ゆでて割ってスプーンで実をえぐって食べるのが好きだ。
栗と砂糖だけでつくる栗きんとん大好き。買うと高いけど美味すぎる。
自作もするけど、なめらかにするのはけっこう面倒なんだよね、あれ。
栗あんもいいよねー。パンに塗って食べるの美味い。
薬草採集依頼を受けて山で薬草を探している時に出会ってしまった。
落ちていた木の実。つやつやの茶色い皮。下の方にざらざらした部分があって、上はとんがっている。とても見たことがあるこの形。
しかし。
でっかい。
「これは栗?」
確かに栗の形はしているけど、これでっかいよ。一個が私の拳より大きい。
こんなでかい栗なので側に落ちているトゲボールは私の顔くらいある。
すごいトゲが鋭い。怖い。でかい。
秋田の方にまぼろしの栗と言われるでっかい栗があるというのは聞いたことがあるけど、絶対それより大きい。すごい。
落ちているあたりの上を見ると、トゲボールがたわわに実った木があった。
この大きさでこの鋭さだと、落下してきたら凶器というか普通に刺さって怪我をしそうで怖い。
「鉄栗じゃな」
「鉄栗?」
「虫や獣に食べられないようにかたくかたくなった栗じゃ。実がかたすぎてほとんど発芽できないという弱点があるのじゃ」
キララが教えてくれるけど、その弱点、子孫を残すという生物の目的からすると致命的では!?
「ちなみに、実のかたさに全振りしたからか、トゲは柔らかじゃ!」
「そんなことある!?」
このでっかい鋭そうなトゲが、柔らかい!?
『ほんとだ』
ミミが栗のトゲをツンツンするとふにゃりと曲がった。あ、ほんとなのね。疑ってごめん、キララ。
「えっと、水に漬けておいたら皮がちょっと柔らかくなるとか。熱湯をかけてから五分おくとか、冷凍するとか」
キララが首を振る。
「何をしても岩のように、鉄のようにかたいのじゃ」
「そんなのどうやって芽を出してるの……」
「根性、かの?」
この木、すごいど根性の子なのか。一度発芽するととても強いらしくすくすく育つようだ。栗の木って木材としてもかたい強い木だもんね。
柔らかいトゲなので、落ちているトゲボールをちょいと踏むだけでポロッと栗がこぼれる。おもしろいようにでっかい栗が採れる。実のまま落ちているものも多い。
見た目は完全に美味しそうな栗だ。形も良く、手に持った時の重量感も十分。ぱんぱんに中身がつまっている予感がする。
虫食い痕一つないとても綺麗な栗。
え、これ食べたすぎる。
「せっかくだから拾って帰ろう!」
栗だよ栗。
なんとか頑張って食べてみたい。
焼けばなんとかならないかな。この大きさで弾けたら爆弾だから無理かな。
でっかい袋がいっぱいになるほど採れた。それでもまだまだ実っている。
「ふう、このくらいにしておいてやろう」
目的の薬草も探さなきゃだしね。
薬草の納品を無事終えた。
私は鉄栗に興味津々だ。どうやればこれを食べれるだろう。
無理だと聞いていたけれど、水に漬けてみた。熱湯もかけた。けれど皮はびくともしない。
金槌で叩いてもノーダメージ。
ノコギリも刃が立たず。
鉄板を載せて全体重をかけて踏んでみても無駄。
かたすぎ。
昔もらった殻付きのマカデミアナッツもかたくて専用の割る器具が必要だった。あれはネジ式で万力みたいにくるくる取っ手を回すと力がかかって割れるんだったか。
百均でC型クランプを買ったことはあるけど、百均のだから小さめで幅はせまかった。この栗、大きすぎてあのクランプでは入りそうにない。
ここはあれか?
ウォーターポンププライヤーの出番か?
うちでは銀杏を割るのに活躍していた。
力がないので、かたい瓶の蓋を開ける時にも重宝していた。
しかし、あれも百均の300円商品だったから、そこまで開口部は広くなかったような。クランプよりは幅の調整が効いた記憶だけど。
一点突破でキリで穴を開けれないかも試したのだけど駄目だった。
とりあえず茹でてみよう。茹でればきっと少しは柔らかくなる。
そう思って、1時間くらいじっくりゆでてみたけれど皮の固さは変わらなかった。
もうちょっと茹でるべきか? 追加で茹でても変化はない。
「じゃから言ったろうに」
「栗、食べたいのに……」
『普通の栗、さがす?』
しょんぼりした私をミミが慰めてくれる。つやつやピカピカの尻尾でほっぺたをぺちぺちしてくれるのは心が癒やされてよい。
あきらめきれずに蒸してみたり、危険を承知で焼いてみたりしたけれど皮は強固であった。
爆発、するかと思ったのに耐えた。水蒸気の圧倒的体積増加に耐えるってすごすぎる。
なんなの、この栗、本当に。
原子力発電でも結局電気を作るためには水を沸かして水蒸気にしてその力でタービンを回すんだよ。水蒸気はすごいパワーなのに。
まあ、火にくべたら爆発するなら、この鉄栗、簡易爆弾として有名になっていたかもしれない。
暖炉とか焚き火に放り込んでおけば時間差で爆発するなら陽動とかに使えそうだもんね。
というわけで、茹で栗、蒸し栗、焼き栗があるのに。眼の前にたっぷりあるのに手も足も出ないという切ない状況が発生した。食べたい。泣きたい。
「こんにちは。サキさんどうしたの?」
そこに転移で現れたのは、黄野くんだった。
あっ!!
「黄野くん、お願いが!! 赤木くん連れてきて!!」
私には心強い味方がいたのだった。
「え、何? かつてないほどサキさんが必死?」
栗が食べたい季節ですね……




