119 大量生産、するの?
虫回注意です!
できあがった上級ポーションを受け取って私はとてもほくほくだ。
当初、予想していたより効力が高いものが多くできたらしく、ハーカセさんも良い顔をしている。
「素晴らしい良い仕事に感謝を!」
嬉しくて握手した手を強く揺する。この感謝が少しでも伝わりますように。
大丈夫。私の握力はとても弱いので力いっぱい握っても相手にダメージはない。
「いえいえ、こちらこそ。良い鍛錬になりました」
熟練度が上がったのかな。
お互い、良い取引であった。
これだけあれば、あの子たちにいっぱい持たせてあげられるし、気兼ねなく使えるだろう。
あの子たち、人によってはあの病気がありそうなんだよね。効果が高くて数が少ない高級ポーションを使うのをしぶるあの病気。
私が見るに、青井くんと緑川くんはその気があるんじゃないかと。
ゲーマーなら罹患したことがあると思う。
使えよ! なんのためのアイテムだよ! ってなるやつ。
これを避けるためには、物資を潤沢にするに限る。いっぱいあればもったいないとは思わず使えるだろう。
持ち切れないほどたくさんあれば使うしかない!
あと、人に使う分にはもったいなく思わないだろうから、互いに持たせておくのが良いと思う! 蓋を開けてしまえば飲むしかないからね。
まだインサムの育て方は改良の余地はあるし、継続的に補充は可能だ。惜しまず使ってほしい。
そして、こないだハーカセさんに蚊取り線香を渡した結果。
蚊取り線香。
今後数年の時間をかけて大量生産を目指すことになった。大事になった……。
あ、私が大量生産する、じゃないのでこれについてはほぼ見てるだけーで良いので気が楽なのだけど。
錬金ギルドと商業ギルドと農業ギルドが協力する事業になりそうだけど私は知らない。実務的なことはハーカセさんとニポポさんとリガルさんがなんとかしてくれるらしいのでなんとかしてほしい。
どうやら殺虫成分があって、虫に効く程度の量なら人体や家畜にはほぼ影響がないというのは希少らしい。希少というか今までなかった、ようだ。
虫除けとしてのミントやラベンダーやレモングラスはあるみたいなので除虫菊もあると思っていたよ。多分どこかにはあるんだろうけれど知られていなかった、のかな。
そして、異世界でも蚊というのはかなりの厄介者らしく。
かゆいという不快さだけでも問題だけど、やはり蚊といえば問題なのは……。
蚊が媒介する病気があるというのは、やはり経験的に知られていたようで。
蚊取り線香はその対策として有効だろうとハーカセさんに的確に見抜かれた。
魔力もいらない、魔道具でもない。作成するのに錬金術も必要ない。一般人が作れて、一般人が火さえあれば扱える。そう思うとすごいものだよね。除虫菊を使った蚊取り線香。
蚊取り線香の材料は除虫菊の粉とダーブ粉のみ。
除虫菊を栽培さえできれば、ダーブ粉はもう流通しているので材料はそろったも同然だ。
除虫菊、栽培難易度はそんなに高くない。高温多湿と多肥にちょっと弱い。けど、天然の殺虫剤だから虫にやられないっていうのはそれだけで育てやすさが違うよね。
ついでに除虫菊が大量に採れたら、ハーカセさんは錬金術で除虫菊の成分を抽出してもっとすごい効き目のポーションも開発したいらしい。
「虫型魔物、不快ですからねぇ」
にっこりほやっと言うハーカセさん。だけど目の奥が怖いよ。笑ってないよ。
「……なにかトラウマが?」
おそるおそる問うてみるが、微笑みが深まった。
あ、これは……。
もしかして夜中にムカデが落ちてきたりしたことある?
私はあるよ。ぽとって夜中に寝てるところに落ちてきた。落ちどころが悪かったのかパジャマの中に入って肌を這われた。
ぐっすり寝てたのに本能的に起きて、背中を探ったら指先に固い物が当たった……。ゾクリとしてパジャマを脱ぎ捨てたらそこから黒ぐろとした大きなムカデが出てきて悲鳴をあげた。
とっさに出る悲鳴って、キャーとかいう可愛いものじゃない。
「うぉぉおお!?」
っていう雄叫びだよ。おぞましさに泣いた。肌を汚されてしまった……。あの感触もう忘れられない。
けど、刺されなくて本当に良かった。田舎の隙間がとても多い家、とても虫が多い。つらい。そういえば、もっと怖い話を昔近所に住んでいた先生から聞いたことあるけど、聞きたい? 話に出てくる食べ物が食べにくくなるやつだからやめとくね……
「アマーメは錬金材料として必要な分以外は滅べば良いと思っています」
おう、ハーカセさんの多分トラウマはムカデじゃなくて黒い悪魔なアマーメだったか。
でっかいG、生理的嫌悪があるよね。滅べば良いと言いつつも、錬金材料としてはいてもいいんだ。そういうところプロだね。良いと思う。
ムカデ、そういえばお薬の材料としては多分有用だもんね。ムカデは多分ハーカセさんの恨みは買っていないのだろう。
私も別に恨んではいない。衝撃だっただけだ。その後、庭で見たら徹底的に石で叩き潰してたけど。家の中に出たら火ばさみで掴んでガスコンロの火でこんがり焼いたりしていたけど……。
傷薬、軟膏として多分ムカデは有用だ。経口薬としてはインサムで上級ポーションを作ってもらったからそれで良いとして、外用薬も少し考えるべきかな。
自分の考えに少しひたっているとハーカセさんに聞かれた。
「アマーメには効きませんか?」
どうだろう? 広義には虫だし、私が千円リピートで出した殺虫剤はとても良く効いたわけだし。同じようなピなんとかという成分ならいけそう。
「んんー。いけそうな気が……」
成分を濃くすればいけるのではないか。
そう言うと、ハーカセさんは満足そうに頷いた。やる気だね。
それから、蚊取り線香を大量生産するとなるとあのうずまき成形が大変そうですねぇという話になり。
そう言われたらあれしかないよね。売ってるあの形。
やっぱりあの渦巻き型って大発明だよね。組み合わさっていてカパってはずれて二個になるのすごいよ。
こんな感じで型を作って型抜きをすればいけるのでは? と私が画伯ながら絵を描いてみた。画伯すぎたので微妙な顔をされ、そして……。
「直接説明していただいた方が良さそうですね」
口がとても固いらしいドワーフ族の親方を紹介された。ドンガン親方さんだ。うん。ものすごく鍛冶でガンガンやってそう。
すごくとても、私が想像していた通りのドワーフらしい方で感動した。ほんとにほんとのドワーフだよ。おヒゲが素敵で編み込みしてあって。筋肉がすごい。素敵。ぎろりとした目が怖いけど、笑うと目尻が下がっていい顔になる。がっしりとした手の短い爪に落としきれない炭の汚れが染み込んでいる。このぶっとい指が繊細に動くんだろうなぁ。
私のあやふやな説明を聞き、ぐるぐると描いた図解を見ただけで、親方はすごく精巧な金型を作りあげてくれた。すごい。私は説明してないのに抜いた後に押し出す機構まである。これで蚊取り線香の量産準備はばっちりだ。
あ、蚊取り線香立てと、持ち運び用の容器もいるよね。相談しとこう。