116 ムキムキなインサム
ミミが取ってきてくれたふわふわの松林の腐葉土をこんもりと盛って畝を立てた。
棒を立てて日除けの布をキララの樹との間に結ぶ。キララの樹にはいつかの落下傘が揺れていた。ここに吊り下げたのか。
すっごい薬草らしいインサムの種は、挿し木や芽出しの時に使うダジャレがきいた名前の薬液を1円分出して薄めたものに一晩つけてみた。これを使うとほんとに挿し木で根が出る成功率があがるのですごい。
そのまま薬液に浸したコットンで包んで芽出しをするものと、直まきするものに分ける。初めて育てる作物は、全部まかずに時期や条件をずらしてまくようにしている。
穴を開けて、種を落とす。インサムの種はけっこう大きい。フウセンカズラの種くらいの大きさだと言っても伝わらないよね。ハート型の模様のついたフウセンカズラの種、可愛くて大好きなのだけど。4ミリくらいの大きさで形はあれだ、イングリッシュマフィンみたいな感じ。
種にはたいていまく方向がある。それこそ小学生が育てる、育てやすい朝顔ですら、まく方向が本当はある。へそと呼ばれる根っこが出てくるところを下向きにしてまけば皮被りになりにくい。
チューリップの球根も向きをそろえると葉っぱの出方がそろって混み合わない。はずだけどこれについては私は失敗ばかりしていた。見分けにくいのと、土を入れているとどうしても動くから。
インサムの種もよーく見ると多分ここから根が出るのだろうと予測がつく特徴があったのでそこが下になるように種を置く。
種をまく時の覆土の厚さは種の大きさの二倍から三倍くらいが良いと言われているのでそんな感じで土をかけてみた。あと種まきをした後の鎮圧がとても大切。土と種を密着させておくと発芽率が良くなる気がする。ので、手のひらでそっと土を上から押さえた。
ここまで気を使って種まきをするの久しぶりだ。ビオラの早まきに挑戦していたころは温度計と保冷剤を入れた発泡スチロールで発芽管理したものだけど。
除虫菊の方も一晩浸水したものをミミに耕してもらった畑に、これは結構雑にまいた。強く生きて欲しい。経験則としてキク科の植物は多少雑な方がよく育つので。本格的な菊作りをするわけじゃないからこれで良いだろう。
菊作り、昔は近所のおじいちゃんがよくやっていた。今でも観光地でたまに菊人形や懸崖菊を見るけれど、あの育成技術はすごすぎる。綺麗な菊を見せてもらってはいたけれど、もっとちゃんと教えてもらえば良かったな。
「言いにくいのじゃが、インサムは普通に育てると、ものになるまで6年はかかるぞ」
「普通に育てれば、だよね?」
うちには植物チートがあるじゃないか。そう思ったのだけど。
「ふむ、そうじゃな。上手くいくと良いのう」
キララがとても可愛らしく笑った。いくらチートでも6年を短縮しようとすると大変かな。
少し不安を覚えつつ、ルーナの力も借りて発芽育成は順調に進んでいくかに思えた。
ルーナの大きくなあれ! の効き目がいつもより弱い気はしたけど、ちゃんと芽が出て育っているし。
けれど。
「出来心で鶏糞をやってみたらめっちゃ元気がない」
「窒素分が多すぎのようじゃの」
慌てて土をとりかえる。鶏糞はお気に召さないか。バーク堆肥の方がまだ良いのかな。
「ちょっと待って。この子日光だけじゃなくて風にも弱いの!?」
「そうみたいじゃのう」
少し強い風が吹いた翌日、しんなりとしている葉っぱをみて悲鳴をあげた。
繊細な子なんだね。
風よけを作ろう。なんとか持ち直しておくれ。箱入り娘みたいに大事に大事にしないといけないっぽい。
いろいろあったけれど。
「見よ! このイエスポネックスの力を!」
『すごいねぇ』
山野草に近いのかと思って、液肥のイエスポネックスをかなり薄めにしたものを与えてみたら、これが大当たり。ぐんぐん元気に大きくなっていくインサムに嬉しくなった。
蕾が出てきて白く小さな花が咲いた。セリ科の花に似ている。
緑色の実がたくさんついたので、これで種も採れそう。
しばらくすると緑色だった実が真っ赤に熟した。本当に鮮やかな赤だ。鳥に種を運んでもらうためだろうか。とても目立つ赤。
そういえばピラカンサの実もとても綺麗で赤いのだけど、最初はあまり鳥に食べられない。他の実が少なくなって食べるものがなくなってきた頃にやっとしぶしぶ鳥が食べているイメージがある。鳥は唐辛子の辛さは感じないと聞いたことがあるけれど、辛さじゃないまずさがあるのだろうか。
なんにせよ、種が採れるなら量産も可能ではないか。やったね。
けっこうモリモリに大きくなったので、そろそろいいんじゃないかと思って試しに掘ってみた。ミミなら一瞬で掘り上げてくれるだろうけど、ここは私めにやらせていだたきたい。
そっと優しく根を傷つけないように周りから攻める。茎際の土を崩すと太い根が現れた。おお! これはかなりセクシーな又根だ。
次に掘ったものは、三股で両脇の根っこが太い腕のようだ。ひげ根もいっぱいついていてかっこよい。
『仕上がってるね!』
ミミにも好評なムキムキさ。これは良いものができたのではないか。
しかし。
「ふむ。このインサムのランクは可ですね。上級ポーションを作れることは作れますが、量が必要です」
錬金ギルドに行って、ハーカセさんに見せたらこの評価。少し落ち込む。高級な素材はランクが優・良・可と別れているそうだ。このセクシーさでも可とは、ハーカセさんの基準はかなり厳しいようだ。もしや脚派ではないのか?
って、ハーカセさんは端っこをほんの少しだけ切って試薬に浸して色を見ていたので、有効成分が薄いってことなのかな。
ちなみに、マッスル三股の方は良に近い可だった。
優良可の、可、か。しかし、よく考えてみれば、初めての栽培、しかも促成栽培で上級ポーションに使える材料を育てられたことは誇るべきことではないか。ポジティブシンキング大事!
一回目より二回目、二回目より三回目。試行回数が多ければそれだけ精度は上がるはず。植物チートによって促成栽培ができるということは試行回数が稼げるということだ。
農業って考えてみるとほとんどの作物が一年に一回しか作成できないから20年やってる人でも20回しか試せない。それなのにあんなに安定した品質のものを作って出荷している農家さんすごすぎると思う。
ふふふ。やってやろうじゃないか。ハーカセさんをうならすインサムを作ってみせる。
燃え上がった私は生来の凝り性を爆発させることとなる。




