113 ロックタートルのスープ
冒険者ギルドの素材を捌く専門の人が華麗に鮮やかに素早く職人技でさばいてくれたロックタートルさんのお肉。
いっぱいあるのでほとんどはそのまま買取りをしてもらった。
引取希望を「おいしいところ!」としたので、かなり希少部位でおいしいらしきところが渡された。牛で言うとヒレなのかな。それともサーロイン? 塊でもらったのでけっこうな迫力だ。
なにげなくお願いしたこの「おいしいところ」の引取希望。このお願いのせいで、解体職人さん達の間でロックタートルで一番美味しいところはどこかでかなり論争が巻き起こったらしい。
人によって好みと主義主張が違うのはよくある話だ。
鶏肉でもどこが一番美味しいかって人によるよね。私は骨付き肉が好きなので手羽中の骨が細い方が一番好き。
一般的にはやはりもも肉なのかな。でもせせりも美味しいし、たまひもが至高だという人もいるだろう。
多数決を取って決まったのがこの塊肉らしい。だけど、どうしても譲れないという人から「これも食ってみてくれ」と追加で渡されたお肉がある。見た目は、正直に素直に言えば屑肉? というか切り落とし? ちょっと色々な部位が混じっているのでは? というお肉の詰め合わせだった。これは多分お魚でいうアラ、なのかな。
気持ちはわかる。アラ美味しいよね。私は鯛をそのまま一匹もらっても骨が固いからつらい。鯛の骨硬すぎ問題、深刻。だからさばいてくれて、さらにアラもくれる人は大好き。身よりアラのほうが好きなくらいだ。
さて、このロックタートルさんのお肉をどうすればいいのか。
私では亀肉をシンプルに焼くことしかできそうにないので、マーサさんに助けを求めた。黄野くんがいると移動が楽で良い。
「あら、これは相当良いお肉ね。この色はメスかしら。ほんと色が綺麗だし、そのままお塩を振って焼くだけでも美味しいわ」
えっと、まさかの焼くだけでもオッケー素材だった。いや、それだけ良い部位なのだろう。でも焼くだけでいいとは。
「こっちは。まあ、丁寧な良い仕事。これも炒めて火を通すだけでも美味しいけれど、おすすめは煮込みね」
ほう。
「スープ……」
黄野くん、さっきからもうすでにスープの舌になっているっぽい。
「いいわね。スープも作りましょうか」
にっこり笑うマーサさんが素敵すぎる。
こちらの世界の材料、しかも勇者たちが自力調達の材料を使っての料理であれば、遠慮することなく食べてくれるだろう。
一旦戻らないとまずいらしい勇者たちを見送って、マーサさんと共に仕込みにいそしもう。夕飯までには戻ってきてね。
「お手伝い、いる?」
コテンと首をかしげながら、小さなかわいいお手々をルーナににゃんと差し出されたら答えは一つだろう。
「とってもいる! 助かる!」
スープのアク取り、お願い。地味に面倒な作業だけど、丁寧にやればやるほど美味しい重要な作業だ。
ルーナが笑った。周りに光がさしたみたいに明るくなる笑顔。こちらも思わず笑顔になる。あと、エプロンをしたルーナはとてもかわいい。張り切ってつけたエプロンが世界一似合うと思う。ルーナが自分で結んで縦結びになったエプロンの紐のちょうちょ結びもかわいい。
「じゃあ、まずはスープね」
でっかい寸胴みたいなお鍋の登場だ。
ルーナがお手伝い用の台を持ってきてスタンバイしている。うん、この大きさのお鍋だと台がないと中が見えないだろう。
黄野くんご要望のスープは、煮込みだしてすぐになんともいえない良い匂いが漂ってびっくりだった。ルーナのお鼻がピクピクと動く。
この匂いはかいじゃうよね。すっごい出汁が出ているのだと思う。
我慢できなくなって味見したらすでに濃厚なエキスが出ていてこれまたびっくり。鶏ガラを10時間煮込んだみたいな濃厚さだった。煮込んだのは肉なのに。それに魚介系の旨味もある。この感じ、なんだかこう昔食べたラーメンを思い出す。特徴的なスプーン? が面白かったなぁ。
名古屋で有名なとても安いラーメンチェーン店。ただでさえ安いのに年に一度のお祭り期間だと半額になるので150円で食べたことがある。どうして遠い名古屋まで遊びに行った時に、すごい行列に並んでまで食べたのか。今思うとわけがわからないが、美味しかった。あれは和風とんこつだし、昆布の風味が強いスープだけど、このロックタートルのスープにちょっと似ている。
小皿に少しだけ入れてフーフーと冷ましたものをルーナにもちょこっと飲んでもらう。お味見は作っている人の特権だ。
びっくりお目々をまん丸にしたルーナが目ですっごい! と語る。
うんうんと頷いてマーサさんを二人で見ると、これまたいい笑顔が返ってきた。
これは約束されし勝利のスープだ。これは美味しくできる予感しかしない。
ルーナがお肉系も食べられるようになって本当に良かった。
ただ、すこーしだけ臭みというか野性味を感じるので青ネギかなにかを一緒にいれると良さそうだと思った。
そのタイミングで、マーサさんから「これよね」と渡されたブーケガルニ。さすがマーサさんわかっていらっしゃる。ぽいっとお鍋に放り込む。何種類かの私が見たことがない香草も入っているようだ。多分配合はマーサさん独自なのだろう。
本来鶏ガラや豚骨を真剣に煮込もうと思うと5時間くらいはかかる。けれどこのロックタートルスープはお手軽なのにとても濃厚なスープに仕上がるようだ。良い素材だなぁ。
このスープ、多分後は塩で味を整えるだけで十分美味しいと思う。
そして、けっこうたっぷりできてしまう。
一番美味しいらしいお肉もたっぷりある。つまり。
「ふふ、カレーも作っちゃいましょうか」
マーサさんの目がキラリと光る。ですね。作っちゃいましょうか!
力強くうなずく。ルーナも隣で頷いている。シンクロだね。
あ、でも。
「お肉は精力剤の材料って。いっぱい食べて大丈夫なのかなっと」
そこが心配でマーサさんに聞いてみる。
「精力剤は錬金術で元気になる成分をとてもとても濃縮するの。お肉そのままだとよっぽどの量を食べなければ問題ないわ。力はつくから夏バテの時にはおすすめよ」
なるほど。牡蠣を食べるのと亜鉛やタウリンのサプリの違いみたいな?
「良い匂いだ」
家主のジュドさんも匂いにつられて現れた。いつ帰ってきたのだろう。気配にまったく気が付かなった。
「おかえりなさい。今日はサキさんがロックタートルの良いお肉を持ってきてくれて」
「ロックタートル」
ああ、ジュドさんの緑の目がこちらを見る。なにかやらかしたと思われているのがよく分かる。違うんだけど、前科が多すぎて。
「あの子達が仕留めたやつで、私は見てただけ。そしていつものようにお部屋をお借りしたく。あっ、おかえりなさい」
「わかった。許可はもうまとめて出してあるからいちいち言わなくてもいい」
うん、いつでも台所とお部屋を使って良いとの使用許可をいただいているけれど、それでもね。
「おにーちゃん。おかえりなさい。スープ美味しく作るから待っていてね」
ルーナの言葉に唇の端を少し持ち上げたジュドさんはとても優しい目になった。
「ただいま。それは楽しみだ」




