111 田舎の美人、ヤンキーとくっつきがち
ロックタートルさん、しかも今度は御夫婦かしら。
一匹じゃないね。二匹いらっしゃる。
とりあえず。みんなに伝え、なくても気づいてくれたようだ。
緑川くんが無言のまま素早く結界を展開した。これで不意打ちは防げる。
ロックタートルさん。あれだけでっかいと的にするのにちょうどよい、ね。
赤木くんが腰に刀を出して、さっき言った通り、大きい方の刀を青井くんに渡した。
赤木くんが残した脇差しを構える。しかし。
「刀はどうやればまっすぐ投げられるんだ?」
重心とフォームがしっくりこないのだろう。困った声だ。だよね。
当然の疑問である。しかしこの場に刀を投げたことがある経験者は皆無だ。
「ああ、それなら片手平突きに構えて左手をこう」とか言い出す人がいたら怖い。
「投げにくい方をこっちに渡したな」
打刀を渡された青木くんも投げの構えに試行錯誤だ。刀にもよるけど重心が柄の方にあった場合、そのまま投げたら柄が当たる可能性?
回転するように投げたらどうなるのかな。
「とりあえず投げてみるか」
やってから考える精神、大切だと思う。
できるだけ平行におりゃっと投げられた刀は目標めがけてまっすぐ! は飛ばなかった。飛距離も出ない。まあそうなるか。刀、投擲向きじゃないもんね。ただ、かろうじて刃が下を向いていたので地面に突き刺さった。
当たればダメージは大きいと思うのだけど、当たらなければどうということもない、というやつだ。
「伸びしろしか感じない」
ただ、赤木くんはなにやら手応えを感じたようだ。ポジティブだね。まあ刀投げにはある種のロマンがあると思う。
赤木くんの投擲の飛距離を見て、同じでは意味がないと考えたのだろう青井くんは別の投擲フォームにしたようだ。大きく後ろに振りかぶった刀をななめ45度くらいの角度で上空に投げた。回転させて上から落下させる作戦か。
私が想像していたのは横回転だが、縦回転もありだね。
飛距離は赤木くんより上だ。それでも思ったより伸びない。なかなか投擲というのは奥が深い。そして、着地の時に柄の方が当たったのだろう。地面に刺さることもなくワンバウンドしてからさみしく刀は横たわった。切ない。
青井くんからの感想はなにもなかった。
無言で赤木くんが刀を消す。うん。いまのはなかったことにしよう。
再度出した刀は何事もなかったように赤木くんの腰にいる。投げられたことに不満はなさそうだ。喋る魔剣だと文句をいいそうなシチュエーションだったからね。聞き分けの良い刀でなによりだ。
もう少し的が近ければうまく投げれば刺さることもあるのかな。それにしても投げる練習は必要っぽい。
でも、ほら、刀を飛ばされたり壊されたりしても、出し直せばオッケーっていうことが実感できたのは良かったのではないか。なんだかちょっと赤木くんがやる気だし、そのうち刀投擲技が窮地を打開することもあるのかもしれない。
気を取り直してくいっと眼鏡を押し上げた青井くん。
「弱点は首、足の付け根、腹、そして右のでかい方は後方の甲羅に剥がれあり。備考、甲羅は鎧素材、腹甲は美容、肉は精力剤として需要あり、美味。左の小さい方は亀としてはとても美人」
最後の情報、必要だった!? なんだか一気に攻撃しづらい気持ちになる。絶世の美亀とか言われても。あ、でも言われてみれば遠くてわかりにくいけど目が大きくて切れ長でなんかすごく可愛い気がしてくる。まあ、可愛さはうちのミミほどではないけど!
美人の奥さんを連れたロックタートル夫はオラオラ系だそうだ。
その追加情報もいる!?
なんというか田舎の恋愛事情を思い出してしまった。田舎の美少女や美人、ヤンキーとくっつきがち。田舎はなんていうか文化の伝達速度が遅いので、ちょっとおもしろいヤンキー文化だったなぁ。腰履きでズボンが太いやつ、パンツ見えてるし足は短く見えるのになぜ? と思っていた。ボンタン? 短ラン、長ラン、ドカン? 用語は聞いたことがあるけどなにがなにやら。
もはや絶滅危惧種みたいな文化が生き残っていたりした。女子高生の制服の改造もミニにする系統と長くする系統が入り混じっていて面白かった。私世代は短め主流でスカートを折り込んでいた。
昔はとても荒れていたので漫画じゃなくてリアルに校舎にバイクが入ってきた話とか2階隅のトイレは煙でもくもくでたまり場だから使うなとか、卒業式に体育教師にバットでお礼参りとかの話を聞いた。
私は見たことはない。歳上の従姉に聞いた話だ。その従姉からもらったお下がりの学生カバンはぺっしゃんこに潰されていて脇をボンドで固めてあった。何も知らない私は、使いにくいカバンだなってボンドをカッターで切り開いて使った。本当に何も知らなかったから……
しかし昔の漫画やドラマに出てくるスケバンさん達は空気抵抗がないかのようにいろんな物を投げて、そしてちゃんと当ててダメージを出していらっしゃった。コイン投げはちょっとかなり憧れた。練習した。コイン投げは古くから岡っ引さんも使っている伝統技だしね。
あの投擲スキルが赤木くんにあればいいのに。そしたら刀もちゃんと当たると思う。
「美味だそうです。緑川!」
「ん」
おや、桃瀬さんはそこに反応したのか。そしてちょい前からちょっと気になっていたけど緑川くんを呼び捨てなのか。
次に試すべきは緑川くんの結界プチプチ大作戦だけど、潰してしまうとお肉が取れなくなるので、とりあえず捕獲作戦かな。
「ウミガメのスープ?」
黄野くん、そっちの連想はやめよう。食べにくくなるから。
結界の強度がある面を内側に向けた結界がロックタートル二匹を別々に包みこんだ。おお、すごい。障壁を感じたロックタートルさんが体当たりしているけれどちゃんと持ちこたえてる。
ゆっくりと結界を縮めることにより身動きが制限されたロックタートルに、出し直した刀を持った赤木くんが迫る。
赤木くんも美亀を手に掛けるのをためらったのか、最初に刀が振り下ろされたのはオラオラ夫の首めがけてだった。




