108 勇者の門出と素ラーメン
そうして、大々的に勇者が召喚されたことが発表され、旅立ちの時が来た。
それまでは知る人ぞ知るというか、けっこう噂になっていたけれど、勇者が召喚されたという正式な発表はされていなかったのだ。
出発する前に挨拶に来てくれた勇者たちから事情を聞くに、王家と一部有力貴族の間のもめごとに勇者たちは巻き込まれていたらしい。
まず、勇者の扱いからして対立していたとか。
召喚された勇者たちにはできるだけ礼を尽くして協力してもらうべきだというしごくまっとうな考え方の王族。
それに対して、まだ力を使いこなせていない年若い平民ごとき、優しく金や地位で懐柔して無理なら権力で脅せばなんとかなるって考える人は、まあ、いるんだろうねぇ、と思う。
そういうちょっとアレな考え方を持っている人が、ちょっと扱いに困るとても権力がある地位にいるっていうのもあるあるだろう。何代か前の王族の血が入ってたりする公爵とかね。
勇者たちに、彼らとしては精一杯の親切顔で優しく接触してきたらしい。
「あれで親切というのはちょっと認識の相違が過ぎますけど」
「その割には、『私、何もわからなくて不安なのです……』ってノリノリで話を引き出してましたよね、先輩」
「どこまで気づかれずに情報を読み取れるか。鑑定の練習台にしていた人に言われたくはありません」
「いくら特別製の能力でも、見れる範囲は人によって違うことを知れたので有意義でした」
青井くんのチート鑑定、弱点まで見通せるってもしかしてそっち方面、人の弱みというか隠し事も見れるの?
人を鑑定したら「弱点:首」みたいに出るのかと思っていたよ。後ろ暗いことも見れるの? 見られちゃうの?
思わず、気持ち的なバリアを張る。そういえば、昔テレパシーという超能力があることを知った時にもやったなぁ。
「もしも今テレパスさんがいるなら、あまりこう私の思考は読まないでいただきたい」みたいな思考のバリア。そして、できるだけ雑多なことを考えてジャミングするみたいな。
私が身構えたことがわかったのだろう。青井くんに眼鏡くいと共に笑われる。
「やりませんよ。ものすごく頑張れば読めるとは思いますが」
なんと、隠したいと思っていることを探るにはやはりそれなりの抵抗があるっぽい。深く探らないと視えないのだそうだ。そして抵抗があるということは鑑定された方にもなんらかの違和感があるようで。見られたらわかるのね。了解。
そのくいっが鑑定スイッチだったらどうしようと思っちゃったよ。
ただ、一部有力貴族達の意識的には犯罪だと思っていない、隠さなくても良いと思っていること、あちゃーっていう行為は軽い表層的な鑑定結果にもいろいろ出てきたらしく。
でも、勇者たち、能力をすべてを王城の人に明かしているわけではない。
青井くんの場合、気づかれずにある程度人も鑑定できることは内緒にしている。
こっちにも鑑定スキルのある人はいるが、人に鑑定を掛けたら掛けられた人にはばっちりわかるらしい。なので鑑定を人にかけるというのはかなりこう、マナー違反? な行動みたい。
なので、鑑定してわかったとは言えないのがつらいところだが、そこは桃瀬さんが聞き出したことと突き合わせて、ここらへんが怪しいですよってのは、それなりに言えるわけで。
「王族がまだまともなのは幸いでした。性格はあまりよろしくありませんけど」
いや、話を聞く感じ、王族はかなり良い感じだ。
特に第二王子はものすごくぶっちゃけてきたらしい。「できたら射止めろと言われているが、無理そうだからとりあえず友人で頼む」って。
それ、桃瀬さんにアプローチするなら最適解ではなかろうか。
まあそんな感じで、一部困った有力貴族が、魔王復活で今の王様の権威が揺らいだところで現王家打倒で自分達が簒奪して成り代わろうっていう計画があったらしい。勇者たちもそのコマとして利用予定だったと。
勇者たちが賢く立ち回ったことで、いろいろ余罪がばれて、芋づる式にやばいことがたくさん出てきた。それでやっと王様がなんとかお掃除、害虫退治を終えたということだね。
魔王退治する以前の問題でいろいろ大変だった彼らを、心からいたわりたい。
「お疲れ様。今日はリクエストにお応えしてインスタントの袋ラーメンだけど、ほんとにこんなので良かった?」
勇者の門出にインスタントラーメン。良いのだろうか。しかもリクエストで素ラーメンを求められている。
え、せめて野菜炒めを乗っけるとか、味付け卵とか、ホウレンソウとかコーンとかトッピングしたいんだけど。それをするとラーメンの味が薄れるのだそうだ。気持ちはわかるけれど、お野菜を載っけたい親心というか、年上のおせっかい心もわかってほしさがある。
求められたラーメンも高いやつではなく。北海道の地名がついた昔からあるので根強いファンも多く一番これが好きという人も多いあの袋ラーメンだ。
昔からあるので、昔の購入記録が今と比べるとびっくりするほど安かった。五食入りで183円って今ではもう考えられないお値段だ。
そのラーメンを袋に書いてある通りに作って器によそったものを出すと、勇者たちはそれぞれすごく嬉しそうな顔をした。
素ラーメン、深夜に食べたりするとめちゃくちゃ美味いよね。あと、半ドンの日、土曜日に一人ではじめて作って食べた時のことや、一人暮らしで鍋から直接食べたあのラーメンを思い出してしまう。
冷めちゃう前にどうぞと促すと、みんな良い顔をしてずるずる食べてくれる。
良いね、その顔。やっぱりラーメンも日本人のソウルフードだよね。
出発前に挨拶に来てくれると聞いて張り切った私に桃瀬さんは釘を刺した。
「嬉しかったのですが、あんなに用意してもらうのは駄目です。スキルを全部私達に使うつもりですか? 駄目です」
いや、全部使うつもりはないよ。うん。だけどそう事前に止められてしまって、私はかなり不完全燃焼だ。素ラーメンだけって、そんな。
スキルを使わなければいいのだと思うので、せめてもの抵抗にご飯は炊いた。浸水時間を多めに取って炊く時に少しはちみつを混ぜることでパサツキ対策をしたやつだ。
だって、絶対足りないじゃん。ご飯をそっと配っていく。桃瀬さんにちょっと睨まれたけれど、これはセーフです。ほかの四人の輝く顔を見てほしい。残った汁にご飯を入れて最後の一滴まで美味しく食べる気まんまんだよね。うん。
そろそろみんな食べ終わるかな。
「そういえば、ちょっと謎に思っていることを聞いていい? 矛盾って言葉があるけれど、チートな何でも切れる刀と、チートな結界だとどっちが強いの?」
私の言葉に赤木くんと緑川くんが顔を見合わせた。当然の疑問だと思うのだけど、検証してないのだろうか。