イカサマジェムと女神の祝福
ハニーブロンドの髪に碧眼。
変装を解いた本来の姿で、ジュナは髪をかき上げる。男の姿でも相変わらず綺麗なナリだ。レオナルドも己の見てくれにはそれなりに自信がある方だったが、この元殺し屋の容姿は規格外と言える。
「まさかアンタが、自分の商会まで持ってるとはな」
「知ってて持ちかけたんじゃないのか。とりあえず、腕の良い裏の細工師と契約出来た。素人目じゃ偽物とは分からないだろうな」
「アンタの人脈、助かるけどキモいわ。あんま知りたく無くなってきたかも」
そしてスーツを着込み黒髪を撫でつけたレオナルドは、カモ第一号──もとい顧客に笑いかけた。
「これは?」
「ドーワ領産のダイヤモンドです。鑑定証明もここに」
もちろん証明も偽造である。
「うちの商会が独占権を持っておりまして、目利きで有名なビル様にまずは所持していただけたらと」
「ほう……確かにこれは質の良いダイヤモンドだ」
(それはガラスだ、爺さん)
「これとそれと、これを頂こうじゃないか」
勿体ぶって選んでいる素振りをしているが、資産家ビルは虚栄心に塗れたただの老いぼれだ。
かつては目利きコレクターとして名を馳せた彼だが、ここ数年で視力がかなり悪化しているとの情報をレオナルドは入手していた。
だからこそ彼が商会に自ら赴くことは無くなっていたが、それならこちらから赴けば良い。
また別の日、レオナルドは大病院の医者の妻ノーラに呼ばれていた。
この国で貴族階級は百年余り前に撤廃されたが、どうやら彼女はその高貴な血筋を引く者らしい。
あるパーティでノーラを軽く口説き、宝石事業の話をしてみたらすぐに飛びついてきたのだ。
古き血に固執し、最先端の新しいものを見つけ出そうとする。堅物な医者の夫のせいもあるのか、おまけに手慣れた優男に弱いときた。
絶好のカモである。
「私がこのルビーを仕入れた時、奥様の顔が思い浮かんだのです。この輝きを、貴女の美しいデコルテに捧げられたら……と」
「まぁっ! いただくわ」
碌に宝石も見ず、彼女はうっとりとした表情を浮かべる。
「それよりレイさん、奥様なんて呼び方はよして。貴方の前ではいつだって、ただのノーラになるのだから……」
媚びるような女の目つき。彼女の手の甲を取り、恭しく口付けてやる。
この人妻に手を出して病院の金を引っ張り上げるか、適当に甘いことを囁いておいてギリギリの距離を保つか。
(ま、後者だな)
愛人扱いされても面倒だし、恐らく彼女の手の届く金額には限りがある。一度に大きく引き出せば、彼女の夫も気づくだろう。
適当に転がしておいて、気を引こうと躍起になった彼女に少し無理させるくらいが丁度いい。
──それでも時には、偽造品だと暴かれることもある。
白い手袋をつけてじっくりと緑の石を観察した実業家ミグタットは、険しい顔を浮かべた。
「君、このエメラルドは偽物だよ」
「偽物? そんなはずはございません。証明もここに──」
「鑑定証明も偽物だと言っている。君、知っていて売りつけようとしたね?」
ぶれない彼の視線を受けて、レオナルドは主張の方向を瞬時に調整することにした。
「いえ、確かに鑑定に出したのです……もしや鑑定士が我々を謀ったのかもしれません。他でもないミグタット氏がそうおっしゃるならば、偽物かもしれません」
心底驚き、困っているような顔を作ってやる。するとミグタットの方も「若手が手柄を焦って騙されたのだろう」という同情的な視線になってくる。
全く、容易いものだ。
「ふむ。言いふらす気は無いが、それでも市場にこの粗悪品が出回ったら……分かるね?」
「ご忠告、痛み入ります。我々一同、疑惑の究明を進めて参ります」
レオナルドは深く礼をし、内心で彼に手を合わせる。
(冥福くらい祈ってやるか?)
この後一刻もしないうちに、実業家ミグタットは不運にも事故死に見舞われるだろうから。
*
ジュナがガラスを吐き、研磨したものをレオナルドの商会で売る。偽物だとバレたらその都度、粛々と殺していく。シナリオに沿った悪徳商法は、しばらくすると莫大な利益をもたらした。
「本当アンタを選んで正解だったわ。おれに出来るの、殺しと石吐くことだけだからな!」
豪快に笑いカップに手を伸ばしたジュナが、一瞬ピタリと手を止めた。次の瞬間、ジュナにぐいっと手を引かれる。
彼は男にしては小柄で華奢な体つきだが、さすがは殺しを生業にしていた者だ、レオナルドよりよほど力がある。
気配を伺うジュナに従い、息を潜めた。
「警察に囲まれてる。どっかで足がついたかな、逃げるぞ」
油を撒いて火をつけ、二人は商会の執務室の隠し扉に飛び込んだ。
稼いだ金は既に、商会以外にも複数の場所に預けてある。そもそも、もとより長期的に出来る商売だとはこちらだって考えていない。想定の範囲内だ。
必要物だけ引っ掴み、予め確保していた逃亡ルートに沿って二頭の馬を駆けさせる。
レオナルドは単騎で抜け、ジュナは罠や偽装工作を仕掛けたり、近づいた追手を次々と殺しながら後に続いた。
時折遠くから聞こえる銃声。レオナルドは、(これが敵じゃなくてパートナーで良かった)と心底思った。振り乱れる黒髪の下、ヒリついた興奮が背筋を巡る。
(あぁ、堪らない)
粒となった汗で視界が一瞬歪む。彼の漆黒の瞳は輝いていた。
その後二人は、郊外にある女神ヒルテの廃教会で落ち合った。
これも計画のうちであり、休憩、そして捜査の裏を掻くためである。体力が無尽蔵なジュナと違い、詐欺師のレオナルドは頭脳労働の方が得意なのだ。
警察もまさか、犯罪者たちが堂々と女神のお膝元で休むとは思うまい。
息一つ切らせていないジュナが、耽美に寝そべる女神像の上にどかりと座った。
女神ヒルテへの私怨が垣間見える。
「商会、捨てて良かったのかよ」
「あぁ……他にも幾つか持ってるからな。元々使い捨てのつもりだった」
「こわっ!」
ジュナは両腕をさすり上げて怯えるようなフリをしたが、その口角は楽しそうに釣り上がっていた。
(元殺し屋に怖いものがあるかよ)と思いながら、彼に視線を向ける。
「次はどうする」
「は? まだおれと組んでくれんの」
碧い目を丸くしたジュナから、すっとんきょうな声が上がった。
「そのつもりだったが」
「アンタ、たまに胃液がシャツにかかるとすげー嫌そうな顔してたじゃん。おれと組むのはもう懲り懲りかなと」
「あれは本当にやめろ! 吐くなら場所くらい選べ」
レオナルドは顔を顰めた。
稀に上手くジュナが吐けないとき、仕方なしに何度か嘔吐を手伝わされていたが、あまり好んでやりたいものではなかった。
苦虫を噛み潰したかのようなレオナルドの表情を見て、ジュナは悪戯っぽく赤い舌を出す。
(全く、とんだビジネスパートナーだ)
呪ってきた女神を挑発したい元殺し屋と、刺激に取り憑かれた詐欺師。
その二人が組み、ガラスを吐く体質を悪用した偽の宝石で大衆から金を巻き上げることになったとは、女神ヒルテも頭を抱えてたことだろう。
レオナルドはくすりと笑った。
「まぁ少なくとも、お前より面白い奴が出てこない限りは続けるさ」
大袈裟にすくめられるジュナの肩の上で、ハニーブロンドが揺れた。
「ガラスを吐く奴より面白い奴? 何処にいるんだよ!」
「違いない」
女神像からひょいと降りたジュナと拳を突き合わせ、二人は教会の長椅子に脚を掛けた。
「なぁ、次は家具商でもやる? ガラスの材料費は浮くぜ」
「本気でそんなつまらないこと言ってるのか? 却下だ」
「冗談だって。んな面倒なことするくらいなら、おれだって殺し屋に戻るわ」
寂れた教会の中、ああでもないこうでもないと犯罪計画を話し合う。
(これはもう、女神ヒルテへの叛逆行為だな)
そう思っていると、レオナルドの背後に視線をやったジュナが奥へと歩き出す。
「このステンドグラス、何か見覚えあるなと思ったら……おれが殺したやつのサインがある」
ジュナはポケットから大きめのガラスを取り出す。彼はそのままステンドグラスに向かって腕を大きく振りかぶって、そしてゆっくりと戻した。
「割らないのか?」
「やめた」
もし割られていたら逃亡計画を早めなければならなかった。思いとどまってくれて良かったと思う。
「こんな体質にされた鬱憤でも晴らさせてもらおうかと思ったが、これで足が付くのも阿呆らしいしな」
ステンドグラス越しの月明かりによって、彼のハニーブロンドが輝く。その姿はまるで一種の宗教画のようだった。
「おれが呪われたのってさ……案外、殺した職人は本当にその声が聞こえてて、女神ヒルテのお気に入りだったかもな」
「へぇ。女神ヒルテの実在、信じているのか」
「ハッ! 実在してようがしてなかろうがどうでもいいね! そもそも裏社会で真面目に信仰してるやつなんかいるかよ」
それもそうだ。
ジュナが扮していたエリザを引っ掛けようとした時といい、レオナルドとて女神ヒルテを何度も詐欺の口実に使ってきている。
今さら信仰心も何も無い。
可憐な顔を歪め、悪辣な笑顔を浮かべた”凶麗のジュナ”を見る。
その顔を持ってすることが女神への嫌がらせだなんて、全くもって美貌の無駄遣いである。
”枉惑家レオナルド”は肩をすくめた。
ジュナは女神像に向かって首を掻っ切るようなジェスチャーをしたあと、思い切り床に下を向けた親指を突きつける。
「最高の呪い──感謝してるぜ、女神ヒルテ!」
そして笑いながら教会を飛び出した二人の犯罪者は、闇夜に紛れ溶けていった。
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