炎竜ヴライヤ①
シャドウは印を結びながらヴライヤに向けて走り出す。
そして、印を完成させると右手を突きつけた。
「水遁、『剛水柱の術』!!」
すると、水の玉が魔力によって生成され、その球が一気に伸びる。
まるで柱のように、水柱がいくつもヴライヤによって伸びた。本来はそのまま水の柱で圧し潰す術なのだが……ヴライヤは避けない。
水の柱がヴライヤに到着する前に、蒸発してしまったのだ。
「チッ」
『この程度の水で、吾輩を傷つけるとは舐めたモノよ!!』
ヴライヤは大きく口を開くと、赤い光が収束していく。
それが高濃度の魔力であり、熱を帯びているとシャドウは看破。
そう思った時には、『熱線』が放たれた。
「ッ!? 早っ……」
シャドウは横っ飛び。
単純に炎を吐くのではない。高濃度に凝縮した破壊の熱線は、ダンジョンの床を容易く両断。
その結果を見ていたヒナタが驚愕する。
「だ、ダンジョンを破壊するなんて……!!」
「ど、どういうこった」
「ダンジョンは一種の生物。『核』を破壊しない限りは消滅することがありません。ですが……ダンジョンの硬度は、七色の魔術師の魔法ですら破壊できない硬度です。どれだけ低級のダンジョンでもそれは同じ」
「マジかよ……」
「このダンジョンはボロボロですが……『そういう』ダンジョンなのです。誰かが破壊したわけじゃない、最初から破壊されたような跡のダンジョンです」
「……じゃ、じゃああの竜は」
「魔法を超えた力を持つ生物……そうとしか」
次元が違う。
手は出せないし、シャドウの邪魔になる。
今は、見守るしかできない状況にヒナタたちは歯噛みするのだった。
◇◇◇◇◇◇
(なんつー威力!! 食らったら死ぬ!!)
シャドウは、声に出さず驚愕……内心で死ぬほど焦っていた。
そして思考。
(炎……ダメだ。恐らく火属性は効かない。火遁は無理、水遁、風遁……ダメだ。七属性の忍術じゃ恐らくダメージは与えられない!! 混合属性……試すか)
シャドウは複雑な印を結ぶ。
すると、その場から動かなかったヴライヤが動き出した。
翼を広げ、前足と後ろ姿で歩き出す。決して早い速度ではないが、その威圧感にシャドウの印が崩れてしまう。
(しまっ、ミスった!! 結びなおし……)
『怖気づいたな、小僧』
「!!」
ヴライヤはその場で反転、尾が真横から飛んできた。
シャドウは瞬間的に跳躍するが、風圧で吹き飛ばされ壁に激突する。
「がっ……!?」
『……チッ、つまらん』
ヴライヤは、つまらなそうに吐き捨てた。
そして、大きく口を開け、再び熱線を放とうとする。
(く、っ……頭、揺らされた。思考、まとまら……)
手が震え、思考がまとまらない。
シャドウはヴライヤを前に、どうすることもできないでいた。
◇◇◇◇◇◇
「やべえ!! くそ、こうなりゃ……」
「何をする気ですか!!」
「盾になるくらいはできる。あいつを死なすわけにはいかねーだろ!!」
ライザーが飛び出そうとするのをヒナタが止める。
だが、ヒナタは言う。
「気持ちはわかります。ですが、盾どころか共に消滅するに決まっています!!」
「わかってる!! でも、シャドウを死なせるわけには……」
ルクレは、唖然とこの様子を見ていた。
何もできない。
シャドウですら敵わない怪物。
今、自分が出ても意味がない。盾になることすらできない。
「シャドウくん……」
怖かった。
でも、それ以上に……シャドウに死んでほしくなかった。
ルクレは首を振り、震える足に力を込めて立ち上がる。
ヒナタもライザーも、ルクレが飛び出すとは考えていなかったのか……気付いた時にはすでに、ルクレが走り出していた。
「やめてえぇぇぇぇぇ!!」
『死ね』
放たれる熱線。
ルクレは叫び、シャドウの前に立つ。
不思議と、熱線がスローに見えた。
そして───頭の中に、妙な声が聞こえてきた。
『この魔法式を刻んだヤツにしか聞こえねえ魔法で話している……まあ、録音みてえなもんだ。まあ、命の危機になった時、再生されるようセットした』
不思議と、落ち着く声だった。
そしてその声が、シャドウ、ヒナタ、ライザーが敬愛する『ハンゾウ』の声だと聞いたこともないのに確信した。
『印を結び、魔力を込めてみろ……その魔法はきっと、窮地を救ってくれる。印は……』
ルクレは迷わなかった。
両手を合わせてずらし、前に突き出す。
そして、生まれて初めて───自分の中に眠る莫大な魔力を、全開放した。
「氷遁、『凍結羅生門の術』!!」
現れたのは、氷の門。
門の両隣に、仁王像が鎮座している。全て氷で作られており、クリスタルのように美しく、芸術品のような彫刻が施されていた。
門に熱線が直撃する……だが。
『───何ッ!?』
「ぬぎぎぎぎっ!! まだ、まだあああああああ!!」
氷の門は溶けない。
それどころか巨大化し、仁王像も巨大化、そして部屋全体が凍り付き始めた。
この魔法を作ったハンゾウですら想定外の魔力。シャドウと同じ濃度の高い魔力を、全力で解放していた。
シャドウにもできなくはない。だが、自分の魔力の『濃さ』を知っているので、こんな遠慮なしに解放したらどうなるかわかっている。だからこそやらない。
が……ルクレは遠慮がなかった。
初めて、魔力が底を突くまでの全開放だ。
「さ、寒っ!? お、おいこれはこれでヤベーぞ!?」
「る、ルクレ!! 魔力を制御……き、聞こえてません!?」
焦るライザー、ヒナタ。
すぐ間近で見ていたシャドウは、寒さよりもルクレから目を離せない。
何故なら……ルクレは、笑っていた。
「あはは……な、なんだろ、なんか、笑えて……っ」
「……ぷっ、はは」
気持ちよさそうだった。
シャドウも笑う。すると、肩の力が抜けた。
立ち上がり、首をコキっと鳴らすと……ルクレの魔力が尽き、崩れ落ちる。
ルクレを支えると、彼女は笑っていた。
「だ……大丈夫?」
「ああ。ありがとな、命の恩人だ」
「えへへ……」
『ぐっ……これほどの冷気、初めて受けたわい』
ヴライヤは、身体の至るところが凍り付いていたが、すぐに全身を真っ赤に燃やして溶かす。
『はっはっは!! 久方ぶりに楽しいぞ!!』
「……なんだ。お前も笑うんだな」
『何?』
「一つ、聞いていいか? 師匠も笑ってたか?」
『……さあな』
ヴライヤは鮮明に覚えている。
互いに満身創痍だったハンゾウとの戦い……ハンゾウは、ずっと笑っていた。
とにかく楽しそうに、子供のように。
そして、今、目の前にいるシャドウは……フードを外し、素顔を晒し……笑った。
「考えるのやめた。俺……お前を仲間にするとか、師匠を馬鹿にしたことで頭いっぱいだった。きっと師匠も最初は、そんなこと考えず、ただお前と楽しく戦ったんだと思う」
『…………』
「ヴライヤ。悪かった……今はただ、お前の全部を受け止め、俺の全てを受けてもらう」
『…………ハッ』
ヴライヤは笑った。
そして、思い出す。
『ははっ!! おめーすげえな、もっと遊ぼうぜ!!』
ハンゾウと、笑い合って戦った日のこと。
今、目の前にいるシャドウが、ハンゾウと重なって見えた。
『いいだろう……楽しませろ、小僧!!』
「ああ、行くぞ!!」
仕切り直し。
シャドウは迷いなく印を結び、飛び出すのだった。