ダンジョン実習③
地下へ続く階段を下りた先にいたのは、想像を絶する『何か』だった。
「……ッ」
シャドウは息を飲む。
ヒナタは絶句し、ライザーは唖然とし、ルクレは真っ青になった。
何故なら……階段を下りた先、地下の広大な空間にいたのは、この世の生物とは思えないほど巨大な『何か』だったから。
その『何か』は、深紅の外殻を纏った巨大な何かだった。
『…………この匂い』
ビリビリと空気が震えた。
呼吸するのも、汗を流すのでさえ目の前にいる『何か』の許可が必要であるかのように、シャドウたち四人は何も言わない……言えない。
何かは、ゆっくりと頭を上げた……そして、声を出す。
『吾輩の眠りを妨げる無礼者は数年ぶり……ハンゾウ以来だな』
「えっ……ハンゾウって、師匠」
ようやく、シャドウが声を出した。
そして、目の前にいる『何か』を観察する余裕が少しだけ生まれた。
深紅の外殻に包まれた巨大生物。長い首、畳まれた翼、長い尾……そしてその存在感。
魔獣。そう分類していいはずだが、全く見たことがない。
するとライザーが言う。
「じょ、冗談だろ……ま、まさか……りゅ、竜種」
「りゅう、種?」
思わず聞き返すシャドウ。ヒナタ、ルクレはまだ声が出せないようだ。
ライザーは汗だくで言う。
「竜種……数ある魔獣の種族の中で最強とされる種族だ。有史以来発見されたのは七体のみ。だが人前に姿を現したのは、数えるほどしかないはず。それぞれが七属性の力を持ち、世界を滅ぼすこともできるっていう……バケモノだ」
「……マジ、かよ」
目の前にいる巨大な『竜』は、長い首を持ち上げた。
よく見ると、片目が消失している。まるで抉り出されたような傷跡があった。
『その匂いを嗅ぐと、忌々しい記憶が蘇り、傷が痛む……ハンゾウ。吾輩の目を奪いし者』
「まさか……ハンゾウ様の怪我は、あなたが」
ヒナタがようやく声を出した。
「この低難易度ダンジョンで、ハンゾウ様があれだけの怪我をした理由……あなたと、戦ったから」
『……何年前か。吾輩はハンゾウとここで戦った。フン……忌々しい』
竜は、再び首を下ろして横たわる。
『あやつはいきなりこの場に現れ、仲間になれとほざきおった……吾輩を殺しに来る者はいたが、仲間になれと言ったのは奴が初めてよ。だが……吾輩が、偉大なる『ドラゴン』が人間の仲間になどなるはずがない。吾輩は奴を食い殺そうとしたが……おのれ、眼を潰されたわ』
「師匠が、そんなことを……」
シャドウがそう言うと、竜は片目でシャドウをジロッと見た。
『師匠……小僧、ハンゾウの弟子か。フン、奴に遣いでも頼まれたのか?』
「……違う。師匠はもういない。死んだ」
『……フン。奴も弱者だったか。吾輩と戦っている時から死臭を感じたが……まあいい。貴様ら、吾輩に何の用だ。話くらいは聞いてやる』
竜はギョロギョロと、ルビーのような目をシャドウたち四人に向ける。
別に用事はない。すると、ヒナタが言う。
「シャドウ様……ハンゾウ様は、この『竜』を仲間にしようとしたんですよね」
「……あ、ああ。し、信じられないけど」
「『竜』は間違いなくこの世界最強の種族。仲間にすれば、教団の潰滅の手助けになるかも」
「オレも同じこと考えたぜ。それに、意外と話が通じるかもしれねえ」
「…………ふぁ」
「ルクレ。しっかりなさい」
「ふぁ!? はは、はい!!」
ヒナタに背中を叩かれ、ルクレはようやく回復した。
シャドウは三人に目配せし、小さく頷く。
そして、フードを外して素顔を晒し、頭を下げた。
「改めて。俺はシャドウ……ハンゾウの最後の弟子です。あなたの名前を教えていただけませんか」
『……名はない。吾輩と同格の六匹からは『赤いの』と呼ばれていた』
「あ、赤いの……さすがにそれは」
『大昔、吾輩を『ヴライヤ』と名付けた馬鹿な人間もいた……フン、ハンゾウはその名で吾輩を呼んだがな』
「ヴライヤ……」
炎龍ヴライヤ。それが、この竜の名前。
なんとなくシャドウは、ハンゾウがニカっと笑いながらヴライヤに話しかけている光景が浮かんだ。
「あの、ヴライヤ……師匠、ハンゾウのこと知ってるんだよな。仲間になれってことも」
『ああ、聞いた』
「だったら、俺たちに力を貸して欲しい。俺たちは、師匠の敵である『黄昏旅団』を潰すために戦っている。お前が力を貸してくれるなら───」
シャドウがそこまで言った時だった。
『黙れ!!』
ヴライヤの翼が広がり、首を持ち上げ、思い切り叫んだ。
空気が振動し、周囲の瓦礫が吹き飛び。翼を広げた余波で炎が燃え上がる。
反射的に、ルクレが両手を突き出すと、氷の壁が現れた……が、一瞬で砕け散った。
『大人しく聞いていれば図に乗りおって……!! 久しぶりの来客を出迎え話をしただけであり、馴れ馴れしくされる覚えはないわ!! 吾輩を本気で怒らせる前に消え失せい!!』
恐るべき圧力だった。
ルクレの腰が抜けてガタガタ震えだし、ヒナタも膝を付く。
ライザーも辛うじて立っていたが、震えが止まらない。
だがシャドウだけは引かない。
『ハンゾウ……その名は懐かしさと忌々しさか感じぬわ!! 奴の敵だか知らんが、死んで清々したわ。生意気な人間め……あの時、殺しておけばよかったわ!!』
「……あ?」
殺しておけばよかった。
その言葉に、シャドウの眉がピクリと動く。
だがライザーが腕を掴んだ。
「お、おい、何考えてるか知らねえが、相手が悪いなんてモンじゃねぇぞ。ありゃ人間にどうこうできる存在じゃねえ。国家レベルの軍勢が必要だぞ……!!」
「し、シャドウ様……ここは、引くべきかと」
「あ、あ……」
ヒナタも、ルクレも完全に心が折れていた。
だがシャドウは首を振る。
「師匠を殺しておけばよかった。そんなこと言うやつ、許せるか?」
「「「…………」」」
「俺がやる。お前ら、下がってろ」
「シャドウ様!! こ、これは無意味な戦いです!! 黄昏旅団でもない相手に、命を賭けるなど……!!」
「無意味じゃない。師匠はこいつを仲間にしようとした……喧嘩も売られたし、買ってやる。で、風魔七忍の五人目……五匹目にしてやる」
「ま、マジか……」
シャドウはフードを被り、前に出る。
『小僧、貴様……吾輩とやるつもりか』
「ああ。師匠を侮辱されたのと、お前を倒して仲間にする」
『舐められたものだ……!!』
ヴライヤは身体を起こし、翼を広げる。すると身体が赤く燃え、炎を纏った。
『人間ごときが到達できぬ高みの存在とやらを!! 身をもって知れい!!』
「お前こそ───人間、なめんじゃねえ!!」
シャドウは両手の親指、中指を合わせて円を作り、両手を重ね印を結ぶ。
『その手……そうか、忍術。面白い!!』
「行くぞ!!」
こうして、シャドウと炎竜ヴライヤの戦いが始まった。