ダンジョン実習②
クヌート遺跡は、初心者向けダンジョンの割には広い。
一年一~三組の生徒九十名が同時に入っても、他の同級生とすれ違うこともなければ、気配を感じることもない。
シャドウは忍術を使いたかったが……『見張り』がいると聞いた以上、使えない。
せっかく堂々と忍術を使えると思ったが、面倒くさい『杖』でこっそり印を結び、弱い魔法に見立てた忍術しか使えないことに、ややイライラする。
「あ~……なんかもっと派手にやりたい」
「はっはっは。ま、ここはオレが目立たせてもらうぜ」
「シャドウ様。ここはこのお調子者に任せてよいかと」
「わ、わたしも頑張りたいけど……ライザーくん。お任せします」
現れるのは、ゴブリンやコボルトなどの雑魚魔獣ばかり。
最初こそ魔法による攻撃を仕掛けていたが、ライザーは素手、格闘技だけで戦っていた。
「ライザー、相変わらず格闘も強いな」
「まあな。魔法の腕前が大したことねえから鍛えたんだよ。魔法ナシなら学年最強かもしれねえぜ」
拳をパシッとぶつけてニカっと笑う。
見張りがいても、不自然なところはない。目立ちたがり屋のライザーが、シャドウたちに戦わせず自分で暴れているだけにしか見えないだろう。
ふと、シャドウは聞く。
「そういえば……師匠はここで何かしてたんだよな」
「はい」
「……ヒナタ、何か知ってるか?」
「いえ。大怪我をしていたこと、『面白い何か』があることは聞いていました……あ」
と、ヒナタは何かを思い出したのか、ハッとしてシャドウを見た。
「そういえば……『いつか必ずモノにする』と言っていました。もしかしたら、ここには何か秘宝でもあるのかも」
「いつか必ずモノにする、ね……でもここ初心者向けダンジョンだろ? 師匠が怪我するようなとんでもないトラップでもあるのかな」
「不明です。ハンゾウ様が向かったのは、クヌート遺跡北部ということはわかっていますが……」
「……せっかくだし、探してみるか」
クヌート遺跡は五階層のダンジョン。最下層までは数時間もあれば到着する。
行き、帰りと合わせても夕方まで掛からないだろう。
すると、ルクレに無理矢理戦わせようとしていたライザーが言う。
「シャドウ、こっちは終わったぜ。先進むぞ先!!」
「ううう……ライザーくん、酷いです……こ、怖かったあ」
シャドウたちは、クヌート遺跡北部へ進む。
地下への入口はいくつかあるが、全て北側から進むことにした。
◇◇◇◇◇◇
クヌート遺跡北部は、かなり荒れていた。
倒壊した壁、倒れた柱、ボロボロの石畳……まるで何かが暴れたような跡が多かった。
シャドウはルクレに聞く。
「先生、特に危険な場所とか言ってなかったよな?」
「は、はい。最深部まで進んで、証を取ってこいとしか」
ライザーが石を蹴って言う。
「ボロボロだぜ。それに、人気がねえな……」
「……ここまで来る途中、下に通じる階段はいくつもありました。まさか、階段を素通りして、ここまで来る生徒は私たちくらいでしょうね」
ヒナタが補足。
確かに、ここまで来る途中に階下へ続く階段はいくつかあった。
目的でもない限り、わざわざその階段を素通りする者はいないだろう。
シャドウは気配を探る。
「……見張り、いると思うか?」
「恐らくいないかと……先ほども言いましたが、隠蔽系の魔法でも使われたら察知できませんが」
すると、ライザーが叫んだ。
「おい!! 見てんだろ!? 先輩か先生よぉ!! ちと聞きてえことあるんだ、出てきてくれや!!」
ライザーが叫ぶ……だが、誰も出てこない。
ライザーはシャドウを見て頷いた。
「……たぶん、いないな。ここは俺たちだけだ」
「……いきなり怒鳴り声出さないでください。驚きました」
「はっはっは!! そーいう役目だしな!!」
ライザーがゲラゲラ笑い、ルクレもクスっと微笑んだ……その時だった。
「……あれ?」
ルクレが何かに気付いた。
ボロボロの壁、その一部を見て首を傾げている。
シャドウはそんなルクレが気になったのか、隣に並んで聞く。
「どうした?」
「いえ……なんだろう、そこ……妙な気配が」
「妙な気配?」
「はい。壁……違和感というか、なんだろう?」
ルクレが指差した壁は、何の変哲もないただの壁だ。
隙間から風が吹いているわけでもない、ただのぼろい壁。
ヒナタはルクレに聞く。
「ルクレ、何か気付いたことでも?」
「え、えっと……その、気のせいかも。なんていうか、その……魔力というか」
「魔力?」
「は、はい……その壁から、違和感が。ぞわぞわするというか、なんというか」
「意味が分かりませんね……どのあたりですか?」
「……そこです」
ルクレが指差したのは、壁の中心。
シャドウ、ヒナタが近づいて確認……そして、ヒナタが目を見開いた。
「こ、これは……シャドウ様、見てください!! この壁……」
ヒナタが壁に触れると、なんと壁の一部がボロッと落ち、取っ手のようなモノが現れた。
その取っ手をよく見ると、妙な模様が刻まれている。
その模様は、シャドウも見覚えがあった。
「こ、この模様……」
模様には『忍』と刻まれている。正確には模様ではなく、ハンゾウが住んでいた世界の『漢字』であるが、そのことまでは気付かない。
間違いなく、ハンゾウが隠した『何か』の扉だった。
「おいおいおい、マジか!! ここ……師匠が何か見つけた場所か?」
「ルクレ。あなたどうしてこれを……」
「え、えっと、違和感としか……」
「……もしかしたらだけどよ。ルクレ、お前……『魔力感知』ができんのか?」
「え?」
ライザーが言うと、ルクレが首を傾げた。
「姉貴が得意なんだよ。魔力ってのは魔法師なら感じることができるけど『魔力感知』はほんの僅かな魔力を感知し、普通の魔法師には感じることのできない魔力の痕跡も察知できるって。そいつはどんだけ鍛えても身に付かない、完全な『才能』の力だって聞いたぜ」
「わ、私が……?」
「シャドウ、お前わかるか? こいつの言う『違和感』ってやつ」
「さっぱりだ。どう見てもただの『壁』だし……違和感って何なんだ?」
「ヒナタ、おめーは?」
「……わかりません」
「当然、オレもだ。こりゃ確定だな」
「え、え……でも私、気になっただけで」
オロオロするルクレ。才能と言われ驚いているようだ。
シャドウは言う。
「とりあえず……見張りが俺たちを探す前に、みんなで行ってみよう」
シャドウが取っ手を掴み、ゆっくりスライドさせると……扉は引き戸のように動いた。
ヒナタは取っ手を隠していたパーツを掴み、再び取っ手を隠す。
四人は中に入ると、内側から完全に扉を閉めた。
「暗いな……光遁」
印を結び忍術を使うと、光玉がシャドウの指先からふわりと浮かぶ。
もう遠慮なく忍術を使える。
扉の先は広い空間になっており、椅子や机、野営の跡が残っていた。
そして、その先には地下へ続く階段があった。
「……みんな、装備を整えよう。完全装備で下に進む」
妙な胸騒ぎ……シャドウの背中に、冷たい汗が流れるのだった。