ダンジョン実習
座学、魔法授業と日常は続き、『デロス』による襲撃も忘れられ始めたころ。
一年一組のクラスメイトたちの立ち位置は完全に固まった。
まず、クラスの中心となるのはシェリア。ハーフィンクス家の名にふさわしい『火』の使い手。クラスの男子のアイドル的存在であり、派閥も男子がメインとなっている。
そして二つ目はラウラ。アルマス王国の姫君であり、男女半々と人が集まっている。
本人は派閥など考えていないが、誰にでも優しい態度で接するので、自然と人が集まっている。
そして三つめはユアン。クオルデン王国の第二王子。
先の『デロス』による襲撃を阻止した英雄として、男子たちの間から親しまれている。最初は「ハンゾウではない」と否定していたユアンだが、いつの間にか否定をやめ、英雄として振舞いを見せていた。
そして無所属……シャドウ、ヒナタ、ルクレ、そして他数名。派閥というほどではないが、ライザーがよく目立っている。
どこの派閥に属することもない一般生徒だが……所属しないことで、逆に目立っているような感じがしている。ライザーが目立つような言動をしなければ、シャドウも目立っているだろう。
一年一組、総勢三十名。
シャドウは、クラスの中でも目立たない、普通の生徒として振舞いを見せていた。
◇◇◇◇◇◇
ある日。いつも通り学園に向かい教室に入ると、どこも同じ話題で盛り上がっていた。
「ドレス決めた?」「あたしはミスローゼのブランドで」
「社交界か……」「なあ、七家と挨拶できるかな」
社交界が近づいていた。
女子はドレスのブランドや化粧品、男子は有力貴族との繋がりを持てるかどうか。
ラウラ、ユアン、シェリアはクラスメイトたちに囲まれ、社交界の話題で大盛り上がり。シャドウは自分の席に座り、カバンから教科書を出していた。
すると、ルクレがシャドウの傍へ。
「ふう……おはようございます、シャドウくん」
「おはよう。なんか疲れてるな」
「ええ……ライザーさんの自主トレーニングメニューを毎日やってるので」
「どうだ? 少しは体力付いたか?」
「えっと……自分じゃよくわからなくて」
「まあ、ゆっくりでいいよ。それと、パーティーの準備、大丈夫か?」
「はい。実家からドレスが送られてきたので……私に関心なんてないと思ってたので、ちょっと意外でした」
ルクレは苦笑。ブリトラ侯爵家は最低限のことはするようだ。
すると、ヒナタが教室に入ってきた。そして当然のようにシャドウの傍へ。
「おはようございます。シャドウ様、ルクレさん」
「ああ、おはよう」
「おはようございます。ヒナタさん……シャドウくんと一緒じゃないんですね」
「ええ。少し情報収集を……シャドウ様、少し気になる情報が」
「ん、なんだ?」
そう聞き返した時、予鈴が鳴った。
クラスメイトたちは自分の席に移動。そして、教師のクーデリアが入ってくる。
教壇に立つなり、話を始めた。
「諸君、おはよう。この時期の新入生の話題は『学園社交界』で持ち切りだな。だが……その前に、新入生社たちが経験するもう一つのイベントがある」
察している生徒、そうでない生徒と反応は様々。シャドウ、ルクレは首を傾げ、ヒナタは特に反応をしていない。
「一年生たちのイベント……『ダンジョン実習』だ」
ダンジョン実習。
クオルデン王国郊外にある王家が管理する特殊空間『ダンジョン』にて、魔法による実戦経験を行う授業である。
五人ワンチーム、計六チームに分かれ、ダンジョン内に現れる魔獣との戦闘を経験する。
引率は上級生が担当し、不測の事態に備え準特等魔法師による監督もある。
「ただ的に目掛けて魔法を放つのにも飽きた頃だろう。それぞれチームを組み、ダンジョン内にて戦闘を経験してもらう」
その言葉に、待っていましたとばかりに喜ぶ生徒、不敵な笑みを浮かべる生徒、そして不安そうにする生徒と反応は様々だった。
「実戦経験者も中にはいるだろう。それぞれ得意なテンプレートを用意し、杖にセットしておくように。それと従者枠の生徒……主をきちんと守るように。ダンジョン実習は二日後から始める」
こうして、新入生イベントの一つ『ダンジョン実習』が始まることになった。
◇◇◇◇◇◇
お昼。
相変わらず、ラウラやユアン、シェリアたちは囲まれていた。
シャドウはライザーに誘われ、ルクレとヒナタを連れて学園中庭へ。
お昼は学園内にある購買で買ったパンに飲み物。地下ショッピングモールではなく、たまにはこういう昼食も経験しようとライザーに誘われた。
中庭に移動すると、似たような生徒たちが多くいた。
「とりあえず、あっちの椅子に座ろうぜ」
ライザーに案内されたのは、小さな円卓に椅子が四つある席。
同じような席がいくつもあり、その中の一つに座る。
生徒たちは多くいるが、上級生たちや新入生たちはそれぞれのグループで会話を楽しんでいるため、シャドウたちのことなど気にしていない。
パンを食べながら、ライザーは言う。
「なあヒナタ。お前、さっきシャドウに何か言おうとしただろ。何か情報掴んだのか?」
「なっ……このような場所で」
ヒナタはライザーを睨むが、ライザーは気にしない。
「こんな場所でヒソヒソする必要ねぇよ。誰も聞いてねぇし」
「…………」
確かに、シャドウたちの周りに人はいない。
四人掛け席はあるが、あえて周囲に人がいない席を選んだおかげだ。半径五メートル以内にはシャドウたちしかいない。もちろん、ライザーが選んだ席だからだ。
シャドウも言う。
「……確かに、これくらいなら平気か。むしろ部屋だけでヒソヒソ話すより、こういう場で少しは話しておかないとな。ヒナタ……言える範囲で頼む」
「……わかりました」
「……ごくり」
パンをかじっていたルクレは、余計なことを言わないよう黙り込む。
ヒナタは、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、口をあまり動かさず言った。
「ダンジョン実習ですが……学園の管理するダンジョンの一つに気になる名前がありました」
「気になる名前?」
「はい。遺跡型ダンジョン『クヌート遺跡』です」
「あ、オレも知ってるぜ。学園が管理するダンジョンで最も難易度の低いダンジョンだろ? 去年と一昨日の新入生も、そこでダンジョン実習やったってクラスの連中が言ってたぜ」
「……む」
ヒナタはライザーをじろっと睨む。どうやら言いたかった情報を先に言われたようだ。
「こほん……実は、ハンゾウ様が私に調査するように命じた場所に一つに、その遺跡がありまして……何度か調査したのですが、やはり難易度の低い学園の管理するダンジョン以外、何もわからなくて……」
ヒナタはやや落ち込んでいた。
そして、シャドウを見て言う。
「ですが、ハンゾウ様は『何かある』と確信し、自ら調査に出かけました。そして……戻ったハンゾウ様ですが、酷い怪我をしていました。そして笑いながら『すげえ面白いもんがあった!』と笑って……それ以上は何も」
「……師匠が」
「はい。何度かダンジョンに入りましたが、ある日行くのをやめたようで。結局、何があったのかわからず仕舞いで」
「……なるほど。師匠はそこで何を見たのかな」
考え込むが、シャドウにはわからない。
だが、ハンゾウが怪我をするくらいの『何か』がある。
「まあ、旅団と関係あるかはわからないけど……気にしておくか」
ダンジョン実習は二日後。
そこで何を見るのか、何があるのかは、まだわからない。