ライザー・グランドアクシス②
素手の戦い。
どのような戦法で来るか───シャドウが警戒しながら様子見をする。
拳を構え、腕を伸ばしても届かない射程にまで下がり、ライザーを観察。
オーソドックスな半身の構え。ジリジリと、互いに歩み寄るような動きになる。
『いいか、先手必勝……覚えとけ』
ハンゾウの言葉が蘇り、シャドウは一歩踏み込んで強烈なジャブを放つ。
すると、顔面に衝撃……奇しくも、ライザーも同じ動きをしたのだ。
互いの顔に一撃。だが鼻血も出ていないし口も切れていない。
(押し切る!!)
シャドウはさらに踏み込んで拳を放つが、ライザーにガードされる。
同じように、ライザーも小刻みに拳を放つが、シャドウは全て受け、躱す。
パパパパパ!! と、高速の応酬。ここで物音に気付いたヒナタ、ルクレ、ラウラが飛び込んできた。
「シャドウ様!!」
「手ぇ出すな!!」
シャドウが叫ぶ。
ヒナタが苦無を抜いたのが見えたからこそ、声を出した。
同様に、ルクレとラウラも杖を抜こうとしたが、ビクッと硬直した。
「シュッ」
「ッ!?」
だが、声を出したことで反応が一瞬遅れ、シャドウの放ったジャブに合わせてカウンターが放たれた。
躱せない。顔面を狙った攻撃……シャドウは走馬灯のように、ゆっくり飛んで来る拳を見た。
躱せないなら───受ける。
「づっ!?」
シャドウは首を動かし、額で拳を受けた。
ライザーが顔を歪めた瞬間、膝蹴りを放つ。
だがライザーも同じように膝蹴りを放ち、ガキンと足がぶつかって動きが止まる。
そのまま足を下げて距離を取り、シャドウは回し蹴りを放つ───が、ライザーも同じように回し蹴りを放ち、二人の足が交差するように衝突した。
そして、再び距離が離れる。
「やるじゃねぇか……」
「…………お前」
シャドウは、拳を下ろした。
「あ?」
「……お前、俺を試してるのか?」
「……へえ、なんでそう思った?」
「殺気がない。負けたら殺すとか言っておきながら、お前の拳は軽いんだよ。まるで……俺がお前の拳の軽さに気付くかどうか、試しているかのように」
「…………」
ライザーは黙りこむ。
シャドウはそこまで言い、右手の人差し指、中指を合わせて立てた。
「お前がどういうつもりでそんな戦い方してるのかは知らない。でも……もう遠慮しない。音を出さずにお前を拘束する忍術なんていくらでもある……」
シャドウがそう言った時だった。
「……え」
「……なっ」
「へ?」
「あ、あれ?」
シャドウ、ヒナタ、ルクレ、ラウラが驚愕した。
何故なら、ライザーが膝を付き、シャドウに頭を下げていたからだ。
そして、頭を下げたまま言う。
「ご無礼をお許しください。シャドウ様」
「……シャドウ、様? は?」
ライザーは頭を上げる。
その目に敵意は全く存在しなかった。
「オレはあなたの味方。ハンゾウ師の願いにより、あなたに協力をするアサシン、ライザーです」
「……し、師匠が」
「はい。オレも短い時期ではありましたが、ハンゾウ師の教えを受けた者……来たるべき日、自分の後継者が現れるとハンゾウ師から伺い、あなたの手足となり動くよう申し付けられました」
「わ、私以外に……」
ヒナタが驚愕していた。
シャドウも同様だ。まさか、他にもハンゾウの弟子がいたことに驚いている。
ルクレとラウラは相変わらずポカンとしたまま。
すると、ヒナタが苦無を抜いてシャドウの前に立つ。
「そんなことを言われて信用できるはずがないだろう。シャドウ様、警戒が解けています」
「っ」
シャドウは言われて初めて気づいた。無意識に、ライザーに対する警戒を解いていた。
ライザーは隙だらけだ。ヒナタは苦無を向けたままだが、ライザーは気にせず言う。
「ハンゾウ師の最後の修行……それは、『ライザーのことは後継者に内緒にしておくから、お前の実力だけで信用を勝ち取れ』というもの。だからオレは、このような手を使いました」
「ああ……師匠なら言いそうだな」
「シャドウ様、警戒を!!」
「あ、ああ」
「試すような真似をして申し訳ございませんでした。これがオレの真実……そしてオレは一つ、黄昏旅団に対する重要な情報を持っています」
「「!!」」
「その情報を提供します。それで、オレを信用し……仲間にしてください」
情報過多。
シャドウは自分に「落ち着け」と言い聞かせ、苦無を構えたままのヒナタに言う。
「……とりあえずヒナタ。敵か味方はともかく、話を聞こう」
「…………」
「ヒナタ」
「あっ……は、はい」
珍しく、ヒナタは動揺しているようだった。
「ねえねえルクレちゃん……私たち、置いてきぼりだね」
「し、仕方ないよ。でもでも、あの人、仲間になるのかな?」
どこか置いてきぼりのラウラとルクレ。だが、今は口を挟むべきではないのか、こそこそ話をしているのだった。
◇◇◇◇◇◇
シャドウは警戒を解き、ライザーと正面から向かい合う。
座っているのは横倒しにしたロッカー。ルクレ、ラウラも座り、ヒナタだけが警戒したままライザーの背後で苦無を抜いていた。
「ふう……えっと」
「あのさ、お前……ライザーだっけ」
「あ、はい」
「その堅苦しい喋り方、大変ならしなくてもいいぞ」
「……いいんですか? オレはあなたに仕えるアサシンになる予定です。上下関係は」
「上下関係は必要になる時が来るかもだけど、今は敵でも味方でもない。だったら、素のお前を見せてくれ。むしろ、信頼するのに必要なことかもな」
「……じゃあ、遠慮なく」
すると、ライザーは大きくため息を吐き、胸を張った。
「あーしんどかった~!! へへ、貴族の三男坊だけど、どーせいずれは平民に落とされる予定だしな。礼儀作法とか習ったけど忘れちまったぜ」
「す、すごい変わりようだね……」
「そうか? ってか、アルマス王国のお姫様がいることの方が驚きだぜ」
「わ、私は外部協力員だからね」
「ほ~……で、そっちはブリトラ侯爵家の末っ子か。シャドウ様の弟子だっけ?」
「う、うん……いちおう」
素のライザーは、親しみのある少年だった。
むしろ、シャドウとしては敬語よりもこちらのがいい……自然と、最低限の警戒まで緩めそうになってしまう。だがヒナタに睨まれたことで、警戒の紐を結びなおす。
「シャドウ様。一個だけ確認、いいか?」
「ん?」
「……ハンゾウ師は、死んだのか?」
「…………」
シャドウは、小さく頷いた。
ライザーは「そっか」と呟き……顔を押さえ、歯を食いしばり、涙をこぼす。
「……ハンゾウ師。ありがとうございました……っ」
その涙に、ラウラもルクレも……ヒナタも驚いていた。
そしてシャドウ。
「……なあ、聞かせてくれ。お前と師匠の関係を」
「…………」
ライザーは目を拭い、鼻をすすり、どこか寂しそうに微笑んだ。
「なんてことない。オレはグランドアクシス公爵家の三男で、一番の落ちこぼれのクソガキで……疎まれていた。いずれは家を追い出されて、平民となる運命だった」
「…………」
「兄貴や姉貴にいたぶられ、毎日地獄だった。でも……そんなオレをハンゾウ師は『いい目をしたガキじゃねぇか』って、鍛えてくれたのさ。実家に隠れて、屋敷の裏山で個別指導をな」
「……師匠が、そんなことを」
「ああ。ハンゾウ師は、オレの父親より父親みたいな人だった」
ライザーは、思い出を嚙みしめるように語る。
するとヒナタが言う。
「身の上話に興味はありません。あなたが持つ情報を」
「へいへい。まあ、ここまで言えば察すると思ったんだがな」
「何、貴様……」
「おいヒナタ、やめろ」
すると、ラウラが挙手。
「───……もしかして、グランドアクシス公爵家って」
「正解だ。へへ、オレも驚いたぜ」
「え、え? ラウラちゃん?」
「ルクレちゃん。私はそのハンゾウさんって人がどんな人か知らないけど……なんで、グランドアクシス公爵家に現れたの?」
ここまで言い、シャドウ、ヒナタがハッとして、ルクレは首を傾げる。
ライザーは頷いた。
「そういうこった。ハンゾウ師は、オレの母親に会いに来てたのさ」
「お、お母さん?」
「ああ。オレは知っちまったんだ」
ライザーは、拳をパンと叩き、歯を食いしばる。
「元風魔七忍の一人にして黄昏旅団『恋人』のクピドが……まさか、実の母親だったなんてな」