障壁魔法
学園が再開されると、ユアンは一躍有名となった。
犯罪組織から生徒を守った英雄……その称号に酔っているのか、最初は『自分はハンゾウじゃない!!』と否定していたのにしなくなった。
最も、自分はハンゾウじゃない。でも、生徒たちを助けたよ……と、微妙にボヤかして結果だけを受け取り、チヤホヤされるということだが。
シャドウからすれば、注意がユアンに向いてくれて嬉しいのだが。
「むー……頑張ったのはシャドウくんなのに」
ラウラがつまらなそうに呟いたのをシャドウは聞き逃さなかった。
誰にも聞こえずとも『声に出す』という行為はあまりにも危険。あとで注意するとシャドウは誓う。
そして、教師のクーデリアが教室に入ってくる。
教室内が静かになり、クーデリアは咳払いをした。
「授業の前に……先日、学園内に侵入した犯罪組織『デロス』だが、先日、特等魔法師が部隊を率いて本部を壊滅させた。もう二度と、このようなことは起きないだろう。それと───……学園を救った英雄である謎の魔法師『ハンゾウ』について、様々な噂が流れているが……敵でも味方でもない魔法師を神聖視するのはよろしくない。感謝だけにとどめておくように」
「意義ありですわ!! そもそも、ハンゾウ様がいなければ、私たち全員が死んでいたかもしれませんのよ!!」
シェリアが抗議。すると、他の女子や男子も「そうだそうだ!!」と声を出す。
あまりハンゾウの話題で盛り上がるなよ……とシャドウは傍観。ラウラも何か言いたそうだったが黙り、ヒナタはしれっと、ルクレはモジモジしている。
すると、クーデリアが教卓を叩いて皆を黙らせた。
「確かに!! 犯罪組織……いや非公式魔法組織が学園に入り込んだのは学園の不手際だ。そこは謝罪する……だが、ハンゾウも正体を明かさない以上、学園としては不審者として扱う他ない」
異議なし!! とシャドウは言いたかった。
できれば存在を知られず最後まで暗殺をしたいが、今ではもう無理な話である。
「これからは学園内の警備を強化し、このようなことが起きないようにするつもりだ。では……授業を開始する」
授業が始まった。
シャドウは教科書を開き、ここ数日でヒナタの集めた情報を思い出しながら黒板を見た。
(……黄昏旅団の動きは今のところない。マドカさんと話もしたいけど、こっちからじゃ接触できないしな……まあ、そう都合よく会えても情報なんてもらえないだろうな)
ラムエルテ……ゲルニカは失踪扱いになっていた。
非公式魔法組織『デロス』と関わりがあり失踪した、ということになっている。こういう情報が出た時点で、シャドウは学園上層部が『黄昏旅団』と関係あるのではと思っていた。
(とりあえず、今は情報を集めて……旅団の潰滅を優先かな。というか、旅団の四人が学園内にいるって話だったけど、恐らくもう意味はないな。俺がハンゾウを名乗り、ラムエルテを殺した時点で、俺は抹殺対象になる……学園を戦場にしたくないけど、ここで俺が学園から消えてハンゾウの足取りが消えたら、俺はこの先ずっと旅団に追われる。だったら、このまま学園に身を隠して、連中を皆殺しにすればいい)
そこまで考えると、授業終了のベルが鳴った。
一時間目が終わり、シャドウは小さくため息を吐く。
(とりあえず……次の戦いに備えて準備だけはしておかないと)
この日、午前中は授業を受けながらひたすら思考していた。
そして午後……魔法実技の時間となる。
◇◇◇◇◇◇
午後、シャドウは一人で演習場に向かっていた。
すると、大勢に囲まれたユアンがシャドウの近くへ。
ユアンは「シャドウくんとお話するから先に行ってて」と皆を送り出し、シャドウに向けて笑顔を見せた。
「や、シャドウくん」
「ああ、ユアン……指、大丈夫か?」
「もう治ったさ。学園の治療魔法師は優秀だね」
「そっか。よかった」
「それより……キミは大丈夫かい?」
「何が?」
「怪我だよ。あの敵の目的は知らないけど、あんな鉄の箱に閉じ込めて……許せないよ」
ああ、俺の『鋼棺』のことか……と、シャドウは思った。
空気穴を空けたとはいえ、狭い空間に閉じ込めたのだ。精神的なダメージもあったかもしれない。
次に機会があるならもう少し広くするか……と、シャドウは思った。
「まあ、今度敵が来たらボクも戦うよ。ふふ、ボクはどんな敵にも負けないからね」
「……あ、ああ」
妙に『ハイ』になっているユアン。
気弱で、だがやる時はやるような少年だったはずなのに、今は少し高揚しているようだ。
「ねえシャドウくん。みんながボクのこと『ハンゾウ』だって言うけど……キミはどう思う?」
「え?」
「みんなに聞いてるんだ。ハンゾウ……あの謎の魔法師。女子を救ったのはボクだって言われてるけど、実際は違うよ。ボクは、ハンゾウじゃない」
「…………」
「知りたいんだ。あの魔法師が何なのか……シャドウくん、知らない?」
「知るわけないだろ。ってか、そこまでして知りたいのか?」
「ああ」
断言した。
妙だった。まるで探るような言い方。
「みんなも知らないって言うんだ。こんなに知りたいのに……あ、何か気付いたこととかない?」
「いや、ないけど……ってかみんな棺みたいなところに入れられてたんだぞ。知るわけない」
「そっかー」
シャドウは警戒した。
恐らく、クラスメイトにも同じような質問をしているのだろう。
ユアンは「じゃ、またね」と先に行かせたクラスメイトと合流した。
シャドウの後ろにヒナタ、ルクレが近づく。
「妙、ですね」
「ああ」
「え、えっと……そうかな? ユアン殿下ってあんな感じじゃなかったっけ?」
「……あんな探るような言い方、するようなヤツじゃなかっただろ」
「うぐ……ご、ごめん」
ルクレが謝ると、ヒナタが言う。
「ここまでにしましょう。次は魔法訓練の授業です。ルクレ、くれぐれも」
「わ、わかってる。水の魔法だけ使うね。氷魔法用の杖はヒナタちゃんに預けてるから」
「結構」
二人の会話を聞きながら、シャドウはクラスメイトたちとお喋りするユアンの背中を見ていた。
◇◇◇◇◇◇
午後の魔法授業が始まった。
今日の授業は『魔力操作』だ。
魔力を循環させ身体強化することは、魔法師にとっては基礎中の基礎。
「魔法師は、武芸に秀でていなければならない。と、過去の魔法師は言っていた」
生徒の前で言うのは、身体強化専門の教師ギムレット。
筋骨隆々の準特等魔法師で、『デロス』壊滅にも参加した実戦魔法師だ。
「その通りだ!! そう、魔法師は……鍛えるべき!! 魔力、そして身体をな!!」
そう叫び、ギムレットはパンパンに膨らんだ右腕の力瘤を見せつける。
ややドン引きの生徒たち。今更だが、シャドウは全クラスが揃っていることに気付いた。
「今日は特別授業!! 犯罪組織『デロス』のような連中が襲って来た時、どのように対処すればいいかを学ぶ!! では……ふむ」
ギムレットはユアンを、そしてシェリア、ラウラ、ルクレ、他にも数名の男女を選んで前に来るように言った。
人選に多くの生徒が気付いた。
「ふむ、きみたちはいい魔力を持っている。それになかなかの実力を持つな!! というわけで、キミたちに『障壁魔法』を教える!! ここで実践し、仲間たちに伝授したまえ!!」
「え……ぼ、ボクたちが教えるんですか?」
「うむ!! まず私が障壁魔法を実践する。そして君たちがそれを覚え、きみたちがみんなに教えるのだ。ふふふ、まあやればわかる」
「あの……でも、障壁魔法は消費魔力が大きく、実戦向きではないと聞きました」
「ははは、確かに。だがまあ聞け」
ギムレットはコホンと咳払い。声を大きくする『拡声』というテンプレートがあるが、それを使わずとも大きく、よく響く声がした。
「障壁魔法は、全ての属性の魔法を弾く効果がある魔法で、魔法師の防御はこれ以外にないとまで言われているほど一般的だ。すでに使える生徒もいるが……これを実戦で使えるとなると話は別」
ギムレットが指を鳴らすと、正面に丸い盾のような透明な塊が出た。
杖を持っていない。だがシャドウは気付いた……ギムレットの指には指輪が嵌っている。それが杖であり、武器でもあるのだろう。
「障壁魔法は魔力を多量に消費する。だが、ピンポイントで防御できればどうだ? そう、少ない消費で守れれば、障壁魔法は非常に便利だ。ユアンくん、きみは先日指を折られたそうだが……障壁魔法で指を覆えば守れたかもしれんぞ」
「…………」
「障壁魔法に決まった形はない。瞬時に展開、瞬時に消せば非常に有効な防御となる。というわけで……まずは実戦だ」
「へへへ、面白れぇ!!」
そう言ったのは、深紅のツンツン頭の少年。
(あいつ……ああ、プロシュネが襲って来た時に、注意を引いてくれたヤツか)
少年は拳をパシッと打ち付ける。
ギムレットは聞いた。
「きみは……グランドアクシス公爵家の三男だったね」
「ライザー・グランドアクシスだ!! へへへ、先生よぉ、オレには防御なんていらねぇってことを教えてやるぜ!!」
「はっはっは!! 面白いな。でもこれ授業だから、ちゃんとやるように」
「む、まあそう言うなら」
(思ったより素直……馬鹿っぽそうだけど)
シャドウは興味が薄そうに見ていた……そんな時だった。
ライザーは、シャドウを見た。
「おい!! そこのお前!!」
「っ、へ?」
いきなり指を刺されて驚くシャドウ。
ライザーは、ニヤリと笑ってシャドウに言う。
「オレがお前に障壁魔法を教える!! 先生、魔法教えてくれ!! 覚えたら実戦しないとだろ!?」
「そうだが……まあいいか。キミは確かクサナギ男爵だったかな? さ、前に出て」
言われたからには前に出ないといけない。
シャドウは注目される中前に出る。すると、ライザーが近づいてシャドウの手を掴んで握手。
「よろしくな!!」
「は、はあ……あの、なんで俺?」
「適当だ!!」
「…………」
たまったもんじゃねぇ……と、シャドウは心の中でライザーを恨んだ。
想定外の注目。一年生全員の視線を浴び、ライザーはシャドウと肩を組む。
されるがままだったシャドウだが、肩を組まれた距離でも聞こえるか聞こえないかの声で、ライザーは呟いた。
「お前、ハンゾウだろ」
その言葉に、シャドウは嫌そうな顔をしながら、大きく動揺するのだった。