戦い終わって
ラムエルテの討伐。
シャドウはラムエルテの死体を見下ろし、『黒霧』が完全に解除されたのを確認。
捨てられた休憩小屋というのは真実らしい。『黒霧』が消えると、小屋の中はボロボロなのが確認できた。
そして、自分が血濡れということを思い出し、顔をしかめる。
「っつ……止血剤と、痛み止め」
アイテムボックスから秘薬を出そうとするが、痛みで手が震えた。
これまで、ハンゾウとの修行で痛めつけられ出血したことも少なくない。だが、命を賭けたやり取りに加え、遠慮のない急所を狙った攻撃、そして実戦の緊張感が、心身ともにシャドウを疲弊させていた。
膝をつき、息を整えていると。
「シャドウ様!!」
「……ヒナタ」
ヒナタが戻って来た。
そして、シャドウに肩を貸そうとする……が、シャドウは拒否。
「待て。俺より先に、この死体を処理しないと……俺との戦いで、こいつの身体には俺の情報が残ってる。魔力の痕跡、武器の傷……まずは、死体の処分、を」
もし、ハンゾウも知らないことがあったら。
黄昏旅団の中にラウラと同じ『魔水晶の瞳』を持つ者がいれば、シャドウの情報が筒抜けだ。
ある意味、ラウラと出会えたのは運が良かった。『魔水晶の瞳』を持つ者がいるという事実だけで、シャドウは新たに警戒することができる。
ヒナタは迷ったが頷いた。
「死体の処分はお任せください」
「……できるのか?」
「ええ。『変化の術』を習得する過程で、人体に付いても学びました。肉や内臓、骨を溶かす薬品も私は調合することが可能です。七分ほどお待ちください……すぐ取り掛かります」
ヒナタは、森の奥に死体と共に消えた。
そして、入れ替わりにルクレが戻って来た。
「しゃ、シャドウくん!! ああ、酷い怪我……」
「大丈夫……ところで、ラウラは?」
「えっと、シャドウくんが逃がしてくれた後、ラウラさんはみんなのところに戻ったよ。その……どうしても説明の過程で『ハンゾウ』のことや『仲間』のことを説明しなくちゃいけなかったけど……うまく嘘を入れて説明したから、私たちのことはバレないみたい」
「そっか……」
「今は黒いモヤも消えて、怪我人は医務室へ、ほかの生徒たちは先生たちから取り調べを受けてるよ。それと……敵が言っていた言葉だけど」
ハンゾウが一年生の中にいる。
シャドウはラムエルテの『置き土産』に舌打ちした。
「あのね、ユアンくんが疑われているの。ハンゾウは第二王子ユアン……一人だけ医務室にいたのが何よりも怪しいって。で……その、みんなユアン殿下が助けてくれたって……すっごく持ち上げられてるの」
助けたのはシャドウくんなのに……と、ルクレは言いたそうだった。
だが、シャドウにとっては好都合。
「とりあえず、今は学園が混乱しているんだろ。俺たちがいないのは不自然だ……ルクレ、軽くでいいから手当てを手伝ってくれ。早く戻らないと、俺たちも疑われる」
「手当て、って……わ、私が?」
「ヒナタはまだ戻ってこないから、頼む」
「わ、わかった……う、うまくできなかったらごめんね」
シャドウは服を脱ぎ、ルクレに背中の手当てを任せた。
幸い、縫うほどの傷はない。傷を洗浄し、薬品を塗ればすぐ直る。
だが、失った血は元に戻ることはない。シャドウはフラフラしつつも立ち上がる。
すると、ヒナタが戻って来た。
「終わりました。全ての痕跡を消したので、もう安心です……では、戻りましょう」
「ああ」
「う、うん」
三人は歩き出し……シャドウは立ち止まる。
そして、ヒナタとルクレを見て言った。
「二人とも、お疲れ様。とりあえず……黄昏旅団所属『死神』ラムエルテの討伐、完了だ」
ヒナタは頷き、ルクレはやや困ったように微笑んだ。
新生『風魔七忍』、最初の戦いは幕を閉じるのだった。
◇◇◇◇◇◇
ユアンは医務室で、もう何度目かわからない話をした。
「だから、ボクはずっと医務室にいたんだ!! ハンゾウとかいう奴のことなんて知らないし、ボクが何かしたわけじゃない!!」
ユアンは、プロシュネに折られた指の治療のため医務室にいた。
魔法による骨の接合はすぐに済んだが、安静ということで一泊だけ医務室に泊まることになり、従者に持ってきてもらった本を読んでいた。
すると、いきなり騒がしくなり、一年生の見知った生徒たちが医務室に運ばれてきた。
中には、ラウラの従者であるソニアもいたことに驚いた。
ユアンはすぐにラウラに話を聞いた。
「ひ、姫様が……敵、に」
「て、敵だって……!?」
「情けない。私は、護衛なのに……ぅ」
そこまで言い、ソニアは気を失った。
両腕の骨折。一体何をすれば、ここまで痛めつけられるのか。
ユアンはラウラの笑顔を思い出し、気付けば医務室を飛び出していた。
そんな時だった。
「こらこら少年。きみは絶対安静だろー?」
飛び出した先で、妙な女医と出会った。
眼鏡を掛け、ボサボサの長い髪、汚れた白衣。汚いシャツを着ているがスタイルは抜群で、大きな胸がシャツを盛り上げている。
口には煙草を咥え、どこか楽しそうにユアンの前へ。
「はいはい。今は学生寮に行けないよ。妙な魔法で結界が敷かれて、出入りできない状況だったけど……結界が消えて入ってみたら怪我人だらけ。先生たちの調査が終わるまで、きみは待機ね」
「待機って……ラウラさんが敵に捕まったんだ!! 助けないと!!」
「うんうん。わかるわかる。でもね、きみはこの国の第二王子なの。危ないところに行かせるわけにはいかんのよ」
「だから何です? どうせボクは第二王子、兄上がいれば問題ない。ボクはラウラさんを助けに行く!!」
「だーかーら、ダメだって。第二王子だけど、きみは王族なの。きみが好き勝手やったら、キミを止めることができなかった人たちが重い罰を受けるんだよ? 罰を受ける人にも家族がいるし、路頭に迷うことになるかもしれない。そんな時キミはなんて言う? ボクは迷いなく行動した、後悔はない……って、その人たちの前で言える?」
「…………」
「あのね。どういう選択をしようと、きみは第二王子なの。キミはいいと思っても、キミの行動の責任を取る人が必ずいるの。今回の場合はあたしだけど~……きみ、あたしに責任取らせちゃう?」
「そ、それは……」
「わかったら、部屋に戻った戻った」
「……は、はい」
ユアンは大人しく医務室に戻る。
すると、医務室に戻ったユアンを、生徒たちが出迎えた。
「ユアン殿下!! 殿下がオレたちを助けてくれたんですか!?」
「……え?」
「ありがとうございます!! ハンゾウってユアン殿下だったんですね!!」
「い、いや……何のことだい?}
「ありがとうございます!! 殿下は命の恩人です!!」
「……あ、あの」
熱烈な歓迎を受けていた。
どういうわけなのか、数人の生徒が『一年生を襲った組織を壊滅させたのはハンゾウと名乗ったユアン』と広め、いつの間にか『ユアン=ハンゾウ』となっていた。
ユアンが必死に訂正しても、もう誰も疑っていない。
わけのわからない状況に、ユアンはウンザリする。
ベッドに戻ると、先程の女医が来た。
「や、英雄くん。まさかキミが『ハンゾウ』だったんだねえ」
「ち、違います!! というか先生、知ってるでしょう? ボクはずっと医務室にいたし、ハンゾウとかいう奴が何をしたのかも知らないし……」
「うんうん。でもね、英雄はやっぱり、正体が必要なんだよ」
「……え?」
ユアンは気付かなかった。
女医は背後に手を回し、小さな瓶の蓋を開ける。
すると、瓶の中にいた小さな生物が、瓶から飛び出しユアンの元へ。
そして、ユアンの首に止まった虫は、そのまま皮膚を潜って体内に入る。
「偽物が出れば、本物がどんな反応をするか……んふふ、今度はあたしの番、ユアンくん、きみにはいろいろと踊ってもらおうかなあ」
「───……っ、あ」
がくんと、ユアンの頭が落ち……再び持ち上がった時には、目の色が桃色に代わっていた。
そして、女医が指を鳴らすと、三人の看護師が入って来た。
「ルソルちゃん、エルナちゃん、リスターちゃん。ラムエルテは失敗、次はあたしたちの番……ハンゾウくんとあそぼっか」
「「「はい、先生」」」
黄昏旅団所属『太陽』ルソル、『月』のエルナ、『星』のリスター。
黄昏旅団所属『悪魔』にして、学園専属医師のヴィーネは爪を噛んだ。
「んふふ、まずは何からやろうかなあ……」
次なる脅威は、すでに始まっていた。