接触
「あー……疲れた」
学園散策が終わり、ようやく解散。
シャドウはヒナタと部屋に戻るなり、椅子に深く腰掛けた。
そして、やや愚痴っぽく言う。
「悪意のない邪魔って本当にあるんだな……クオルデン王国の第二王子とアルマス王国第一王女が並んで、そこに何故か俺とヒナタ……目立ちたくないのに、嫌でも目立つ」
「そうですね……まさか、第一王女ラウラがこちらに接触してくるとは」
「……第一王女が『黄昏旅団』の可能性は?」
「ゼロではありませんが、限りなくゼロです」
「……殿下は?」
「そちらはまだ未調査です。明日、調べて参ります」
「ああ。ったく……何を目の敵にしてるのか、何かあるたびに話しかけてくる第一王女から守るように、俺の間に入ってくる」
明確な敵意ではない、微妙な敵意……恋敵と言えばいいのか。
シャドウは、ユアンから微妙に嫌われていると感じていた。
「とりあえず、今後のことを話そう」
「はい」
シャドウはヒナタに椅子を勧め、ヒナタは座る。
「まず、俺たちは学園に入学した。明日から授業もある」
「はい」
「学生を演じつつ、『黄昏旅団』のメンバーを探す……そして、見つけたら暗殺する。それが厳しいようなら、正面から殺す」
「……はい」
「ヒナタ、お前には苦労を掛けると思うけど……情報収集は頼む。俺も、できる限りやるから」
「お任せください。むしろ、私はそちらが専門です」
ヒナタは胸に手を当てて、力強く頷いた。
「まず最初。ヒナタはゲルニカ先生について調べてくれ。いいか……あいつの勘は鋭い。ヘタに近づきすぎると、気付かれるぞ」
「わかりました」
「よし、話はここまで。とりあえず、明日に備えて休むか」
「はい。ところで、房中術の方ですが」
「ま、まだ無理だな。もうちょい待ってくれ」
シャドウは誤魔化し、早々にベッドに入るのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
シャドウは気配を殺し、アサシン服に着替え寮の窓から飛び出した。
そして、地面に着地し印を結び、土に触れる。
「擬遁、『土塊分身の術』」
土で人型を作り、幻影を投射し『シャドウ』を作る。そして作り出した『人形』を操り、ベッドに寝かせることで寮から出たことを偽装した。
シャドウは屋根に上り、ヒナタの部屋の窓を見る。
「……あいつも調査に向かった。俺も、寝る前に行ってみるか」
向かうべきは、二学年の使っていた訓練場。
不思議と、そこに行くべきだとシャドウの勘が告げていた。
屋根を伝い、訓練場に到着……やはり、誰もいないし、静まり返っていた。
「…………」
シャドウは柱の影から訓練場を眺める。
間違いなく、気配はない。
だが───……シャドウの勘は、当たっていた。
『……いるのでしょう?』
どこからか、声が聞こえてきた。
ゆっくりと、闇の中から現れたのは……漆黒のフードを被った『何者か』だった。
顔は見えない。声も掠れたような、男と女の声を合わせたような声。
訓練場の中央に立つ何者かは、言葉を紡ぐ。
『黄昏旅団所属『死神』……ラムエルテ。どうです? この名を聞き、話を聞く気にはなりませんか?』
「───……」
シャドウはフードを被り、マスクで顔を隠し……ラムエルテと名乗った人物に向けて手裏剣を投げた。
すると、手裏剣は『黒いモヤ』に包まれ、ボロボロに崩れて消える。
『我は話をしたいだけ。いずれ殺す、殺されるとしても……それくらいなら、いいでしょう?』
「…………」
大事なのは情報。
シャドウは柱の影から出ると、中央にいるラムエルテの傍まで向かう。
互いに、十メートルほどの距離を取り、シャドウは言う。
「……学園には三人の『黄昏旅団』がいる。残りの二人はどこだ」
『これはこれは……面白いですね』
ラムエルテはパチパチ手を叩くと、シャドウに右人差し指を向ける。
『狙いは、我輩の……いや、ワタクシたちの暗殺、ですか。フフフ……つい先日、『力』が死亡したとありましたが、アナタも関係していますね?』
「…………」
シャドウは無視。ラムエルテに情報を与えるつもりはない。
『答えの前に、あなたも名乗っていただけませんか? いいでしょう? ボクも名乗ったんですから』
一人称が安定しない。喋り方もどこかおかしかった。
恐らく、喋り方や喋りクセで、身元が割れるのを特定させないため。
だからシャドウは言う。
「風魔七忍所属暗殺者、ハンゾウだ」
『……!!』
動揺したのを、シャドウは見逃さなかった。
すると、シャドウの周囲に黒いモヤが集まり出す。
シャドウは高速で印を結び、右手を突き上げた。
「風遁、『竜巻の術』!!」
自分を中心に、竜巻を発生させる忍術。
黒いモヤが吹き飛ぶと、シャドウは苦無を抜いて投げ、同時に腰に差す『夢幻』を抜刀しラムエルテに接近する。
そして、ラムエルテを両断……だが、ラムエルテの身体がモヤとなり、斬撃が無効化された。
『……その名。あなたはまさか……く、ハハハッ!! そうですかそうですか、アナタ……あのハンゾウの弟子ですか。なるほどなるほど……パワーズはハンゾウと相打ち、『女教皇』が首を持ち帰ったと聞きましたが……どうやら彼女、マドカにも話を聞く必要がありそうだ』
「…………」
『忍術。まさか、その力を使える者がいるとは……覚えておきましょう。ハンゾウの意志を継ぐ者』
「……逃げるつもりか?」
『いいえ。準備です。お互いに暗殺者……寝首を掻くならご自由に』
「俺は、お前らを全員始末するからな」
『ええ。楽しみにしていますよ……それでは、よき夜を』
そう言い、ラムエルテは消えた。
今度こそ、完全に消えた。
「…………」
黄昏旅団『死神』のラムエルテ。
ゲルニカの正体である可能性、全くの別人である可能性。
シャドウには判断できない。だが……シャドウは『風魔七忍』の名を出し、敵と接触した。
つまり、暗殺者として『黄昏旅団』を狙っていると、バレてしまった。
「……だからどうした」
喧嘩を売った。
命懸けで、暗殺者として。
シャドウは訓練場から出て、寮に戻る。そして分身を解除し、ベッドに入る。
「……大丈夫。俺は、やれる」
高鳴る鼓動を抑えるよう、シャドウはベッドで目をつぶるのだった。