久しぶりに見た姉
学園の散策時間。
寮に帰る者もいれば、早くも徒党を組んで歩く生徒もいる。
上級生もいる。教師もいる。庭師も、調理師も、販売員も……とにかく、人がいた。
シャドウ、ヒナタの二人は一度部屋に戻り、アサシン衣装に着替えて窓から飛び出し、寮の屋根によじ登ると、周囲を見渡す。
「……こうして周囲を見るだけど、広大な敷地だってわかるな」
「はい。この中に、『黄昏旅団』の三人がいる……」
ヒナタをチラリと見て、シャドウは思う。
シャドウの暗殺服と同じローブだが、素材は薄く、防御力も低く見える。
フード、マスクは同じだが、リストブレードは左手だけ。足も短パンに素足とブーツで、防御力よりも機動力を重視した作りになっていた。
当然、腰のホルスターには手裏剣が入っている。
「なあヒナタ。その服……防御力とか大丈夫なのか?」
「はい。私の場合は少し特殊で……」
ヒナタは印を結ぶ。
「『変化』」
すると、ヒナタの身体がぼやけ、目の前には『ソニア』がいた。
「す、すごいな……服も再現できるのか」
「ええ。あまり分厚い服だと、違和感が出るので……なので、必要最小限の装備です」
「仕組みは……光で屈折率を変えて、魔力でイメージした姿を身体に焼き付けているのか?」
「はい。ハンゾウ師が開発したテンプレートです……私には忍術を扱うことができませんでしたので、ハンゾウ師が特別に作ってくれたんです。何度も言いました……テンプレートを身体に刻むと、『無』属性の変化しか使えなくなると。それでも、私は……」
「……ありがとな、ヒナタ」
「……はい」
きっと、この『変化の術』は、ヒナタとハンゾウの絆だ。
シャドウはそれ以上言わず、ヒナタに言う。
「じゃあさっそく、情報収集といくか。まだ日が高いし、ヒトには絶対見つからないように」
「わかりました」
ヒナタは印を結ぶと、全く別の人間に変わった。
エプロンを付けた、中年女性の姿である。
「購買の店員です。この姿なら、歩いても不審はないかと……では」
ヒナタは屋根から降り、一瞬で消えた。
シャドウはフードを被り、マスクを着け……周囲を見渡す。
「じゃあ俺も行くか……その前に、懐かしい『姉』の様子でも見てこようかね」
◇◇◇◇◇◇
シャドウは屋根を伝い、足音をさせない歩法を駆使して走っていた。
日中、まだ日は高い。姿を見られれば一瞬で『不審者』とされるだろう。
なるべく高い建物には近づかず、学園の地図を脳内に浮かべながら目的地へ。
「……ここか」
到着したのは、二学年の使う『魔法訓練場』だ。
事前に、姉セレーナが二学年の何組なのかはヒナタに調べてもらった。授業の時間割なども頭に入っている。
訓練場は広く、ドーム状になっている。
シャドウは屋根から侵入し、天井を支える柱の傍に隠れた。
現在、二学年が魔法の授業中……その中に、いた。
「……姉さん」
セレーナ・ハーフィンクス。
美しいブロンドの長髪、女性らしい身体つき、浮かべた微笑はクラスメイトたちに向けられている。
手には特注のロッド。セレーナ専用の杖である。
セレーナは前に出ると、数十メートル先に用意された四つの的に向けて杖を向ける。
「並列起動」
セレーナは、『火』と『水』と『土』と『風』の魔法式を身体に刻んでいる。
四属性を宿す天才……次期『虹色の魔法師』候補であり、ハーフィンクス家の時期当主。そして、クオルデン王国第一王子ロシュフォールの婚約者。
セレーナが杖を向けると、一瞬で四属性の『槍』が現れ、同時に飛んだ。
地水火風の槍は、的に正確に命中……クラスメイトたちから拍手が飛んだ。
(……昔から、魔法の同時起動が得意だった。今はより洗練されている。だが……)
六秒。
真正面から衝突した場合、六秒で始末できる。
姉セレーナは間違いなく天才。念のため、今の戦力を確認しに来たが……特に、問題はなさそうだった。
「さすが、ハーフィンクス家の天才ですね」
すると、拍手をしながら近づいて来る教師がいた。
長髪のオールバックに、眼鏡を掛けている。表情はニコニコしていたが隙がない。
「ゲルニカ先生、ありがとうございます」
「いえいえ。あなたにはもう教えることがありませんねぇ……私の方で、準特等魔法師に推薦しておきましょう」
「あ、ありがとうございます!!」
セレーナは嬉しいのか、何度も頭を下げた。
そして、セレーナの隣に並んで肩を叩く、第一王子ロシュフォール。
「おめでとうシェリア。はは、随分と差を付けられたな」
「何を仰いますか……ロシュフォール殿下は、魔法剣士としてすでに一級ではありませんか。ふふ、将来は特等間違いなし、そう信じていますわ」
「参ったな。きみに釣り合う男になれればいいが」
「ふふふ、お熱いですねぇ」
セレーナ、ロシュフォールの会話に、教師のゲルニカがクスクス笑う。
シャドウは一部始終を見ていたが、何とも拍子抜けした。
(……まあ、姉さんもロシュフォール殿下も、俺の敵じゃな……)
その時だった。
「…………おや?」
(ッ!!)
ゲルニカがシャドウのいる方を見た。
シャドウは気配を殺し、息をひそめる。
「…………ふ」
ゲルニカはニヤリと笑い、何事もなかったように前を向いた。
シャドウは息を整える。
(……ヤバかった。というかあの教師、この距離で……間違いなく、気付きやがった!!)
恐らく、パワーズよりも上の強さ。
シャドウはその場から急いで離れ、寮に戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
自室に戻り、ヒナタが戻ると同時に、シャドウは質問する。
「ゲルニカ。そう呼ばれる教師の情報、あるか?」
「……ゲルニカ。はい、あります」
ゲルニカ。
二年三組担任教師であり『特等魔法師』の一人。
刻んだ魔法式は『土』と『闇』の二つ。特等魔法師では珍しい研究専門の魔法師でもあり、ゲルニカが新たに生み出した『テンプレート』の数は総勢七十種類。
その知識を買われ、魔法学園の教師として赴任している。
「……というのが、一般的な情報です」
「研究職、なんだな?」
「ええ。戦闘はあまり得意ではないと言われています」
「なるほどな。飛びぬけて勘が鋭いのか、それとも猫かぶりなのか……」
「……シャドウ様、何が?」
「あの教師、五十メートル以上離れて、完全に気配を殺した俺に気付いた。一瞬だけ気付いたけど、すぐに気づかないふりをした……」
「えっ……」
「俺、隠形には自信がある。師匠ですら認めてくれた」
だからこそ、シャドウは怪しんだ。
「ゲルニカ。こいつを『黄昏旅団』の一人と仮に」
と、言った時だった。
『あのー、シャドウくんいますかー? ね、ソニア、ここだよね』
ドアがノックされ、外からラウラの声が聞こえてきたのだった。