馬車にて
シャドウ、ヒナタの二人は馬車に乗り、クオルデン王国を目指していた。
御者はヒナタ。ハンゾウに仕込まれたということで、日常的なことは何でも器用にこなすヒナタ。シャドウとしては、自分と同い年の女の子が巧みに馬車を操る姿に、妙にモヤモヤしていた。
「俺、何もしてないのが申し訳ないな……ヒナタ、寒くないのか?」
「大丈夫です。シャドウ様は、ゆっくりお寛ぎください」
「……うーん」
さすがに、女の子に任せっきりでのんびりできるほど、シャドウは図太くない。
御者席に移動し、ヒナタの隣で言う。
「その、俺にも馬車の操作、教えてくれないか?」
「え?」
「いやー……ダメかな」
「……シャドウ様は男爵。私は従者という設定です。あまり目立つような行為は控えるべきです」
正論だった。
貴族であるシャドウが手綱を握って馬車を操作するのは、やはりおかしい。
言い返せず、シャドウは苦笑した……するとヒナタは。
「お心遣い、ありがとうございます。その気持ちだけで、私は嬉しいです」
柔らかく、嬉しそうにヒナタは微笑み、シャドウは照れるのだった。
◇◇◇◇◇◇
数日後、いくつかの村を経由し、クオルデン王国に到着した。
久しぶりに見上げるクオルデン王国の正門に、シャドウは。
「……不思議だ。なーんも感じない」
故郷への帰省……なんて、感傷に浸ることもなかった。
ただ、この王国に潜む『黄昏旅団』を壊滅させること。それだけである。
馬車はクオルデン王国の貴族街でも下級貴族が住まう区画に到着。ありふれた中規模の、特に目立つことのない平凡な屋敷前に馬車が止まる。
「シャドウ様。私は、馬車を売却してきますので」
「わかった」
屋敷の鍵を受け取り、屋敷の中へ。
平凡な、平民の家よりは格上の屋敷だった。高級品があるわけでもないが、ソファやテーブルなどは普通のモノより質が良く、二階には四部屋あった。
シャドウは空き部屋に荷物を置き、一階に戻って来る。
すると、ヒナタが戻って来た。
「ただいま戻りました」
ヒナタは戻るなり、地図をテーブルに広げた。
「さっそくですが、シャドウ様……こちら、クオルデン王国の地図となります」
「ああ、王国内での重要ポイントについて説明してくれ」
「はっ」
ヒナタは、地図にいくつかマークをしていく。
「まず、こちらがクオルデン王国の要、クオルデン王城です」
「やっぱりデカいな……さすが、世界最大の王国だ」
「はい。何度か『変化の術』でクオルデン王城内に侵入したことがありますが、警備の質はかなり高く、潜入は容易ではありません。それと……クオルデン王国第一王子が、今年魔法学園に入学します」
「そうなのか……あまり接触すべきじゃないな」
「ええ。噂レベルですが、昨日お会いしたアルマス王国王女ラウラ様が、婚約者に選ばれる可能性が高いとの話も」
「なるほど……第一王子と、他国の王女。互いに友好を深めるならいい相手だ」
ヒナタは、王城から少し離れた位置にある大きな建物をマークする。
「そして、こちらがクオルデン王立魔法学園です。王城よりも広い敷地で、学園に通う生徒の総数は二千人……教師だけで二百人います」
「すごいな……世界中にある王国の貴族が集まるんだろ?」
「ええ。クオルデン王国は世界最大であり、世界最強の魔法国であり、中立国です。全ての国の貴族を受け入れるということができるのも、『虹色の魔法使い』という最強の魔法師たちの存在、そしてクオルデン王国の力そのものがあるからでしょう」
「……ふむ」
ハーフィンクス家は『火』を司る家系であり、現当主ウォーレンは『炎』の称号を持つ最強の魔法師の一人である。
実家の強さが、この国を支える柱の一つ……シャドウは、妙な気分になった。
その後も、いくつかの重要そうな場所を解説してもらい、地理を頭に叩き込む。
「シャドウ様。明日から私は、この国に関する情報を集めて参ります」
「情報?」
「ええ。噂話、貴族の会話などを聞きます。『変化の術』があれば、貴族の屋敷に侵入することも可能ですので」
「……わかった。ただし、あまり無茶するなよ? ちゃんとメシは食うこと」
「……はい、ありがとうございます」
ヒナタは笑った。
シャドウは首をコキコキ鳴らし、腕をグッと伸ばす。
「じゃあ俺は……身体が鈍らないようにするかな」
「それでしたら、屋敷の地下に鍛錬場があります。ご自由にお使いください」
「わかった」
「では──……さっそく行って参ります」
一礼し、ヒナタは屋敷を出て行った。
シャドウは地下へ向かう。そこには、手裏剣術用の的や、鍛錬器具があった。
「よし……俺も、身体を鍛えようか」
入学式まで一ヵ月……時間はまだ、たっぷりある。
◇◇◇◇◇◇
それから一ヵ月。
シャドウ、ヒナタは、クオルデン王国の調査と地理を頭に叩き込み、学生寮に入る前日となった。
荷物はすでに送ってあるので、あとは身一つで向かうだけ。
「ヒナタ、いよいよ明日だ」
「はい……持てる全てを使い、任務にあたります」
「ああ。一つだけいいか?」
「はい」
シャドウは、ヒナタに向かって手を伸ばす。
「命は捨てるな。いいか、どんな状況でも命を捨てることだけはするな」
「……」
「何かあったら、必ず俺を呼べ。これは絶対的な命令だ」
「……シャドウ様」
「俺たち二人で、師匠の最後の願いを達成するぞ」
「……はい!!」
シャドウの手をヒナタは掴み、一礼する。
こうして、ついに始まる。
シャドウ、ヒナタの……クオルデン王国での、王立魔法学園での生活。
世界最強、最大の暗殺者集団『黄昏旅団』を壊滅させるために結成した、新たなアサシン教団『風魔七忍』の、新たな戦いが始まるのだった。