アルマス王国のお姫様
シャドウ、ヒナタは一瞬だけ視線を交差させた。
『アルマス王国第一王女ラウラです』
『ああ、知ってる』
『そして護衛騎士ソニア。彼女たちも魔法学園の入学者です』
『そうみたいだな』
『とりあえずクサナギ男爵としての振る舞いを』
『了解』
一瞬で、これだけのやり取りを視線で交わし、ヒナタが言う。
「お席にどうぞ」
「うむ、感謝する。さぁ、ひめさ……ラウラ様」
「うん。あ、お隣失礼しますね」
シャドウの隣にはラウラが……と、思ったらソニアが座った。
ジロッとシャドウを睨むソニア。どうやら男を近づけたくないらしい。
すると、シャドウとヒナタの日替わり定食が席に届いた。
「わぁ~美味しそうだねっ、ねえソニア、わたしたちもこれにしよっ」
「かしこまりました。店員、我々にも同じものを」
「はーい」
店員が去り、シャドウは言う。
「じゃあ、俺たちは先にいただきます」
「お先にいただきます」
「どうぞっ!! あ、そういえば自己紹介してなかったよね。わたしはラウラ、よろしくね」
「俺はシャドウ。よろしく」
「私はヒナタ。シャドウ様の従者です」
「……ソニアだ。ん? 従者? 貴殿は貴族なのか?」
「ええ、つい最近、クサナギ男爵となりました」
ソニアの疑問に、ラウラが悲し気に言う。
「そういえば、クサナギ男爵は病で余命いくばくもないと報告がありました……後継者にと養子を取ったと聞きましたが、あなただったんですね」
「は、はい。えっと……」
「貴族なら、名乗らせて頂きます。わたしはラウラ・エリエール・アルマス。このアルマス王国の第一王女です。今は平民の振りをして散策していたんですけど……えへへ」
「王女殿下でしたか。これは気付かずに申し訳ございません。シャドウ・クサナギ男爵です」
あくまで何も知らないふりをするシャドウ。ヒナタもシャドウに合わせお辞儀する。
すると、ソニアが手で制した。
「今はお忍びだ。礼は不要」
「わかりました」
「あの~……クサナギ男爵。ううん、歳も近いしシャドウくん、って呼ぶね。シャドウくん、もしかして……クオルデン王立魔法学園のこと、知ってるよね」
「ええ。今年、入学です」
「そうなんだ!! 実はわたしもなんだ。こっちのソニアは従者枠での入学なの」
従者枠は基本的に、貴族の『護衛』でもある。
高位貴族が従者として下級貴族を連れる場合もあれば、武技に長けた騎士、自分の魔法に自信のある貴族は世話係としてメイドを連れて来る場合も。
ソニアは、チラッとヒナタを見た。
「貴殿の従者枠は、彼女か?」
「はい。クサナギ前男爵の世話係だったメイドです」
「ふむ……失礼だが、戦闘経験はあるのか? 従者枠には基本的に、強さを求められるが」
「はい。護身術程度でしたら……」
「ふ……従者同士、何かあれば互いに協力できるかもしれんな。身の危険が迫った場合、私が手を貸してやろう」
「ありがとうございます」
ヒナタはにっこり微笑んだ。シャドウは「まあ、必要ないだろうな」と思う。
すると、ラウラが聞く。
「あの、シャドウくん」
完全に『シャドウくん』が定着していた。
ソニアが視線で『妙な勘違いするなよ』と睨んでくる。
「シャドウくんは、どの属性の魔法式を刻んだんですか?」
「えっ」
シャドウは一瞬だけ「しまった」と思う。
魔法式。地水火風光闇のいずれかを身体に刻み、杖に仕込んだテンプレートで様々な魔法を使うのだが、シャドウは自分の設定でどんな『魔法式』を刻むことにしたのか、決めていない。
そもそも、忍術には魔法式の代わりに『印』がある。その気になれば、どんな属性だって使える。
「あ、わたしは『水』と『光』の二つを刻みました。えへへ、ダブルです」
「あ、ああ……俺は、『火』と『風』かな」
「わぁ、ダブルですね!!」
思わず、適当に二つ言ってしまった。これでシャドウは魔法学園で『火』と『風』の忍術しか使えなくなってしまった。
すると、ヒナタが言う。
「ソニア様も、魔法を?」
「いや、私は魔法式を身体に刻んだ『無属性』だ。無属性なら、貴族ではなく平民でも魔法を使えるからな」
「なるほど。私も同じ『無属性』です。一緒ですね」
「ああ、ふふ……」
「あはは。ソニアったら嬉しそう。お友達ができて喜んでるね」
「ひ、姫様!!」
「お友達……ふふ、私も嬉しいです」
話が逸れた。シャドウは安堵するが、ヒナタは本当に嬉しそうに見えた。
そしてようやくラウラたちの料理が到着。さっそく食べ始める。
「ん~おいしいっ!! ね、おいしいねソニア」
「姫様。喋りながら食べないように」
「はーいっ」
姫と騎士、というよりは姉と妹のように見えた。
シャドウは二人を眺めながら思う。
(姉、妹か……この二人が俺の素性、元ハーフィンクス家の長男だってことに気付く可能性は非常に高い。あの姉と妹が、俺を見つけたら何を言うかわからないしな。あまり親しくするべきじゃない……そもそも、学園に行くのは暗殺だ。お友達なんて作ってる場合じゃない)
そう考えていると、ラウラがシャドウを見た。
「ね、シャドウくん。学園、一緒のクラスになれるといいね」
「あ、ああ……そうだね」
シャドウは、ラウラのにこやかな笑みに、曖昧に微笑むのだった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
シャドウはアイテムボックスの整理をしていた。
「……よし」
手裏剣、苦無、刀こと『夢幻』、各種薬品、リストブレード、ブーツに仕込んだトゥブレード。
武器のチェックを終え、ヒナタが綺麗にしたアサシン衣装もアイテムボックスに入れる。
学園に必要な道具はヒナタが揃えたので、あとはクオルデン王国にあるクサナギ男爵邸に向かうだけ。
考えていると、ドアがノックされヒナタが入って来た。
「シャドウ様。馬車の手配が終わりました。明日以降でしたら、いつでも行けます」
「わかった。じゃあ……あのお姫様に会う可能性も捨てきれないし、明日になったら出発しよう」
「かしこまりました」
シャドウは頷き、窓を開けた。
「アルマス王国……一日歩いただけでも、平和な国だってわかる」
「…………」
「なあ、ヒナタ。『黄昏旅団』は、表の顔は有力者、権力者の可能性が高いんだよな」
「はい。組織の人間は敢えて、高い地位に身を置きます。位が高ければ、その地位でしか得られない情報もありますので」
「……」
シャドウは考えていた。
地位の高い……ハーフィンクス家などは、クオルデン王国貴族でも位が高い。
もし、父親が『黄昏旅団』だったら、自分は殺せるだろうか?
「……ははっ」
考え、笑った。
父を殺す自分を想像したが……驚くほど、あっさりと殺すイメージが湧いた。
どんなに冷遇されても父は父。だが、殺しとなれば別。
「俺、誰が相手でもやれるな」
「……シャドウ様」
「ヒナタ。俺はやるぞ。『黄昏旅団』は全員……俺が、始末する」
空を眺めると、星空がキラキラ輝いていた。
「シャドウ様。私はどこまでもお供します」
「ああ、頼む」
「それと……今夜は、如何いたしましょうか」
ヒナタは胸元をチラッと見せるが、シャドウは腕を交差させバツを作った。