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指揮官の素性




 指揮官との訓練を始めてから一週間が経った。


 夜な夜な教科書を読書代わりにしていた私は、歴史と社会の試験を試しに受けて見事合格、高校卒業程度の認定証を受け取って完全な授業免除となった。だから午前から指揮官に合流することが出来るのだけど、指揮官からは午後の訓練に支障をきたさないように自由時間とされた。

 ならばと、私は人を駄目にするクッションを買って指揮官室に持ち込み、堂々と寛いだ。時には仕事中の指揮官の分も含めて紅茶を淹れたり茶菓子を食べたり、仕事を覗き込んだり、構えと言わんばかりに抱き着いたり頭をぐりぐりスリスリと押し付けて匂いのマーキングをした。


 そんなことをやっていたら、指揮官の手が止まって溜息を吐いた。


「なぁミサニィ、離れてくれないか?」

「す、嫌です」


 危ない。好きって言い掛けた。


 指揮官はやれやれと言わんばかりの表情で引き出しからある物を出し、私の目の前に差し出した。


「これは?」

「『にゃーる』だ。これでも食べてじっとしていろ」


 とりあえず受け取る。


 それは十五センチほどの棒状の細く薄いパッケージで、表面には『にゃーる。猫のアニマガール用、マグロ味』と書かれている。裏面には細かく原材料や生産工場が表示されており、何故か『この商品はAG指揮官しか購入出来ません』と強調するように書かれていた。切り口のある取り出し口は非常に細く少量ずつしか出ないようになっている。

 封を切って少し絞れば、肌色のペースト状の食べ物がにゅるっと僅かに出た。垂れて零れない程度の硬さと粘性がある。それに非常に強い匂いがあり、無性に美味しそうだと感じた。


 溢れ出る唾を飲み込み、私はそれをぺろりと舐め取った。


「っ!!」


 自然と耳がピコピコ動き、尻尾がピーンとなった。


 ナニコレうまっ!!

 初めての味だけど、旨味が凝縮された魚の味だ。

 病み付きだ。やめられない止まらない、これこそ至高の一品!


 私は延々とペロペロし、指揮官の要求通りに離れて人を駄目にするクッションに寝転がり、にゃーるに夢中になった。



 ――あっ、無くなった。

 じーー……。


 私の熱い視線に指揮官が気付き、一瞥してから口を開いた。


「それはご褒美用のおやつだから、もうやらんぞ」

「じゃあ、抱き着いていいですか?」

「されてもやらんぞ」

「むぅ」


 私は口を尖らせつつ立ち上がり、空になったにゃーるのパッケージをゴミ箱に捨てた。


「ところで指揮官、シミュレーションルームは使わないんですか? 初任務まであと一週間しかありませんよ?」


 もうすぐ実戦なのに、実戦に近い訓練が出来るシミュレーションを使わないのはおかしい。

 ついでに言うとアイドルとしてデビューもするので、ダンスレッスンとボイストレーニングをそろそろ始めないとマズイ。


「分かっている。だが、予約が取れないんだ。隙間時間に予約をしてもベテラン部隊の指揮官が割り込んで予約して、全く使えない」

「……予約って普通、先着順では?」

「基本的にはな。だが、指揮官にもランクがあって、上に行くほど待遇が良くなり権限が強くなる。施設の予約の割り込みだって可能になるというわけだ」


 それは知らなかった。けど、指揮官にランクがあることは知っている。


 指揮官のランクは部下にしているアニマガールの活躍度によって変動する。更新は三ヶ月に一度。それは胸に着ける小さな星で、最低ランクは銅の一つ星。星は三つまで増える。活躍を続ければ銀の一つ星に昇格し、また三つ星まで増える。さらに活躍すれば金の一つ星となり……最高ランクは紫の三つ星だ。

 因みに、私の指揮官は新人で部下にデビューしたアニマガールがいないので無星となっている。


「制度として可能なのは分かりますけど、これってイジメでは?」

「まぁそうだな。新人の俺が有能なアニマガールを二人も同時に契約したから、嫉妬してるんだろう。別の理由もあるだろうがな」

「そうですか。それでどうします? このまま実戦は私もちょっと怖いんですけど。あと、そろそろ歌と踊りの練習が必要です」

「大丈夫だ。あまり頼りたくはなかったが、当てはある。歌と踊りの練習に必要な場所と講師の目途もついている」

「そうですか」


 指揮官を信頼する私は安心し、人を駄目にするクッションに寝転がってひと眠りした。

 昼食の時間になって起き上がり、指揮官と一緒に移動してトークボールで連絡を取り合ったローサンと合流すると、ローサンは何かに気付いて指揮官にスンスンと匂いを嗅ぎ、ジトッと睨んだ。


「ミサニィ、指揮官はお前だけのものじゃないぞ?」

「ローサンのものでもない。むしろお前たちが俺のものだろう」


 指揮官のもの!!

 あぁっ、この所有物と言われる感覚……好き!


「うん、そうだな……うん」


 ローサンも気を良くしつつ、それはそれとしてぐりぐりスリスリしてマーキングを始めた。指揮官は特に拒否せず、私も匂いが上書きされないよう参加して、共同でマーキングした。


 それから三人で大食堂へ移動し、昼食を摂った。

 私は日替わり定食、ローサンはカツ丼を食べ、指揮官はざるうどんを食べてた。初めて会った時は蕎麦を食べてたから、どうやら麺類が好きっぽい。



 食事を終え、必要な荷物などを持って向かった先は学園の校門。

 ここで待つらしいが、待つのが暇だと感じたローサンが早速口を開いた。


「なぁ指揮官、これは何を待ってるんだ?」

「シミュレーションルームを使わせてくれる協力者の送迎を待っている」

「へぇ、そんな人いるんだ。どんな人?」

「行けば分かるさ」


 私も気になるが、指揮官がそういうなら黙って待とう。



 五分くらい黙って待っていると、校門前に黒塗りの長い自動車が止まった。私の中に元からある知識によって、それがリムジンという車種だと分かった。

 指揮官も知っているのか、それとも乗り慣れているのか平常であり、ローサンだけが口を開けて驚いた。


「は~すっげぇ車が止まったな。これって金持ちが乗る高級車だろ? 指揮官、これに乗るのか?」

「ああ」


 運転席のドアが開くと、黒いスーツに身を包んだ老紳士が一人降りて来て、指揮官に向けて恭しくお辞儀した。


「お待たせしました、お坊ちゃま」


 えっ、お坊ちゃまっ!?


「爺や、急に送迎を頼んですまない」

「いえ、我々を頼ってくれること、嬉しく思っております」

「……そうか。今日から一週間、この二人共々世話になる」

「お任せください。ではお嬢様方、どうぞお乗りください」


 車のドアが開けられエスコートされて乗る。


「おおー、すげぇ!」

「ローサン、はしゃぐなよ」

「分かってるって」


 ローサンは初めて乗る高級車に浮かれて動き回り、指揮官は適当に座って寛いだ。私も自然な動きで指揮官の隣に座った。肩に寄り掛かりたいけど我慢。


 車が動き出すと、ローサンは車に乗ったことが無いのか窓から外の景色を眺め、暫くすると社内に設置されている幾つかの瓶に目がいった。


「指揮官、この飲み物はなんだ?」

「それは酒だ。飲みたいならそっちの水かジュースにしておけ」

「んー……じゃあいい」


 食後で特に喉も乾いていないローサンは指揮官の隣に座り、大人しくなった。


「……お前ら、何故俺の隣に座る?」


 指揮官の言葉に、私とローサンは何も答えなかった。




 暫く指揮官の傍で上機嫌に過ごしていると、車のエンジンが止まった。運転していた爺やさんがドアを開けて言った。


「到着しました。お坊ちゃま、お嬢様方」

「ありがとう」


 指揮官が車から降りて、私とローサンも後に続く。

 そして目に入るは厳格な建物。玄関の傍には立派な旭旗が掲げられ、看板には『海軍総司令部』とあった。


 えぇ……もしかして指揮官、お偉いさんの息子?


 そんなことを思う私やローサンが緊張した面持ちで歩く中、指揮官は堂々と歩き、『長官室』のプレートが壁に埋め込まれた立派な扉の前に来ると、一度身嗜みを整えて深呼吸してからノックした。


 入れ、と奥から声が聞こえ、指揮官が「失礼します」と言ってドアが開けられる。


 中の部屋は全体が白色で、床に爽やかな青い絨毯が敷かれ、何処となく陸軍長官の部屋に似ていた。

 奥の大きなデスクには白い海軍服を着た初老の男が座っており、立派な口髭こそあるものの、その皺のある顔は指揮官に非常に似ていた。

 そしてそのすぐ隣には普通のデスクが置かれ、軍服姿のアウレア寮長が座っていた。

 彼女は私たちが来たことを嬉しく思って微笑む中、指揮官はキビキビした動作で初老の男の前まで行き、素早く敬礼した。

 私とローサンも遅れて敬礼する。


「AG指揮官東郷タダシ、先にお伝えした件で来ました」

「話は聞いている。楽にしてくれ」


 そう言われると指揮官は少しだけ姿勢を崩した。それを見てから初老の男はわざわざ立ち上がり、真面目そうな顔を崩してニコッと笑顔になった。


「待っていたぞ息子よ! よく来た!」

「俺はあんまり来たくなかったのですがね」

「何を言うか。使えるモノは何でも使うのが、我が家のやり方だ。親の七光りだとかコネだとか、思われてもいいじゃないか」

「俺は出来るだけそう思われたくないんですよ。自分に実力が無いように思われるから。でも、この二人を俺の想定以下の状態で任務には出したくない」


 指揮官の言葉に、笑顔だった初老の男は鋭い目つきに変わった。


「そうか。AG指揮官としてやっていけそうか?」

「分からない。けど、やれるだけのことはやる」

「……ここで自信満々に答えたら、天狗になった鼻をへし折ってやるつもりだったが……合格だ」


 初老の男の視線が指揮官から私とローサンに向いた。


「そちらの二人には自己紹介がまだだったな。俺は海軍長官兼ミッドガルド副司令官、そしてワダツミ部隊の指揮官、東郷ヒロシだ。お前たちの指揮官の父親でもある」


 さっき息子って言ってたし、やっぱりか。私はとんでもない指揮官と契約してしまったみたいだ。


「初めまして、ミサニィです」

「ローサンだ、です」

「うむ。君たちのことはアウレアから聞いている。非常に優秀で将来有望だとな。海軍長官として君たちには期待している」

「はい」

「はい」

「では自己紹介も済んだことだし、早速本題に入ろう。息子よ、この一週間海軍本部に宿泊し、シミュレーションルームの使用、及び、アウレアを講師としてダンスと歌の指導をする。それで間違いないな?」

「はい」

「ではアウレア、後は任せる」

「了解だよ。じゃあ、案内するね」


 アウレア寮長が立ち上がったので、指揮官を含めて私たちは一礼して長官室を出た。

 案内されている道中、ローサンが口を開いた。


「それにしても指揮官、長官の息子だったんだな。マジで驚いた」

「私も。何故隠していたんです?」

「さっき親父の前で言ったが、俺は七光りだとかコネだとか言われたくなかった。自分は指揮官として優秀であると自負しているが、新人であることに変わりない。だからこそ、自惚れない為にただの指揮官としてアニマガールと契約し、一歩ずつ着実にやっていこうと考えていた。まぁ、優秀なお前たち二人と同時に契約したせいで先輩たちに目を付けられ、結局親父を頼る羽目になったがな」

「なんかごめんな、指揮官」

「私のせいですね」

「構わないさ。ある程度想定していたし、こうなった場合は我が家のやり方で行くと決めていた」



 ある程度歩いたところで、学園のシミュレーションルームと同じ頑丈な扉の前に到着した。


「ここがシミュレーションルーム。海軍は部隊が少ないから最近はあまり使用されてないし、好きに使っていいよ」

「ありがとう。模擬戦の時には声を掛けさせてもらう」

「うん、私はまだ仕事が残ってるから戻るね」


 案内を終えたアウレア寮長が戻ろうとした際、ふと何かを思い出して振り返った。


「あ、そうだ。タダシくん。私のことはまたお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

「勘弁してくれ。今はもうAG指揮官で、場合によってはあなたを従えることだってあるかもしれないんだから」

「そうだね。でも君になら命令されてもいいよ。なんなら、性的なことでも……」

「がるるるるる!」

「シャーッ!」


 ローサンと私はアウレア寮長を威嚇した。


 流石に今の発言は看過できないよアウレア寮長。指揮官は私たちの指揮官だ。渡さない!!


 アウレア寮長は小さくペロッと下を出し、悪戯した子供のような表情を見せると踵を返して行ってしまった。長くてモフモフの髪に隠れているが、尻尾をブンブン振って凄く楽しそうだった。




 揶揄われた私たちは気を取り直し、シミュレーションルームで訓練を始めた。

 とは言っても、指揮官がこの場で説明した、初任務で倒すべき魔物のラージウルフと、不測の事態に備えて幾つかの小型魔物と延々と戦うだけだ。

 指揮官からアレコレ説明や指示があり、私とローサンは小型魔物に限りどんな状況でも戦えるようになっていった。



 それと、魔物について少し分かったことがある。

 魔物はアニマガール同様に属性を持ち、属性に応じて体表の色が違う。

 属性には相性があり、相性がいいと武器の刃の通りが良く、悪いと刃の通りが悪い。例外は光属性と闇属性で、どちらも属性と定義しているが本来は無属性で、全てに平等に対処出来るそうだ。



 適度な休憩を取りながらも今日の訓練が終わり、私たち三人は海軍本部の宿舎に泊まった。



 それから一週間、私とローサンは訓練に励んだ。



 朝はアウレア寮長にダンスの指導をされ、昼はシミュレーションルームでひたすら戦闘訓練。夜は再びアウレア寮長の指導でボイストレーニングをして一日が終わる。

 初任務当日、一週間の訓練を終えた私たちは別れの挨拶の為に再び海軍長官の前に立っていた。


「長官、今日までお世話になりました」

「うむ、君たちの活躍を期待している」

「はい」

「ところで息子よ。二人がデビューした後は、何処の軍に所属するつもりかね?」


 長官が笑顔で聞いているが、これ暗に『当然、うちに入るよな?』という脅しだ。

 それを分かっているのか、指揮官は溜息を吐いた。


「勿論海軍です。今回の借りもありますし、我が家のやり方で行くと決めましたから」

「それを聞いて安心したよ。ハッハッハ!」

「では、そろそろ時間なので、これで失礼します」

「うむ、吉報を待っているぞ」


 二人と別れ、私たちは爺やさんの送迎で地上と繋がるエレベーターへ向かった。




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