指揮官との契約
魔物との戦いはまだ先。
指揮官の名前変更:東郷タダシ
翌朝、デジタル時計の音で目を覚ました俺はアウレア寮長にお礼を言って部屋に戻った。
「ろーさん、ただい」
「ミサティ!」
扉を開けた瞬間、ろーさんが抱き着いて来た。
咄嗟に力を入れて受け止めたが、凄まじい衝撃が走った。
ごふっ、いいとこ入った……。
「ミサニィ! 風呂場で倒れたけど大丈夫だったか? もういいのか?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
何とか返事をして、抱き返してやる。
「そうか!」
ぱあっと表情が明るくなって尻尾ブンブンだ。
可愛い!
「じゃあ、食堂に行こうか」
「ああ! 行こう!」
腕に抱き着いて尻尾ブンブンで歩き出す。
こいつ元男だよね?
凄く犬になってない?
指摘して……いや、面白いしこのままにしておこう。
食堂に入る前になってろーさんは我に返り、恥ずかしさから顔を真っ赤にしていた。
登校時間。
アニマガールたちが学生鞄を持って一斉に校舎へ向かって歩いており、俺とろーさんも同じように学生鞄を持って歩く。
ただ、殆ど気にされない。
この学園は指定された制服というのが無く、みんな好きな格好をしているからだ。中には軍服や学生らしく制服を着ている者もいるが、それもデザインがバラバラで統一性は無い。似たような服装をしている者は部隊の仲間なのか、仲良さそうにしているくらいだ。
一応学園指定の赤いジャージや体操服はあるが、わざわざ登校時に着て来る者は多くない。
俺とろーさんは校舎に入り、昨日のスケジュール表で指定された教室に入った。
黒板にはチョークで“新入生歓迎!”と大きく書かれているが、中には誰もいなかった。
「教室間違えたかな?」
「いや、合ってる」
ろーさんがスケジュール表と教室の番号を見比べて言い、俺たちは最前列の真ん中の席に座って待機した。
初日スケジュールの最初の予定時間丁度に扉が開いた。
入って来たのはアウレア寮長。
部屋の壁にハンガーで掛けてあった白い海軍服を着ての登場である。
耳穴が開いた海軍帽を被り、動きやすさ重視のショートパンツ、ヒール付きの白い革靴を履いている。詰襟の上着は肩章や階級章や略綬が付いていて立派だが、胸の大きさに合わせて作られているせいか、ぴっちりしている。
そんなアウレア寮長の手には学生鞄があり、教卓に置くと笑顔で言った。
「おはよう二人とも。改めて自己紹介させてもらうけど、私はアウレア。梅寮の寮長であり、アニマガール青等級、海軍のワダツミ部隊に所属してる。今日は君たち二人の世話を任されてるから、よろしくね」
「はい!」
「よろしくお願いします」
「じゃあ早速、学力測定を始めましょうか」
鞄から取り出されたテスト用紙が俺たちに裏向きで配られる。
五教科分の五枚だ。
「まだ見ちゃ駄目だよ」
次に消しゴムと鉛筆数本が渡され、タイマーが教壇の上に置かれた。
「それじゃあ、始め!」
タイマーが起動し、俺たちはテスト用紙を捲って問題を見た。
まずは国語。
五問ずつ、小学生レベルから徐々に難しくなって高校卒業レベルの問題まである。
あれ?
分かる……分かるぞ!
記憶喪失の筈なのに、高校卒業レベルの問題が簡単に分かった。
どうやら元の俺は相当優秀だったらしい。
英語、数学、理科もスラスラと解けた。
だが、最後の社会だけは一つも分からなかった。
仕方ないので“記憶喪失なので分かりません”と書いておいた。
時間が余り、俺は机に突っ伏して寝た。
チラリと隣を見れば、ろーさんが問題に悪戦苦闘していた。
タイマーが時間終了の音を発した。
「そこまで!」
アウレア寮長の声が響き、俺は起きた。
隣ではろーさんが椅子にもたれ掛かって力尽きていた。
「採点するからちょっと待っててね」
テスト用紙が回収され、教卓でアウレア寮長が素早く採点する。
待っている間暇で、自分の尻尾を優しく掴んで手で撫でて毛繕い。
ああ、気持ちいい……。
採点が終わったアウレア寮長は顔を上げて言った。
「はい、それじゃあ結果を発表するね。CA3321ちゃんは高校卒業レベルの学力が既にあるとして授業免除。ただし、社会の科目だけは個別授業を受けること。いいね?」
「はい」
「次、DO5963ちゃんは……国語は高校一年生レベル、それ以外は中学一年生レベルだね。勉強苦手かな?」
「いやぁ、学校の授業って聞いてると眠くなっちゃうんですよね。何故か」
「たまにいるわね、あなたのような子。まぁ私たちアニマガールは不老で肉体の衰えは無いから、ゆっくりと学んでいくといいよ」
「はい!」
「じゃあ、次行こうか。CA3321ちゃんは別にその格好で問題無いけど、DO5963ちゃんは体操服に着替えて来てね」
学力測定が終わり、言われた通りろーさんが体操服に着替えて一緒に向かった先は運動場……ではなく、その隣の訓練場。
そこでは体操服に身を包むアニマガールたちが普通の人間では持つことすらかなわない、自分と同じ身長かそれ以上の分厚い鋼鉄の武器を持って素振りしたり、二人一組で軽い模擬戦をしていた。
うん、何と言うか……男だったら壮観だろうなぁ。
美少女たちが大きな武器を振り回すというのは、男心をくすぐる要素だ。
それよりも、動きに合わせて靡く綺麗な髪や、ぼよんと弾んで揺れる胸、ブルマとか言う下着にしか見えない物を履いて形のくっきりしたお尻と大腿部の健康的で綺麗な素肌を見せていた。それらは男の情欲を掻き立て視線を釘付けにするには充分過ぎるものだ。
隅に指揮官らしい軍服姿の男性や女性がいて、その様子を見ていた。
これもイメージ戦略だろうな……。
「なぁミサニィ、やっぱこれ恥ずかしいって!」
隣に立つろーさんもブルマを履いているが、どうやら恥ずかしくて落ち着かない様子。元男なのに内股になって太腿に手を当てて少しでも隠そうとしているのは初々しくて可愛い。
「すぐに慣れるさ。なんだったら、これと同じ格好してみるか?」
自分の放熱スーツを指さしてやる。
「あっ、いや、大丈夫。こっちの方がマシだわ」
マジな顔で遠慮された。
そんなに嫌かよぴっちりスーツ。
傷つくし俺が痴女みたいじゃん。
「それじゃあ、運動能力測定を始めるよ」
アウレア寮長の声で、俺たちは訓練しているアニマガールたちから目を離して振り返る。
目の前には準備が整ってスケッチブックとペンを持つアウレア寮長が立っていて、その傍にはコンソールがあり、奥にはコンソールによって組み立てられたアスレチックコースがあった。
「二人だけだし同時にやりましょうか。開始位置について」
指示があり、分かりやすい開始位置に二人並んで立つ。
「競争だな!」
「そうだな」
やる気になるろーさんに対し、俺は別に競う気は無くて冷静に頷く。
「よーい……スタート!」
合図と同時に一気に飛び出す。
まずは真っ直ぐの直線。
人間以上の身体能力を持つアニマガールの速度はとても速かった。僅かに恐怖心もあったが、風を切るこのスピードは気持ちいい。
すぐに傾斜のきつい急カーブに入る。
最高速度の差で前に出たろーさんと一緒に壁走りのように曲がりきる。
次に待ち受けるのは人間では絶対に届かない高さの台。二つの道があり、片方は二回跳べば頂上に到着し、もう片方は大回りしたうえで何回も跳んで到着する。
ろーさんも俺も短縮できる高い方に跳んだ。
だが、ろーさんは跳躍力が足りず、俺だけ上手く着地した。
猫と犬の違いが明確に分かれた結果だ。
「おい、ずるいぞ!」
「そう言われても……」
ムッとしたろーさんは遠回りを始め、俺はまた跳んで着地。次へ向かう。
次に待ち受けていたのはまたしても分かれ道。片方は細い柱の一本道と棒の上を跳んで渡る道。もう片方は凄い傾斜の坂道。
俺は当然細い一本道の方を選んだ。
楽勝だな。
棒の上を跳んで渡る道もぴょんぴょんと移動する。
ふと気になってろーさんの方へ振り向けば、スピードを落とさずに急坂を凄い勢いで登っていた。
「根性おおおおおおおおお!!」
「嘘でしょ!?」
根性の凄さに呆然としながらも、俺は棒の上を渡りきった。爆走しているろーさんは遥か前にいた。
体力多いなあいつ……。
その後は崖を登って降りたり、鉄の棒を手で伝って移動したり、網の中を潜って移動したり、柔らかい足場を走ったり、高速で逃げるねずみのドローンを捕まえたりして、また直線を走ってゴール。俺の方が早かった。
勝因はねずみ捕り。
猫の狩猟本能が刺激されて、気付いた時には四つん這いになって捕まえていた。恥ずかしい。
ゴールした俺は疲れてその場に座っていたが、遅れてゴールしたろーさんはまだまだ元気だった。
何かを書き終えたアウレア寮長が声を掛けた。
「二人ともお疲れ様。結果を報告するね。結果は……二人とも優秀の“優”判定だよ。四段階で一番いい成績で、アニマガールになったばかりの子が取れるのはとても珍しいんだ。誇っていいよ、君たちはとても強くなれる」
「やったなサミニィ!」
「ああ」
ろーさんが抱き着いて喜ぶ。
尻尾ブンブンで可愛いなやっぱ!
……視線を感じる。
そちらへ振り向くと、指揮官たちが俺たちを見ていた。
猫の如くジーっと見ていると、彼らは視線を逸らした。
「アウレア寮長、あの人たちこっち見てるんですけど」
「指揮官たちだね。あなたたちの動きが良かったから、目を付けたみたい。不快だったら言ってこようか? 私これでもかなり偉い方だから、大体の指揮官に強く出られるけど」
「いえ、大丈夫です」
「俺も大丈夫だ!」
「それじゃあ、次のことをやりましょうか」
アウレア寮長がコンソールを操作してアスレチックコースを何の変哲もない鉄の平地に戻してから移動する。
次の場所は訓練場の隣、魔法練習場だ。ドーム状の屋内練習場であり、鉄骨で頑丈に作られている。
その中の一室――魔力測定室に俺たちはいる。
部屋は扇状の観客席があり、その奥の中心に水晶を載せた機械の台座がある。奥の壁には大きな電光掲示板が設置されており、測定した魔力量を表示する仕組みとなっているっぽい。
アウレア寮長が台座に繋がれた手順書を手に測定器の起動準備をしている間に、離れたところから付いて来ていた指揮官たちが観客席にぞろぞろと座り始めた。
深緑の軍服を着た陸軍所属、白い軍服を着た海軍所属、青い軍服を着た空軍所属のベテランっぽい風格の指揮官たちはいい席に着き、新人の茶褐色の指揮官たちは隅や後ろの方の席に着いた。
まるで競売に掛けられているみたいで落ち着かない。
いっそ猫っぽくシャーッ、と威嚇してやろうか?
「よし、起動完了したよ」
……まぁいいか。
アウレア寮長の声にやる気は失せ、気にしないことにした。
「まずはDO5963ちゃんからやろうか。水晶に触るだけでいいよ」
「おっし! 俺の才能、見せてやるぜ!」
やる気満々でろーさんは水晶の前に立ち、格好をつけて水晶に触れた。
水晶が眩しいくらいに白く光り輝き、壁の電光掲示板が文字を浮かべた。
『A』
すると、観客席から複数の声がした。
「ほぉ、A判定か」
「こいつは逸材だ」
「運動能力も高い。戦える回復要因は是非とも欲しい」
「口調や態度から元男……気性難かもしれないな」
「あの子は私が貰うわ。丁度回復要因が足りなかったのよ」
「いいや、俺が貰う。回復部隊の一員に加えたい」
「……可愛いな」
等々の言葉が、良く聞こえる猫耳に入った。
ろーさんも聞こえていたようで、称賛されていることから気分を良くして尻尾を振り、振り返って自信有り気に拳を掲げて自身の凄さをアピールした。
ろーさん、気性難は褒められていないぞ。
元は競走馬に対して使っていた用語で、気性が荒いって意味だ。
なんで俺は知ってるんだろうね?
「次、CA3321ちゃん」
俺の番になり、水晶に手を触れた。
すると赤と黒の光が目一杯輝き、水晶が派手に真っ二つに割れた。
えぇ……。
これってどうなるの?
電光掲示板を見れば『測定不能』と表示されていた。
背後では驚きと期待に満ちた声が沸き上がった。
「測定不能だと!?」
「天才だ……! 天才がいる!!」
「二属性持ちでこの魔力量……間違いなく紫等級になるぞ! 君! 是非ともうちの部隊に来てくれ!」
「いいやうちに来てくれ! 絶対に幸せにしてやれる!」
「私のところに来なさい。男たちはあなたの能力しか見ていないわ」
「……可愛いな」
等々の声が聞こえ、指揮官たちが俺を自分の物にしようと勝手に言い合いを始めた。
なんか背筋に寒気がしたんだけど……ろーさんにも可愛いって言った奴、何者なの?
指揮官たちで殴り合いが始まりそうになり、事態の収拾がつかない状況になり始めたところでアウレア寮長が大きく手を叩いた。
アニマガールの力で強く叩かれた音は室内に響き、優しい顔つきから一転して鋭く睨みつけながら黄色いオーラを発した。
「指揮官様方、上に立つ者が本人を前にして言い争うのはみっともないですよ。そういうところを私たちアニマガールに見せるのは、評判を落とすことになり不信感に繋がります。まだこの場で続けるのであれば、私の方から海軍長官に報告しますよ」
脅した後ににっこりと笑い、指揮官たちは黙り込んでしまった。
そりゃそうだろう。海軍長官といえば、陸軍長官である神宮寺ケントと同じ、ミッドガルドの副司令官という立場だろう。醜態を報告でもされたら最悪辞めさせられかねない。
「それに指揮官様方、彼女たちとの契約を決めるのは少し早いですよ。最後に戦闘技能測定がありますから」
と、いうことで移動した先は再び訓練場。
指揮官をぞろぞろと引き連れていることから他のアニマガールも注目を始めていた。
ニコニコ顔のアウレア寮長は気にせず準備を始め、アニマガールが素振りで使っている木製の武器を台車に載せて倉庫から持って来た。
木製の武器は籠に差し込まれてはいっており、剣や斧や槌など様々な種類があった。
「それじゃあ戦闘技能測定を始めましょうか。好きな武器を手に取ってね」
「じゃあ俺は……これ!」
ろーさんが手に取ったのは三メートル以上もある大剣。アニマガールが扱うので太くぶ厚い。まさに板だ。
「なら……」
俺もとりあえず同じ物を手に取った。
……意外と軽い?
そう思ったが、大剣の先端を地面に着けた瞬間にめり込み、重い衝撃が地面を伝って足に感じた。
訂正、やっぱ重いわこれ。
「それじゃあ始めましょうか。二人同時に掛かって来なさい」
アウレア寮長は同じ大剣を片手で持ち、手でくいくいっと挑発して来た。
俺はそんなもので乗るほど熱い性格はしていない。
ただ、ろーさんは違った。
「へっ、そんな安っぽい挑発で……うおおおおおお!」
どちらにせよこちらから攻めないと始まらないからいいけど、凄く小物っぽいよ、ろーさん。
俺もろーさんに合わせて飛び出し、二人して大剣を振るうが、アウレア寮長は巧みに足を動かして立ち位置を調整しながら躱したり弾いたりした。こちらの攻撃は全く当たらず、余裕をもって楽しんですらいる。
「DO5963ちゃん、剣に振り回されているよ」
ごんっ、と大剣の腹で頭を叩いた。
「いてっ」
うわ痛そう。
その場に蹲って頭を押さえるろーさん。
一対一になった俺はより集中して大剣を振るうが、躱す、弾く、受け流す、とされて当たる気配がない。
少し戦い方を変え、俺は飛び跳ねて頭上から回り込み、背後から大剣を振るうが、余裕で防がれた。
「CA3321ちゃんはいいセンスだね。ただ、もうちょっと武器は軽い方がいいかな」
力強く押されて、俺は飛び退いて構えた。
「大剣は二人とも不向きだから、武器を変えていいよ。得意武器を見つけるのもこの測定のやることだからね」
一旦戦いは終了。
俺たちは武器を色々と変えては挑んだ。
結果、俺はアニマガールにとって一般的な長さの、二メートルほどある剣が得意だった。ろーさんは刃渡り一メートルほどの短剣が得意と判明した。
アニマガールとして有用な人材であると証明された俺たちは、当然のように指揮官に囲まれた。
「君たち、是非ともうちの部隊に来てくれ! 悪いようには絶対にしない!」
「いや、俺の部隊に来てくれ。俺なら君たちを育てられる!」
「私のところに来なさい。男たちの部隊に入ると、性的なことをさせられるわ」
「僕の所に来ませんか? アットホームな部隊ですから、楽ですよ」
「……可愛いな」
ひえっ。
可愛い言ってくる指揮官怖いわ!
俺は構われて尻尾ブンブンで喜んでる可愛いろーさんの手を引き、指揮官たちの間を抜けて逃げ出した。
振り返れば指揮官たちが呆然と見届けている。アニマガールの脚力に追いつけるのは同じアニマガールくらいだから当然だろう。
アウレア寮長は笑顔で俺たちを見届けていた。
指揮官たちから逃げて更衣室。
「なぁミサニィ、なんで逃げたの?」
体操服から私服のジャージに着替え終えたろーさんはちょっと膨れっ面だった。
「いや……人が多くて」
不快だったのもあるが、一番は可愛い言ってくる指揮官から身の危険を感じたからだ。思い出しただけで身震いしてしまう。
「まぁいいけどさ。ミサニィはどんな指揮官と契約したいわけ?」
「さぁ?」
「さぁ? って……」
呆れられた。
でも仕方ないじゃん。どんな指揮官がいいか全く分からないんだし。
「あそこにいたの、階級章とか口ぶりから多分ベテランの指揮官たちだ。いいところに入って、いい感じの暮らしがしたいとか思わねぇの?」
「……と、言われてもな。ピンと来なかった」
「なら仕方ない。ま、俺たちは凄く優秀だと評価されたんだ。一度逃げたくらいで指揮官たちが諦めるとは思えねぇ。気長に自分と合う相手を見つければいいさ」
「そうする。ろーさんはどうなんだ?」
「俺? 俺も実は似たような感じだ。あの中でこいつだって思う奴はいなかった」
「ちゃっかりしてるなぁ」
「偉い奴に媚を売っておいて損はないからな。あそこまで称賛されたのは初めてだから、嬉しかったのも事実だけど」
「……そうか。今日はこれでやることは終わりだったな? ろーさんはどうする?」
「ん? んー……飯食って、部活でも見に行くかな」
「ふむ……付き合おう」
時間的に昼食まですぐだ。
俺とろーさんは更衣室を出て大食堂へ向かった。
大食堂は無料のビュッフェ形式で、アニマガールたちが好きな物を好きなだけ載せて、美味しく食べることが出来る。
また、指揮官や職員もここで食事を摂っているので、アニマガールに混じって食事中の指揮官も見られた。
俺とろーさんは混雑する中で料理を確保し、空いている席は無いかと見渡すが、どこも埋まっている。
席を探して移動した先、隅の隅に空いているテーブルがあった。
「ろーさん、あっち」
「おっ、あったか。――あっ」
向かおうとした瞬間、茶褐色の軍服を着た一人の男性指揮官が席に座り、帽子を脱いでざる蕎麦を啜り始めた。
「あちゃあ、先に座られたな。他には――って、ミサニィ?」
席を探すのが面倒臭い俺は意を決して指揮官に近づき、声を掛けた。
「相席いいだろうか?」
「……え? 俺?」
指揮官は自分に声を掛けられたことに遅れて気付き、顔を上げた。
――あっ、好きかも。
定期的に散髪してセットされたショートの黒髪、キリッとした眉毛、優しさの中に意志の強さを感じる黒い瞳の目、形の良い鼻、健康的な血色の唇、若々しい綺麗な肌。
均整の取れた輪郭は数十年先でもカッコ良さを維持するだろうと思わせるもので、体型もそれに見合う太過ぎず細くない理想形。座っていても分かるほどに背が高く、背筋も伸びていて頼もしい。
まさに一目惚れだった。
心臓が一瞬高鳴って運命すら感じた俺は返事を待たずに対面に座った。
「失礼します」
「あっ、しまーす」
「……どうぞ」
指揮官は困惑しながらも蕎麦を啜ることを再開し、俺は静かに「いただきます」をして食べ始めた。隣に座ったろーさんも同様だ。
少し食べ始めたところで、指揮官の方から口を開いた。
「君たちの優秀さ、見ていたよ。スカウトは受けたのか?」
「いえ、集まって来て鬱陶しかったので逃げました」
「それは勿体無いな。彼らは既に部隊持ちのエリートだ。契約して部下になれば、華々しい活躍と生活が約束されていたのに」
「ピンと来ませんでしたから」
指揮官が俺を怪訝な目で見つめた。
「……まぁ、直感は大事だな」
話は終わったとばかりに、蕎麦を食べる手を動かす。
「はい。ということで契約しませんか?」
「は?」
間の抜けた声を発し、箸を持つ手が止まる。
そっと蕎麦を麺つゆの中に戻した。
「何故だ? 俺は数日前に試験に合格したばかりの新人だぞ?」
「ピンと来ましたから」
「……」
流石に惚れたとは言えない。
指揮官も何て返せばいいのか分からず黙り込んでしまった。
ならばここは攻勢に出るべき。隣のろーさんも何故かぼーっとしているし。
「ろーさんはどう?」
「ん? ああ、まぁ、いいんじゃね? 俺もピンと来たし」
「だそうです。契約してくれますか?」
「まさか逆スカウトを受けることになるとは思わなかったな。それに二人から」
麺つゆに沈めていた蕎麦をすくい取り、口に入れた。塩辛いのか顔を顰め、水を飲んでから言った。
「……折角の誘いだ、契約しよう。俺はヤン、東郷タダシだ。君たちは?」
「CA3321です。よろしくお願いします。指揮官」
「DO5963だ。よろしくな」
俺もろーさんもご機嫌で尻尾を揺らしながら食事を摂り、食べ終わってから指揮官に付いて行った先は学園長室。
この上なく上機嫌な学園長の前で契約書類を作成し、その場で白等級の認識票が作られて指揮官の手によって付け替えられた。
これにて契約完了。
指揮官の物になったという背徳的な状況に、ちょっと高揚したのは秘密だ。
ただ、今日の指示は待機だった。
アニマガール二人分の書類作成や申請、アニマガールと契約して貰える指揮官室への引っ越しが必要とのことで、本格的な訓練は明日から始めるそうだ。
アニマガールは本能が強いから、直感が働いて運命を感じやすい。
要するに乙女。