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AG学園入学に入学しました

ウマ娘要素な学園





 翌日。

 目が覚めた俺は壁に掛かった時計を確認し、まだ少し早い時間ながらも起き上がった。


「ん、ん~~――ん?」


 ベッドの上で伸びをするが、気付けば猫の伸びのポーズを取っていた。


「んー、猫の因子に影響されてるのかにゃん? ……今なんて?」


 変な語尾が付いたことで完全に目が覚めた俺は、猫っぽい手つきで目を擦りながら洗面台へ移動し、顔を洗って鏡を見た。


「……やっぱり、影響されてる?」


 ジッと見つめ、試してみる。


「にゃん」


 ……なんだろう、何故かしっくりくる。


「やめよやめよ。これ以上は戻れなくなりそう」


 首を振って思いを否定し、朝一番のトイレへ済ませた。

 それから水を一杯飲んでほっこりし、熱くて火照った体を気にしつつも、寝っ放しだった体をほぐす為に柔軟体操をした。


「……おおっ! 柔らかい!」


 因子の影響なのか、それともアニマガールだからなのか、体がとんでもなく柔らかかった。

 面白くて様々な姿勢を取ったりしてみるが、全部簡単に出来た。

 猫は液体とはよく言ったものだ。



 そんなことをしていると、病室の扉が開いて看護師と目が合った。

 クスッと笑われた。


「おはようございます。お元気そうですね」

「ええまぁ……朝食ですか?」

「その前に検温です」


 その場でピッと測られた。


「四十六度五分。解熱剤の効果が切れているとはいえ、少し高いですね。今すぐベッドに入ってください。でないと死にますよ?」

「アッハイ」


 看護師の圧のある笑顔にびびり、大人しくベッドに入った。ひんやりしていて気持ちいい。


 朝食はおにぎりだった。普通の人間が食べるのより三倍ほど大きく、数は十個。中の具材は色々だった。魚だったり肉だったり、野菜だったり天ぷらだったり……。


 食べ終わる頃に医師がやって来た。手にはスーツケースがある。


「おはようございます。調子はどうですか?」

「おはようございます。元気です」

「ふむ……確かに元気そうですね。表情も明るい」


 医師はスーツケースを開けると、一着の服を差し出した。


「これを着なさい。ミッドガルド研究部門とモノリス・インダストリーが共同開発した、蓄熱症のアニマガール用衣装です。その名も『放熱スーツ』。これを着ているだけで体温上昇を抑えてくれますが、効果はそれだけではありません。これは科学と魔法を融合させた魔科学技術の結晶と呼べる代物で、魔法の術式を組み込むことで汗や老廃物を取り除き、肌をケアする機能が付いています。膀胱や大腸に溜まる排泄物や生理の色々も着用中は取り除かれますので、トイレの心配は不要です。また、外からの汚れを防止する機能がありますので、ずっと着ていても問題ありません。さらに、必要とあれば着用者の意思と魔力の操作によってスーツの一部から肌を露出させることが可能です」

「はぁ」


 とにかく凄い便利だということが分かる説明が終わって押し付けられるが、正直着たくない。

 この放熱スーツ、見た目が凄くエッチなのだ。爪先や指先から首まで継ぎ目も無いぴっちりスーツで、まるで型に嵌めて作ったかのように腰のくびれや胸の形がハッキリしていた。尻尾穴もあり、そこはしっかりと補強されている。

 スーツは全身真紅で、表面は光沢感があり、スベスベの肌触り。感触からそこそこ薄い生地で伸縮性がある。

 胸に長方形の企業ロゴが、左腕部に“MID GARD”という円形に描かれたロゴが入っている。


「……着なきゃ駄目ですか?」

「着なきゃ駄目ですね。あなたの命を守る為のスーツですから。それにそのスーツは官給品であり、あなたの体型に合わせて受注生産した物です。返品は出来ません」


 どうやら着るしかないらしい。


「分かりました。着ます」

「では、スーツケースの中の物も着用を終えたら声を掛けてください。外で待っています。ああ、あと、そのスーツは全裸での着用が前提ですので、下着は脱いで着用してください」


 マジか……。




 医師と看護師が部屋から出たのを確認した俺は、意を決して放熱スーツを着用した。

 着るのには苦労した。何せ切れ目やファスナーの類が一切なく、首の部分を広げて足から入れていくしかないのだから。特に尻尾穴と最後の首の部分が大変だった。


「ふぅ……これは下着姿より恥ずかしいかも」


 何とか着用して確認すると、胸やお尻の形が丸分かりだった。流石に股間や乳首の部分は生地が厚くされていて、割れ目や突起は見えなくされている。それでも全裸と変わらない感覚に落ち着かなかった。

 ただ、着ているだけでひんやりして気持ちいい状態が持続し、体にぴったりと貼り付くスーツだから動きを一切阻害せず、機能性だけは抜群であると分かった。

 でも一つ不安要素があるとすれば、そこそこ大きい胸が動く度に揺れることだ。激しい運動でもしようものなら、クーパー靱帯が切れそうな気がする。

 そういう対策は当然しているだろうと信じ、俺はスーツケースに入っている物を身に着けていく。


 黒いジャケット

 ミッドガルドのロゴが背中にある。ノースリーブで丈が極端に短く、生地も少なくて二本のベルトで胸を挟むように固定してようやく着れる。これはもう上着じゃない。ただのお洒落布だ。


 黒いブーツ?

 半長靴と呼ばれる軍用の編み上げブーツっぽいが、蒸れないようにする為か生地が少ない。ブーツというより、最早サンダル。しかもヒール付き。


 黒い手袋

 手の甲側が分厚く関節に合わせたプロテクターが付いてる。


 

 身に着ける物は以上だ。


「服、着終わりました」


 扉が開くと、医師が爪先から頭の天辺まで見て頷いた。


「……似合っていますよ。何か不備や質問はありますか?」

「じゃあ一つだけ。これ、激しい動きでクーパー靱帯切れません?」


 胸を下から持ち上げてぽよんぽよんと揺らしてみるが、医師は全く動じなかった。


「ああ、それなら心配不要ですよ。アニマガールは肉体が強化されていますから、クーパー靱帯は余程のことが無いと切れることはありません。もし切れたとしても、すぐに再生するので大丈夫です」

「もう何でもありですね」

「だからこそ首輪が必要なんですよ。それでは、付いて来てください」





 医師の指示通りに付いて行き、病院を出ると玄関前に黒くて長い高級車が待機していた。

 それに乗り込み、内装の凄さに感激……は何故かせずに外の景色をぼーっと眺め、ある建物の入り口に到着した。

 見上げないといけない程に大きくて頑丈そうな建物で、城のように思えた。


 そのまま医師に付いて行ってエレベーターに乗ったり廊下を歩いたり、検問所を医師が身分証を見せて挨拶一つで素通りし、一際豪華な通路の中にある複数の扉の内の一つの前に来た。

 医師は扉の横に設置されたインターホンを押して言った。


「私です。ピーターです」

「入れ」


 インターホンから男の返事が聞こえ、扉の電子ロックが解除される音がした。

 一緒に中に入ると、そこはシックで落ち着いたデザインの執務室だった。壁際には書類棚があり、賞状や盾や勲章が飾られている。応接セットは豪華で、その傍には小さな台所と茶菓子や湯沸かしポッドが載せられた食器棚と冷蔵庫がある。

 奥には大きなテーブルがあり、傍には巨大な金庫がある。

 そのテーブルに座ってたった今まで仕事をしていたのは、しっかりと整えられた口髭が似合う初老の男だった。

 初老の男は立ち上がると前に出た。沢山の略綬が付いた深緑の軍服を着ており、階級章も豪華で凄く偉い人だと察した。


「時間ぴったりだ。ピーター」

「貸し一つですよ。ケント」

「分かっているさ。それで、彼女が例の?」

「ええ、あの事故の生き残りです」


 あの事故?


 ピーターと呼ばれた医師に背中を押され、俺はケントと呼ばれた男の前に立った。

 男は俺をジッと見つめ、口を開いた。


「……記憶が全く無いんだって?」

「えっと……はい。俺の、以前のお知り合いですか?」

「……いや、初対面だ」


 嘘だ。

 今の間は何か隠してる。


 そう直感的に思ったが、今ここでそれを言うと話がややこしくなる気がして黙っておいた。


「自己紹介しておこう。私はミッドガルド副司令官、そして陸軍長官の神宮寺ケントだ。君が珍しい二属性持ちだとピーターから聞かされてね。是非とも会っておきたいと思ったんだ」

「二属性持ち?」

「それは学園で習うことだから、今は気にするな。将来有望なアニマガールとして、君には期待している。私の用事はそれだけだ。もう下がっていいぞ」






 偉い人との面会が終わり、次に車で移動した先はとても大きな学校だった。校門の看板には『AG学園』と書かれている。

 医師が守衛の受付で身分証を見せながら挨拶一つで通過し、俺も一緒に通った。

 門の先は綺麗に整えられた石畳の大通りがあり、左右は緑の庭が広がっている。

 今の時間は授業中なのか歩いている人は全くおらず、真っ直ぐ進んだところにある校舎の正面玄関から入り、医師が受付に声を掛けた。


 そして受付の人に案内されたのは、学園長室。

 中に入れば、赤い絨毯に落ち着いた色合いの調度品、賞状や歴代学園長の写真が飾られている部屋で、応接セットの傍には小さな台所があって湯沸しポッドや茶菓子がある。

 奥のテーブルに座っている老婆が立ち上がると、前に出た。

 スーツ姿で姿勢が正しく、威厳溢れる雰囲気で思わず委縮してしまいそうになった俺に対し、老婆はにこやかな顔で言った。


「よく来てくれました。私はこの学園の学園長をしている、中江トウコです。よろしくね」

「あっ、はい」

「では、私の役目は終わりですので、これで失礼します」


 医師はそう言って一礼し、さっさと部屋から出て行った。


「……さて、まずはアニマガールの立場がどういったものなのか、分かってもらう必要があります」


 学園長はそう言って、目の前で両手を広げた。


「私を殴ってみなさい。遠慮はいりませんよ」

「え……いいんですか?」

「ええ、これはアニマガールを預かる学園長として、ここに入って来る子に必ずやっていることです」


 アニマガールは人を傷つけられないと資料で読んだが、その確認の為にこんなことをさせるとは……凄いな。


「……では!」


 俺もその覚悟に応え、全力で殴り掛かった。

 だが、拳を振るう前に体が金縛りにでもなったかのように硬直し、首輪の幅が小さくなって首を絞められ、息が出来なくなった。


 動けない……息も……!


 幾ら殴ろうとしても動かず、息が出来ず、殴るのを諦めると硬直が解けて首輪の幅が元に戻り、息が出来るようになった。

 酸素を取り込もうと、大きく息を吸って吐いてを繰り返す。


「……死ぬかと思った!」

「死にはしませんよ。失神したら首輪の絞めつけは緩みますから」

「だとしても、二度と味わいたくない」

「そういう風に作られたものですからね。分かりましたか? アニマガールは首輪の力によって人間を傷つけることが出来ません。例外はありますけどね」

「よく分かったよ」

「うふふ。じゃあ改めて……ようこそ、AG学園へ。あなたが記憶喪失だというのはピーターから聞いています。まずはこの学園について一から教えてあげるわ。そこに座って」


 指示通り座ると、学園長はお茶の用意を始めた。


「紅茶と珈琲、どっちがいい?」

「紅茶でお願いします」


 少し待つと、二人分の紅茶と茶菓子のクッキーが用意された。

 早速クッキーに手を伸ばす。


 甘うま~。


 学園長はテーブルから学園の資料を持ってソファーに座り、紅茶を一口飲んでからテーブルに広げて言った。


「それじゃあ、説明を始めるわね」



 長い長い説明が始まった。



 AG学園――正式名称はアニマガール学園。

 全アニマガールが収容可能なマンモス校で、施設が充実している。学園の傍には地上へと上がるメインエレベーターがある。


 学園の名の通り、新しいアニマガールに勉強と戦闘訓練をさせ、あとはライブの練習をする場所だ。


 勉強は公立の高等学校程度で、いつでも受けられる学力認定試験を合格すれば、その後の授業は免除される。なお、希望者には大学レベルの授業も受けられるようになっている。


 戦闘訓練はアニマガールの本分の魔物と戦う為の訓練だ。シミュレーションルームというのが凄いから期待していて、とのこと。


 ライブの練習は、人類が地下へ逃げて少し経ってから始まった伝統の為らしい。

 ライブがまだ無かった当時、戦果報告が放送で読み上げたり記事になるだけで味気なく、希望を見い出せず熱狂出来るものが無い人類は相当荒んでいたらしい。一計を案じた政府がアニマガールの美人さと可愛らしさに目をつけ、アイドルとして大々的にプロデュースを始めた。

 結果、滅茶苦茶盛り上がった。

 戦うアイドルというのが受けたのだ。

 魔物討伐の後ですぐライブをするから、健在であるかどうかが可視化され、応援のし甲斐があるというのも大きいとか。

 そうして人類は希望を見出し、アニマガールに熱狂し、ライブをするのが伝統になった。


 新しいアニマガール以外にも、一定のカリキュラムを終えたアニマガールが学園で暮らしている。任務や他の仕事で疲れた心身をここで癒すのだ。

 何故なのかというと、アニマガールは人間を傷つけられないことが起因している。

 人間を傷つけられない……逆に言えば、人間から襲われたら抵抗出来ないのだ。だから一カ所に集まって悪い人間から守っている。

 では、アニマガールは外に出て人間と関わらないのか、というとそうでもない。


 指揮官の存在がある。


 指揮官――正式名称は『AG指揮官』。

 数百倍の倍率を誇る試験に合格し、アニマガールを指揮する資格を持つミッドガルドの軍人。

 新人は陸軍・海軍・空軍から独立した立場にあり、茶褐色の軍服を着ている。これは指揮官本人の適性と部下にするアニマガールの能力を鑑みて、どの軍に編入するか判断する為。一部軍から独立した特殊部隊は黒い軍服を着ている。

 アニマガールにとって指揮官とは命令を下す人間という以外に、訓練や体調管理を指導するトレーナーであり、政府の任務以外の仕事を調整するマネージャーであり、悪い人間から守ってくれるボディガードであり、精神の安定を図るパートナーだ。

 彼ら指揮官がいるからこそ、アニマガールは人間と安全に関われる。

 その指揮官だが、アニマガールを部下にするのは個別契約だ。

 理由は単純、魔力はモチベーションに強く影響を受けるからだ。相性が悪くて不調に陥れば、充分に力を発揮出来ずに魔物にやられてしまう可能性が高くなる。

 また、気に入らない相手に命令されるのはアニマガールを人間不信にさせ、反逆の可能性を生み出してしまいかねないと政府が考えているからである。好きな相手であれば、アニマガールは強い本能によって従順になるという研究結果もある。


 確かに、好きな相手なら大体の命令を素直に聞いちゃう気がする。


 指揮官と契約したアニマガールは充分な訓練をしてから地上へ出て、指揮されながら魔物討伐を行う。一人では限界があるので、大抵の場合は他のアニマガールと組んで臨時部隊を編成し、事に当たるそうだ。

 やり手の指揮官は複数のアニマガールと契約して、独自の部隊を持つらしい。そうなった場合は政府にある程度影響力を持つことができ、政財界とのコネも持てるとか。任務の難易度も上がるが、その分報酬が良くなっていい暮らしが出来るようになる。



「――――と、いうことよ」



 長い長い説明が終わった。


 学園長はぬるくなった紅茶を飲んで息を吐く。

 俺はクッキーが無くなって、食べ足りずにしょんぼりした。


「説明も終わったし、あなたに渡すものがあるわ」


 席を立った学園長は俺の隣に立つと、ポケットから物を取り出して見せた。


「……認識票、ですか」

「ええ、未契約のアニマガール用の物よ」


 認識票――ドッグタグという別名がある金属製の小さな板だ。


 学園長の手には同じ物が二枚あり、黒色をしている。白字で『AG-CA3321』という登録番号らしいものが刻まれており、その下に『NO NAME』と刻まれていた。


「これを付けろと?」

「ええ、学園の管理下にあると示す為に必要な物よ。アニマガールは命令が無い限りこれを持てないようにされているから、付けてあげますね」


 付けやすいように立ち上がり、首輪の金具に付けてもらった。触れるとチャリチャリと揺れた。


「これであなたはCA3321という仮の名前になったわ。ちゃんとした名前が欲しければ、指揮官と契約して名付けして貰うことね」


 番号呼ばれるのは気分のいいものじゃないな。

 ああ、それが狙いか。


「……番号呼びは、契約を促す為ですか?」

「そうよ。幾らアニマガールが人類の希望だとしても、穀潰しはいらないですからね。早めに契約して魔物討伐に従事してほしいですから」

「そうですか」

「それと、認識票は冠位十二階を基にした六色の等級に別れていて、黒・白・黄・赤・青・紫の順位で偉いわ。等級が上がれば色々と優遇されますから、頑張ることね」




 こうして学園に入学した俺は、とりあえず学生寮へ行くように言われた。



 学園長室から出る時に渡された資料の中にある地図を頼りに移動し、到着したのは幾つも並ぶマンション。

 資料によれば、俺が住むことになるのは花の名前が付けられた中の梅寮だった。


 玄関に入ってすぐ、寮長室があったのでインターホンを押すと一人のアニマガールが扉を開けて姿を見せた。


 うわっ、でっか!


「はいはい、何かな?」


 圧倒されている俺に気軽に声を掛けたのは、垂れた犬耳と毛量の多いフサフサの尻尾を生やした背が高いアニマガールだった。黒い首輪には青色の認識票が付いている。

 優しく穏やかなお姉さんといった顔つきをしていて、綺麗なブロンドの髪は膝まで伸びている。その髪は波状と捻転が合わさった超絶癖毛で毛量も極めて多く、細くて柔らかい髪質のようでふわっふわのもっふもふだ。

 今は休暇中なのか、デフォルメされた骨柄の黄色いパジャマを着ている。

 パジャマ越しでも分かるグラマラスな体型をしていて、大き過ぎる胸のせいでボタンが閉まらないのか、谷間を見せていた。しかもブラジャーを着けていない。


 触りたいな……ふわふわ。


 猫の因子に引きずられているのにハッとして首を振り、咳払いをして言った。


「初めまして、今日からこの学園に入ることになった……えっと……」


 ヤバッ、ふわふわに気を取られて番号ど忘れした。


 確認しようとしたが認識票は持てず、手の甲で無理矢理持ち上げても視界に入らず見えなかった。

 目の前の彼女は慌てる俺を生暖かい目で見つめながら言った。


「大丈夫だよ。学園長から新入生の話は聞いてるから。CA3321ちゃん」

「……そうですか」

「あなたの部屋に案内するね」


 一旦中に戻り、部屋番号が書かれている小さな札の付いた鍵を持って出てくると、扉に“お出掛け中”という札を掛けて別の鍵で施錠してから歩き出した。俺はその後ろを付いて行く。


 ふわふわ……触ったら怒るかな?


 手を伸ばそうとした瞬間、彼女は立ち止まって振り返った。


「あっ、そうだ。自己紹介がまだだったね。私は梅寮の寮長をしているアウレアだよ。寮のことで困ったことや相談があったら頼ってね」

「……はい」


 うん、勝手に触るのはやめておこう。

 やるんなら堂々とお願いしよう! 後で。



 再び歩き出し、他のアニマガールと何度かすれ違うが、やはりアウレア寮長は背が高かった。他のアニマガールより頭一つか二つ分高い。180㎝を軽く越えている。かくいう俺もそこそこ高めのようだ。階段の踊り場にあった姿見には身長の目盛シールが貼ってあったので、一瞬立ち止まって確認するとサンダルのヒールを抜いて大体165㎝だった。



 到着したのは最上階の端っこ。部屋番号は550番。


「ここが3321ちゃんの部屋だよ。基本的に二人一組の相部屋だから、中の子とは仲良くね。でも、よっぽど馬が合わなかったら言ってね。別の部屋を用意するから」

「はい、その時はお願いします」

「うん。寝泊まりに必要な荷物と衣服、寮の規則が書かれた冊子、初日のスケジュール表があるから、物を整理したり読み終わったらあとは好きに過ごしていい。時間を潰したいなら、学園を見て回るのが一番だよ」

「はい」

「じゃあね」


 鍵を渡されると、アウレアは手を振って去って行った。


 さてさて、それじゃあ中へ……ノックしてもしもーし。


「開いてるよ」


 中から声が聞こえたのでドアノブを回せば開いた。

 部屋は入ってすぐの左右にトイレとシャワールームがある。奥は物の配置が左右対称だ。

 小さめの冷蔵庫、クローゼット、勉強机と椅子、ゴミ箱、壁際のベッド。

 奥の窓際にはベッド横の小さな棚があり、その中心にはテレビが設置されている。その傍に小さなデジタル時計。


 そして中に一人、アニマガールがいた。

 私服の黒いジャージを着て、ベッドにうつ伏せで寝転んで寮規則を読んでいる銀髪セミショートの少女だ。モフッとした柔らかい髪の頭部にはピンと立った犬耳、お尻からは毛の長い犬の尻尾が生えている。

 

 俺が入って来たのを察知すると、体を起こして黒い首輪に付いている黒い認識票を揺らしながら胡坐を掻いて言った。


「あんたが俺の相方か?」


 俺?


「この部屋に住むということなら、そうだな」


 すると彼女はくりっとした灰色の目の童顔を無邪気な笑みに変え、ガッツポーズを取った。


「よっしゃ! 美人なねーちゃんだ。ってかその服エロいな!」


 言うなよ。せっかく気にしないようにしてたのに。


「着ていないと死ぬんだ」

「ん? あー……確かそういう病気があるって聞いたような……まぁいいや」


 ぴょん、と跳ねてベッドから立ち上がった。


 ちっちゃい!

 可愛いな!


 彼女は140㎝も無い身長だ。


「俺はDO5963。ごくろーさんだ。よろしくな」

「CA3321だ。よろしく」


 握手をするが、その手もちっこい。可愛い。


「3321……じゃあミサニィだな」


 なんか名前つけられた。

 可愛いしいいけど……。


「ろーさんは、いつからここに?」

「少し前に来たところだ。一人称で分かってると思うけど、俺は元男。男だった時はイケメンで、ナイスバディな美少女になれると思って手術を受けたんだけどな……御覧の通り、幼児体型の子供になったちまった。まぁこれはこれで身軽で動きやすいし気に入ってる。ミサニィは?」

「俺も元男だ。多分」

「多分?」

「記憶喪失なんだ。自分が誰だったのかさえ覚えていない」

「それはまた……どんまい!」


 サムズアップされた。


 どう反応すればいいんだこれ?


「……とりあえず、整理するわ」

「そっか。分かった」


 ろーさんはベッドに寝転び再び寮規則を読み始めた。

 俺は勉強机の上にあった荷物の整理を始め、寮規則や初日のスケジュール表の確認を終えた。


「よし、学園見て回ろうぜ!」


 黙って待っていたろーさんに手を引かれ、俺は学園を見て回った。




 学園は凄まじく広かった、とだけ言っておく。




 一日の終わり、寮の大浴場でお風呂に入った。

 蓄熱症のことを忘れて温水に入った結果、一瞬でのぼせて気を失った。




 目が覚めたら、明るい部屋のベッドでアウレア寮長に抱き枕にされていた。

 彼女は全裸だった。


 えっ、なんで!?


 大きな胸の大事な部分が見えてしまっている。甘い匂いがして母性を感じてしまう。

 動揺して離れようとするががっしりと腕と足でホールドされていて動けない。

 脱出は諦め、自分の体を見る。


 ほっ、良かった。全裸じゃない。


 逆に言えば体を拭かれて服を着せられたということだが、この際目を瞑る。

 動いたせいで寝ていたアウレア寮長が目を覚ました。


「おはよ」

「……おはようございます」

「蓄熱症の子は大浴場の隣の冷水風呂に入るんだよ。今度から気を付けてね」

「はい、気を付けます」

「じゃあ罰として、今晩は抱き枕になること。いいね?」

「……はい」


 部屋の電気が照明のリモコンによって消され、俺は抱き枕として夜を過ごした。

 まぁ俺としてはある意味ご褒美だった。胸もいいけど、髪の毛のふわふわともふもふが味わえた。


 ここが天国だった。



人間を傷つけられないということは、襲われたら抵抗出来ないということなんです。


だから学園という名の保護施設で纏めて管理。

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