表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/58

06 邂逅

「本日はありがとうございました」

司祭はお母様に向かって深く頭を下げた。

「公爵様にも感謝と祝福をお伝えください」

「ええ」

鷹揚に頷くと、お母様は私を見た。

「それでは帰りましょう、リナ」

「はい」

「お嬢様にも祝福を」

そう言うと、司祭は小さな袋を差し出した。

「ありがとう」

私は袋を受け取った。


この袋の中身は小さな砂糖菓子で、教会を訪れ寄付をした者に配るものだ。

口の中に入れるとほろりと溶ける甘い菓子は、教会で祈りを込めながら作るもので、神の祝福のお裾分けの意味があるのだという。


今日訪れた教会はロンベルク公爵家が支援する教会の一つ。

家が支援する教会を視察するのは夫人の役目で、私も勉強の一環として同行した。

お父様とお兄様は拒否しているけれど、私もいつかは他家に嫁ぐ。

その時のための勉強だ。


ここが本当にゲームの世界ならば、あと二年ほどで王太子妃の選考が始まる。

候補者の条件は、確か十代後半で婚約者のいない貴族令嬢だったから、できればその前にどこかの子息と婚約を結んで欲しいのだけれど……お父様たちの様子を見る限り、それは難しそうだ。




「リナ、疲れていない?」

廊下を歩きながらお母様が尋ねた。

「大丈夫よ」

「まだまだ歩けそう?」

「ええ」

「じゃあ寄り道して行きましょうか。美味しいケーキとお茶を頂けるお店があるのよ」

ケーキ?!

「ええ、行きたいわ!」

大きく頷くとお母様は指を立てて唇に当てた。

「お父様たちには秘密ね」

「ふふ、分かっているわ」

お父様とお兄様は、私が外出するのを嫌がる。

私が拐われないか心配らしいが……『家に閉じ込めたままではリナが可哀想でしょう』というお母様の言葉で、教会に行くことだけは、しぶしぶだけれど認めてくれたのだ。


まともな生活ができるようになって、まだ二年。

公爵令嬢らしく振る舞えるか、他人の目が気になるけれど……でもそろそろ外に出ていかなければならないと思う。


「ショコラのケーキはあるの?」

「ええ、色々な種類があるわよ」

「ふふっ楽しみだわ」

浮かれた心が伝わったのか。

ふいに風が吹き渡り――帽子が飛ばされた。


「あっ」

「リナ!」

私は帽子を追って駆け出した。

外出できるようになった私にお兄様がくれた、大切な帽子なのだ。


ツバが広いせいで、帽子は風を受けてどんどん飛ばされていく。

ろくに走ったことのない身体には辛いが……それでも必死に足を動かす。

やがて止まった帽子に追いついたその傍に、人が立っているのに気づいた。


足元の帽子をその男性が拾った。

「……君の?」

差し出された帽子を受け取る。

「ありがとう、ございます」

お礼を述べて男性の顔を見て――私は息を呑んだ。


紫水晶の瞳が大きく見開かれた。

吸い込まれそうな、その瞳に動けなかった。


「君は……」

やがて彼が口を開いて、私は我に返った。

「あ、ありがとうございます!」

慌ててお辞儀をして身を翻す。

「待って!」

「殿下! こちらでしたか!」

彼と、もう一人の声が遠ざかった。




「リナ」

息を切らして戻ってきた私を見てお母様は目を丸くした。

「まあ、あなた走って……大丈夫なの?!」

「は、い……」

お母様の前までくると、私は荒く息をついた。


「リナ……大丈夫?」

「はい」

息を整えると私はお母様を見上げた。

「本当に? まあ、汗までかいて……可哀想に。ケーキはやめて帰りましょう」

私の頬に手を触れたお母様は、泣きそうな顔をしていた。

……お母様も相当な過保護だと思う。

「いいえ、走ったらお腹が空いたの。ケーキを食べたいわ」

「まあ」

私の言葉に目を丸くしてから、お母様はようやく笑顔を見せた。




馬車に揺られながら、私は先刻会った顔を思い出していた。


月の光を集めたような銀色の髪。

王家特有だという、切れ長の紫色の瞳。

そして均整のとれた綺麗な顔は……前世、ゲーム画面でよく見た顔だった。


(どうして……あの人がここに)


まさかこんな所で出会うとは思わなかった。

ゲームで彼に選ばれるために努力をした、王太子殿下その人に。


(本物は……ゲームよりずっと綺麗で素敵だった)


あの紫水晶の瞳を思い出すとドキドキしてしまう。

お兄様も綺麗だけれど、花のような柔らかな綺麗さで。

対して殿下はその色彩のせいか、石でできた彫刻のような硬さを感じる綺麗さだ。

ゲームでの性格も沈着冷静、滅多に感情を表に現さない『氷の王太子』と呼ばれるような人だった。

……そんな彼が少しずつヒロインに心を開いていく、いわゆるツンデレな所が人気だった。



それにしても……ゲームでは、リナが殿下と会ったことがあるなんてエピソードはなかったはずだ。

ゲームのリナと私は別の性格になったからか……二年前のことだから出てこなかったのか。


(本当に、殿下って存在したのね)


私にとって、この世界は家と教会しか知らない。

もちろん知識として国があって、国王がいて王侯貴族がいるというのは知っているが。

どこか現実感がなかったのだ。


本当に……この先、ゲームのようにお妃選考会が始まるのだろうか。

あの殿下は誰を選ぶのだろう。


そこまで考えて、何故か胸が少し痛くなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ