05 十五歳の憂鬱
「まあ、可愛らしいわリナ」
「本当だ。まるで天使のようだな」
「……これは可愛すぎないか? この姿で外に出るのは危険だろう」
――最後のお兄様の言葉は何なのだろう。
危険とは?
首を傾げると、はあ、とお父様が大きく息を吐いた。
「娘が可愛すぎる……確かにこれは危険だ」
「せめて髪型をもっと地味なものに変えないと」
「まったく、あなたたちは」
お母様が腰に手を当てて男性陣を見渡した。
「せっかくのお出かけなのよ。可愛くしないでどうするの」
「だが……」
「いい? リナはどんなに地味にしても可愛いのは隠せないの。だったらうんと可愛くした方がいいでしょう?」
「しかし……」
「私、この服を着ていきたいわ」
そう言って私はくるりと回ってみせた。
回るとふんわりと裾が広がる、軽いシフォン素材の水色のワンピースは私のお気に入りの一枚だ。
「いいでしょう? お父様、お兄様」
二人を見上げるとぐっと息を呑む声が聞こえた。
この家に引き取られてから二年、私は十五歳になった。
保護された時は栄養不足で、少しの運動で倒れてしまうような痩せこけていた身体は、ダンスを一曲踊りきれる程度の体力も付き、肉付きも良くなってきた。
身体にあった虐待の跡も多くが消えていたが、二の腕にある痣だけが残っている。
おそらくこれは生まれつきのものではないかと医者が言っていた。
歪な楕円形の痣は、小さいけれどくっきりとした輪郭で……どこか不吉な感じを与えた。
今日はお母様と二人で教会へ行く。
お父様とお兄様も行きたがったが、お父様は今日は大事な会合がある。
十九歳となり、後継としてお父様の仕事を手伝い始めたお兄様も顔を出さなければならないそうだ。
「本当に娘が可愛すぎて辛い……」
「いいかいリナ。絶対に知らない人についていくんじゃないよ」
お兄様が私の手をぎゅっと握りしめた。
「……大丈夫ですわ」
子供ではないのだから、それくらい分かるのに。
ちゃんと理解していますという意味を込めて、私は笑顔で答えた。
「ああ……やっぱりリナと離れたくない」
「可愛すぎて危険だ、家から出してはだめだ」
「あなたたちはさっさと行きなさい!」
私を抱きしめてくるお父様とお兄様に、お母様が呆れたように声を荒げた。
「――ちゃんと帽子は深く被って、誰にも顔を見られないようにするんだよ」
白い大きなツバのある帽子を私の頭に被せると、名残惜しそうに私を振り返りながらお父様とお兄様は出かけて行った。
「まったくもう、うちの男たちは」
私たちも教会へ向かうため馬車に乗る。
出発するとお母様が今日何度目かのため息をついた。
「過保護すぎるのも困るわね」
「……はい」
同意の意を込めて私は頷いた。
溺愛、という言葉がぴったりだろう。
お父様とお兄様はとにかく私を可愛がった。
可愛がり、ひたすら甘やかそうとする。
言葉で、態度で、贈り物で。
――身体の傷は癒えたとはいえ、時折昔の虐待を思い出して夜うなされてしまうのも、甘くなる原因かもしれない。
けれど甘やかしすぎるせいで私は未だに幼子のように何でも与えられ許されてしまう。
これは教育上、よくないと思う。
(ゲームのリナがあんな性格になってしまったのも……分かるのよね)
リナの末路を知らなければ、私も今頃堕落の道に落ちていただろう。
(過剰な愛情もまた虐待になるのね)
カーテン越しに窓の向こうの景色を眺めながら、私もそっと心の中でため息をついた。