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「悲劇の悪役令嬢」と呼ばれるはずだった少女は王太子妃に望まれる  作者: 冬野月子
後日譚

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15

「アリス!」

王太子への挨拶を終え、ユリウスと共に歩いていたアリスは自分を呼ぶ声に振り返った。


「デボラ、ジャネット」

「久しぶり!」

二人がやってくると、ユリウスを見て慌てて深く礼を取った。

「友人か」

「はい。選考会で知り合いました」

ユリウスに聞かれてアリスは頷いた。

「そうか。ではまた後で迎えに来るからゆっくりしているといい」

そう言い残すと、ユリウスはその場を離れていった。


「……ねえアリス!」

ジャネットがアリスの腕を掴んだ。

「今のユリウス・ロンベルク様だよね?! どうして一緒なの?」

「しかも二曲踊ってたよね! 凄い話題になってるよ」

「え、ええと……実は今ロンベルク公爵家にお世話になっていて」

「公爵家に?!」

「ええと、怪我して帰るのが難しかったから……」


「ああ、アリスはリナ様の恩人だものね」

デボラが頷いた。

「でも二曲踊るのはまた別の話よね」

「どういう関係なの?!」

「え、あの……」

「それにこのドレス! 初めて見るわこんな凝ったの。アクセサリーだってこれローズダイヤよね?!」

二人から迫られ、アリスは言葉を詰まらせた。


ユリウスと婚約することはほぼ決定事項で、昨日、今回の婚約発表式に合わせて王都へ出てきたアリスの家族との顔合わせも済ませた。

けれど妹のリナが婚約したばかりであるため、発表するのはもうしばらく先になるのだという。

だから正直に今の状況を話していいものか、迷ってしまう。


「未だ言えないんだけど、色々あって……」

「ふうん」

「ねえ、それより二人は今どうしているの?」

話題を変えようとアリスはそう尋ねた。




「そうだアリス、セリーヌ様に気をつけてね」

しばらく近況などを話しているとデボラが言った。

「セリーヌ様?」

「バルゲリー侯爵令嬢よ。ユリウス様の婚約者の座をずっと狙ってた人」


「え……」

「さっきアリスが踊っている時、すごい顔で睨んでたよね」

デボラとジャネットは顔を見合わせた。

「あの人、前からお茶会とかで自分がユリウス様の婚約者になるんだって公言していたの」

「婚約者がいないから、本当はこの間のお妃選考会に参加しないといけなかったんだけど、仮病使って出なかったらしいよ」


「……そんな人がいたの」

王都に住んでいるデボラたちと違い、ずっと田舎にいたアリスは貴族社会の情報に疎い。

ロンベルク公爵家でも、そのような人物がいるなど聞いたことがなかった。


「まあユリウス様って誰も相手にしないことで有名だから、セリーヌ様が一方的に狙ってるだけだけど」

「でもアピールがすごかったよね、周りも威嚇して」

再び顔を見合わせると二人は頷き合った。

「だからアリスも……」

「まずい、噂をすれば」

「そこのあなた」

ジャネットが言い終える前に、鋭い声が響いた。


振り返ると、真紅のドレスに身を包んだ女性が立っていた。

(うわ、悪役令嬢!)

カールさせた金髪といい、かなりの美人だけれどキツめの顔立ちといい、いかにも乙女ゲームの悪役として出てきそうな外見だ。


「あなた、名前は」

アリスを見下すような眼差しでその女性――セリーヌ・バルゲリーは言った。

「……アリス・デュパールです」

「デュパール? 知らないわね。爵位は」

「子爵です」

「まあ。子爵ごときがユリウス様に近づくなんて」

鋭い瞳がアリスを睨みつけた。

「身の程知らずですわね」


(そんなこと分かってるわよ)

公爵家と子爵家とでは釣り合いが合わないことくらい。

ロンベルク家の人々は全く気にしていないし、むしろ何の後ろ盾のない子爵令嬢がちょうどいいと思っているようだけれど、世間的に見れば不相応なのだ。

(かといって、この人がユリウス様に相応しいとも思えないけれど)

濃い化粧と強い香水の香り、そして人を見下す言動。

セリーヌはユリウスが嫌うタイプだ。


「セリーヌ様という方がいらっしゃるのに、ユリウス様に近づくなんて」

「どうせ無知な田舎者なのでしょう」

「ユリウス様の髪色のドレスなんか着て厚かましいですわ」

セリーヌの背後にいる取り巻きらしき令嬢たちが口々に言った。


(ああもう、面倒だな)

アリスが内心ため息をついていると、ジャネットとデボラがアリスを庇うように前に出た。

「アリスはリナ様の命を守った恩人なんです!」

「このドレスだって公爵家で用意していただいたんです!」


「ドレスを?!」

「嘘おっしゃい!」

「この染めの生地は貴重で、細部にまでこだわり抜いた刺繍といい縫製といい、こんな素晴らしいドレス、公爵家でなければ作れません!」

商会の娘で目の肥えているジャネットが言った。

――さっきジャネットがぶつぶつ言いながらドレスを真剣にチェックしていたのをアリスは思い出した。


「ああ、つまりリナ様の恩人だからと押し付けがましく公爵家に見返りを求めたのね」

セリーヌが口端を持ち上げた。

「リナ様も見た目は可愛らしいけれど、世間知らずですものね。無知につけこんだのでしょう」


「は?」

アリスの口から低い声が漏れた。


「リナ様は聡明で素晴らしい方です。無知だなど、失礼です!」

田舎者の自分が卑しめられるのは分かる。

けれど、リナを侮辱するのだけは許せない。


怒りを含んだアリスの形相に、セリーヌは一瞬怯んだものの、直ぐに持ち直した。

「ふん、図星だったようね」

「何ですって」

「子爵の娘ごときが私に口答えするなんて厚かましいわ。立場を弁えなさい」

「リナ様を卑しめるようなことを言うあなたの方こそ立場を弁えていないのでは?」


「っこの……!」

かっとセリーヌの顔が赤くなった。

「生意気な」

「もうよろしいですか。失礼します」

不快な相手とこれ以上付き合う気にもなれない。

この場を離れようと、アリスはセリーヌに背を向けた。


「待ちなさい!」

背後から怒鳴り声が響く。

「まだ何か……」

振り向いたその時。

パシャン! という音と共に冷たい感触、そして酒の匂いがアリスを包み込んだ。

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