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人気のないテラスに出ると、それまでの喧騒が嘘のように静寂が広がっていた。


「もうすっかり夜ですね」

見上げた先には、王宮内に建つ塔の傍に白く輝く月が見える。

「疲れただろう」

「まだ大丈夫です」

グラスを差し出しながら尋ねたエルネスト様に答えてグラスを受け取った。

よく冷えたレモン水が乾いた喉に心地良い。


「社交界デビューが婚約発表式とは大変だな」

「……そうですね。ご挨拶にこられた方のお顔とお名前を覚えられたか……不安です」

「それは追々覚えていけばいい」

ふ、とエルネスト様は笑みを浮かべた。

「今日は私が選んだ婚約者がいかに美しくて素晴らしいか、皆に知らしめるのが目的なのだから」


お妃選考会が始まったのが約半年前。

あれから色々なことがあって――今日、私とエルネスト様は教会で婚約の儀を行い、正式な婚約者となった。

そして今は国中の貴族を集めての婚約発表式。

私のお披露目と貴族たちからの挨拶を終えて、少し休憩時間をもらったところだ。


「それにしてもリナは本当にそのドレスが似合うな」

「……ありがとうございます」

目を細めたエルネスト様の顔がとても眩しくて、顔が赤くなるのを感じた。


今日の私は王家のバラを模したドレスを着ている。

クリーム色で、大きく広がったスカート部分は裾に向かって赤くグラデーションに染められ、レースで作った薔薇が飾りつけられている。

胸元には大きなルビーのネックレス。

ティアラもお揃いのもので、代々の王太子妃に受け継がれているものだ。


エルネスト様は金糸で刺繍をほどこした赤い上着にクリーム色のパンツと私と対になる装いで、胸元には王家のバラを刺している。

服だけ見ると派手だけれど、エルネスト様が着るととても美しく気品に満ちて見えるのは流石だ。


「殿下、お時間です」

エルネスト様の姿に見惚れていると、ルドルフ様が迎えに来た。

「もうか? 早いな」

「皆今日の主役をお待ちですよ」

「――行こう、リナ」

差し出された手に手を重ねると、私たちは再び会場へと戻った。



大きな広間には大勢が集まっているが、その中心は広く開けられている。

これから二人でファーストダンスを踊るのだ。


中央に二人向き合い、礼を取る。

それから近づいて手を取り合った。

「練習通りに踊れば大丈夫だから」

「……はい」

選考会で経験があるけれど、それよりもずっと大勢の前で踊るのは緊張する。

それを察したのだろう、エルネスト様がぎゅっと手を握りしめてくれた。


演奏が始まり、足を踏み出す。

お母様に言われたように、何度も二人で踊って互いの癖を知り、息を合わせてきた。

その練習通りに行ったかは分からないけれど……多分間違えてはいないと思う。

踊り終えると大きな歓声に包み込まれた。



広間に色とりどりのドレスが舞う。

私たちのダンスの後は、皆が踊る。

これが普通の夜会ならば私も何曲か踊るべきなのだろうが、今日はエルネスト様と二人席に付き、先刻挨拶できなかった者たちからの挨拶を受けるのだ。


(あ、アリス)

フロアへと視線を送るとアリスとお兄様が踊っているのが見えた。

青いドレスのアリスと黒いコートのお兄様が踊る姿は一際輝いているようだ。


「すっかりアリス嬢も慣れたようだな」

隣のエルネスト様が言った。

「はい。良かったです」

湖での一件で、アリスはお兄様との婚約を受け入れる覚悟を決めた。

以来、お兄様と会話も続くようになり――まあその内容はほぼ趣味のことだけれど、緊張することも減ったようだ。

今日のダンスも、これまでの練習よりもずっと立派で優雅に見えた。


曲が終わり、次の曲が始まると騒めきが聞こえた。

(何かしら)

「ああ、ユリウス殿たちが続けて踊り出したな」

エルネスト様の言葉に再びアリスたちを探すと、確かにまだ踊っていた。

こういう場で二回以上踊るのは、夫婦や婚約者など特別な関係の者だけだ。

つまりアリスとお兄様は婚約関係、もしくはそれに近い関係にあると周囲に知らしめているのだ。



「王太子殿下、リナ様。ご婚約おめでとうございます」

ソフィア様がやってきた。

「ありがとうございます」

「今日のリナ様もとてもお綺麗ですわね」

「ソフィア様もとても素敵です」

緑色のドレスのソフィア様は、今日も相変わらずお美しい。


「一人なのか? さっきニコラと踊っていただろう」

「ええ、ニコラ様ならば曲が終わった途端ご令嬢方に囲まれていましたわ。私はお二人にご挨拶したかったので」

「置いてきたのか」

「私にはニコラ様を縛る権利はありませんから」

ふふっと笑顔でソフィア様はエルネスト様の言葉に答えた。


エルネスト様の婚約が決まったことで、他の年頃の子息たちの婚約者選びも本格化しだした。

ニコラ殿下もその一人で、ソフィア様という有力候補がいるとはいえ他の令嬢にも可能性はあり、その座を狙う者も少なくないのだという。

今も彼女たちがニコラ殿下に必死にアピールしているだろうし、それを不安にならないのか気になるけれど、ソフィア様は余裕があるように見えた。



「ところで話題になっておりますわ、ユリウス様がエスコートしているのは何者だと」

「そうですか」

「あのユリウス様が笑顔で接する相手がいたなんてと。しかも二曲続けて踊られているでしょう」

ダンスが行われているフロアを振り返ってソフィア様は言った。

「アリス様も堂々となさって、お綺麗なドレスで。他国の姫君なのではという噂も聞きましたわ」

「まあ」

選考会で初めて王都に出てきたアリスも私同様、今日が社交界デビューだ。

ほとんどの人がアリスの顔を知らないだろう。

それに今日のアリスの装いはロンベルク家が用意した最高級品、子爵家では持てないものばかりだ。

姫君と思われても不思議ではない。


そのアリスは二曲目を踊り終えると、お兄様に手を引かれてこちらへやってきた。


「婚約おめでとうございます殿下、リナ」

「おめでとうございます」

お兄様に続いてアリスも礼を取った。

「見事なダンスだった、夫人の特訓のおかげだな」

「ええ」

エルネスト様の言葉にお兄様は苦笑して答えた。

「殿下たちのダンスも素晴らしかったです」

「ああ、夫人のおかげだ」

「そう言っていただけると母も喜びます」

お兄様は軽く会釈をすると、アリスを連れて下がっていった。



最初の挨拶は爵位を持つ者や他国からの賓客だけができるので、それ以外の嫡子や大臣たちが私たちの前へとやってきては挨拶をしていく。

「リナ、そろそろ我々は下がろうか」

それも途絶えたころ、エルネスト様が言った。

「まだ終わっていないのでは?」

「最後までいる必要もない。君も疲れただろう」

確かに、こんな大勢のいる場は初めて、しかも昨日から準備でバタバタして忙しかった。

立ち上がったエルネスト様が差し出した手を取る。


その時、広間に悲鳴が響きわたった。

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