12
光が消えたのを感じて、固く閉ざしていた目を恐る恐る開いた。
「……今のは……」
周囲を見渡すと、やはり不思議そうな顔のエルネスト様と視線があった。
「大丈夫か、リナ」
「はい……」
「アリス!」
お兄様の声にはっとして見やると、床に倒れたアリスの姿が見えた。
「アリス?!」
「これは……」
駆け寄ろうとして、思わず立ち止まる。
アリスの周囲を金色の光の玉が回っていたのだ。
「この光は一体……」
ソフィア様たちも集まってきた。
「危険そうには見えないけれど……」
「何が起きているんだ?」
倒れたままのアリスは心配だけれど、近づいて大丈夫なのか躊躇ってしまう。
金色の光はアリスの周囲をあちこち飛び回っていたが、やがてアリスの上に降りると大きく膨らんだ。
「アリ……っ!」
再び激しい光が満ちて視界が真っ白になった。
「……う……」
やがて光が消えると、倒れているアリスからうめき声が聞こえた。
「アリスっ」
「――おねえ、ちゃん」
駆け寄り、身体に触れるとゆるく頭を上げたアリスが私を見た。
「大丈夫?!」
上体を起こそうとしたアリスを支える。
「……うん……」
「アリス嬢、何が起きたんだ」
エルネスト様が傍に立った。
「金色の光が君の周りを飛んでいたが」
「え、見えて……」
目を見開いたアリスが戸惑ったように視線を泳がせた。
「アリス?」
「どうした」
「――声、が聞こえて……」
「声? どんな」
「……来年長雨で、水害が起きてうちの領地が水に浸かるって……」
「水害?」
エルネスト様とニコラ殿下が顔を見合わせた。
「そう聞いたの? 誰に?」
「……女性……この湖の、元々この国の水を司る女神で、数年先まで見えるって……」
「つまり、アリスは湖の女神の声を聞いたのか」
「……ええ、と……多分……?」
お兄様の問いにアリスは首を傾げて答えた。
「本当なの? アリス」
「……本当かは……でも確かにそう言われたの」
女神の声を聞くなんて信じがたいけれど……でもそもそもこの世界に私たちが転生したのは、亜里朱が死んだ後に会ったという女神の力だ。
ありえなくはないのだろうか。
「アリス嬢。その水害はいつどこで起きる?」
エルネスト様が尋ねた。
「ええと、そこまでは……」
言いかけたアリスの側に、ふいに小さな金色の光の玉があらわれた。
光はアリスの耳元へと飛ぶと、また消えていった。
「――夏に、西部のメイソン川が氾濫して、多くの土地に被害が出る……?」
「西部ですか」
「確かにあのあたりは稀に川が氾濫している。治水工事は大事業だからどうしても氾濫しやすい川の多い東部を優先してしまい、西部は後回しになってしまうからな……」
エルネスト様がため息をついた。
「今から治水工事を行うには時間がないが、少しでも被害を減らす方法や支援策を考えておくべきだな」
「そうですね、次の会合の議題として取り上げましょう」
「あ、あの。信じていただけるのですか」
アリスがおずおずとエルネスト様を見上げた。
「信じがたい気持ちはあるが、代々この湖は聖なる地として大切にするよう言い伝えられている。王家の所有となっているのもそのためだ」
ニコラ殿下と視線を合わせてエルネスト様は言った。
「金色の光が何か語りかけるようにアリス嬢にまとわりついているのを全員が見ている。それに、アリス嬢は嘘をつくような者ではないだろう?」
そう言ってエルネスト様が私を見たので、大きく頷いた。
「それに先刻も言ったようにあの辺りは過去も洪水が起きている。また起きる可能性もあるのだから事前に対策を取るのもおかしくはない。そうだなニコラ」
「はい」
「ありがとうございます」
アリスは深々と頭を下げた。
「良かったね、アリス」
「うん……でもうちの領地が」
アリスはその顔を曇らせた。
「祖父の時にも、農地が水に浸かってその年の収穫が全滅して……立て直すのに全財産を使ったって。まだあの時まで財産は戻っていないから、同じことが起きたら……」
「アリス」
お兄様がアリスの肩に手を乗せた。
「その時はうちが支援するから大丈夫だ」
「え?」
「私の妻になる君の実家だ。支援するのは当然だろう」
「え、あの……」
お兄様を見上げて、アリスはこくり、と頭を下げた。
「……ありがとう、ございます」
(あら)
お兄様との婚約を受け入れたのだろうか。
素直に頷いたアリスの耳は赤くなっていた。
「アリス様は女神の声が聞こえるのですね、凄いですわ」
ソフィア様が目を輝かせた。
「巫女様ですわね」
「巫女?! そ、そんなのでは……」
慌てるアリスの傍に再び金色の光が現れた。
ふわふわと周囲を回るうちに、アリスの顔色が段々青ざめていく。
「アリス?」
「今度は何と言っているんだ?」
「――ここに来れば、いつでも分かる範囲で天候の異変を教えてくれるそうです……」
両手で顔を覆ってアリスはそう言った。
「まあ、やっぱり巫女様ですわ」
「女神に気に入られたんですね」
「……そんなチート要らない……」
しくしくと泣き出したアリスの肩にそっと手を乗せる。
「さすがヒロインね」
アリスにだけ聞こえるようにそう言うと、じと目が私を睨んだ。
「――ふむ。この件は口外しない方がいいだろう」
エルネスト様がそう言ってお兄様を見た。
「本当に水害が起きるかも分からないし、アリス嬢が女神の声を聞くことが知られれば大きな騒ぎになるだろう」
「はい」
「このことは教会にも言わないで欲しい。公爵夫妻にもだ」
「承知いたしました」
お兄様は頭を下げた。
「皆も分かったな」
全員が頷くのを見て、エルネスト様はアリスへ向いた。
「アリス嬢。今回の件について、さすがに父上には報告しないとならないし、場合によっては君の処遇にも関わる。だが悪いようにはしないと約束しよう」
「……はい」
不安そうに瞳を揺らしてアリスは頷いた。