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王家所有というから豪華な建物を想像していたけれど、実際の別荘は風景に溶け込むようなあまり大きくない建物で、装飾もシンプルな落ち着いた雰囲気だった。
それをエルネスト様に言うと、「宿泊用の建物は山の方にあって、ここは湖を訪れたり狩りで遊ぶ時の休憩用の建物だ」と教えてくれた。
王家所有の土地や建物は国内に点在していて、休暇や視察の際の中継地として使うのだという。
湖を望むテラスで昼食を取る。
心地良い風を感じながら、外で食べる食事は格別だ。
この場にいるのも、親しい、大好きな人たちばかりで……とても穏やかで幸せな時間だとつくづく感じながら私はこの時間を楽しんだ。
「あれが神殿ですね」
食後、湖を眺めて私は隣に立つエルネスト様に尋ねた。
湖に突き出すようにある小さな島に、白い建物が建つのが見える。
「ああ、この湖は建国以前から聖地とされてきた。あの神殿にも古い神が祀られているという」
「古い神、ですか」
「国が変われば神も変わる。その辺りはユリウス殿の方が詳しいだろう。ロンベルク公爵家は歴史神学者への支援にも熱心だと聞く」
「はい」
エルネスト様の言葉にお兄様は首肯した。
「記録が失われたものも多く、中々難しいようです。あの神殿は王家の所有だけあって管理も行き届いているようですが、どんな神が祀られているのか分かっているのですか」
「詳しくは分からないが、女神だと伝えられている」
「女性神ですか、珍しいですね」
「せっかくだから渡ってみるか」
「よろしいのですか」
「湖の中に入るのは禁じられているが、島には誰でも渡れるようになっている」
神殿に入れると聞いたお兄様の頬が緩んだ。
お兄様が教会での活動や支援に熱心なのは、家のこともあるけれどお兄様自身、本当は神学者になりたかったのだと聞いたことがある。
公爵家当主としての仕事との両立は難しいから諦めたそうだが、我が家の図書室にはお兄様が集めた神学に関する蔵書で溢れそうな一角があるのだ。
食後の腹ごなしにちょうどいいからと、全員で神殿へ向かうことになった。
「上野の弁財天みたい」
隣を歩くアリスが呟いた。
「ああ……懐かしいわ」
「建物の形も似てるし」
細い道で繋がれた島の中央に、六角形の神殿が建つ姿は確かに、前世で上野の美術館に行く度に『ここはパワースポットだから!』とアリスに連れて行かれた弁財天に似ている。
「同じ女神だし、やっぱり水の神様なのかな」
「それは、二人が前にいた世界の話か?」
背後からお兄様の声が聞こえた。
「あ……はい」
「どんな女神だ?」
「ええと、元々は水の女神で芸術や学問の神様で、私たちのいた国に渡ってきてからは財運や商売繁盛の神にもなって……」
「国を渡ると加護が変化するのか?」
「はい。ええと、説明すると長くなるんですけれど……」
(普通に話せてるじゃない)
いつもならばお兄様と会話をするときは緊張するアリスだけれど、前世の宗教について興味津々なお兄様に説明する様子はいつものアリスと変わらない。
(そういえばアリスも神話とか好きだったなあ)
やはり、趣味のことになると別なのだろうか。
盛り上がるお兄様とアリスの会話を何となく聞きながら、二人に共通の好みがあって良かったと思ううちに神殿へと到着した。
「わあ、やっぱり空気が違いますね」
拝殿へ足を踏み入れたアリスが目を輝かせた。
きちんと手入れされているのだろう、清潔感のある石造りの神殿内はひんやりとして、清浄な空気に満ちているようだった。
「中は何もないのですね」
六角形の神殿の中はがらんとして、ただ空間があるばかりだった。
「初めからなかったのか、元々あったものが失われたのか……それも分かっていない」
「湖に入るのが禁止ということは、湖自体が御神体なのかもしれませんね。ここは祈りを捧げる場所なのかも……」
そう言いながら、アリスが神殿の中央あたりに立った瞬間。
強い光が神殿内を満たした。




