04 前世の記憶
この世界に生まれる前から私は『リナ』と呼ばれていた。
私はこの世界と異なる世界――『日本』という国で生きていた。
『里奈』という名前で家族は両親と、二つ下の妹『亜里朱』。
私たちはとても仲の良い姉妹だった。
妹は私を慕い、どこへ行くにも一緒にいたがった。
友人たちには『シスコンが過ぎる』と笑われ、時には心配されたけれど、私もまた妹が大好きだったから気にならなかった。
私が大学三年、妹が一年の時だった。
同じ大学に通っていた私たちは、その日同じ時間に授業が終わったため、一緒に帰ることにした。
二人でハマっているゲームのこと、夕飯のこと。
他愛もない話をしながら駅へ向かっていたとき。
突然背後から大きな音と――悲鳴が聞こえた。
振り返ると、こちらへ猛スピードで向かってくるトラック。
「……亜里朱!」
咄嗟に身体が動いていた。
私は妹を突き飛ばして、そして……激しい衝撃とともに私の記憶は途切れた。
あの後、妹はどうなったのか――それはもう分からない。
私は元の世界とは全く異なる世界に生まれ変わってしまったのだから。
異なるとはいえ、私はこの世界を知っていた。
新しい名前をつけられて、前世の記憶とともに思い出した。
この『リナ・ロンベルク』は前世で妹とハマり遊んでいたスマホゲームの登場人物だったのだ。
まさかと思った。
ゲームの世界に生まれ変わる、そんなことがあるのかと。
けれど、確かにリナも、そして兄ユリウスもゲームに登場する。
そして私の境遇も……ゲームのリナと同じだった。
それはとても恐ろしいことだった。
何故ならリナは、ゲームプレーヤー達の間で『悲劇の悪役令嬢』と呼ばれた、悲惨な結末を迎えるキャラクターだったから。
ゲームは近世ヨーロッパ風のとある国で、ヒロインは子爵令嬢。
片田舎の領地で伸び伸びと過ごしていたが、ある日王太子妃を選ぶ選考会に、お妃候補として呼び出される。
そうして他の候補者たちと競い合いながらお妃を目指すゲームだ。
私たち姉妹がこのゲームを始めたのは、ヒロインの名前が妹と同じ『アリス』だったから。
いつも明るくて前向きなところも妹によく似ていた。
そして私、リナはお妃候補者の一人で、この国の筆頭貴族、公爵家の娘。その権力を盾に傲慢な態度を取っていた。
とても嫌味で邪魔なキャラで、妹は『お姉ちゃんと同じ名前なのにこんな性格悪いとかありえない!』とスマホに向かって文句を言っていた。
このリナはゲーム中盤、大きな事件を起こす。
他の候補者に毒を盛ったとして投獄されるのだ。
だが違和感を感じたヒロインが調べ、これは冤罪だと分かるとともにリナの過去が明らかになる。
彼女は幼い頃実の家族から虐待を受けており、公爵家の養女となったのだ。
新しい家族がリナを甘やかしたせいで性格が歪んでしまったリナ。
そして彼女に罪を押し付けたのは、お妃候補者で実の妹だったのだ。
冤罪が明らかとなり、アリスたちはリナを解放するために牢獄へと向かう。
そんな彼らが見たのは、追い詰められて自害し息絶えたリナの姿だった。
ここまでプレイした時、妹は荒れた。
名前が私と同じというだけですっかりリナに思い入れてしまったらしい。
リナの境遇と最期に衝撃を受けたのは他のプレーヤーも同じで、ネットで『悲劇の悪役令嬢』と呼ばれるようになったリナが自害しないルートもあると噂が流れ、妹もそのルートを必死に探していた。
けれど、どんな選択をしてもリナは必ず自害してしまうのだ。
そんなキャラに私が生まれ変わるなんて。
私は本当に――ゲームのように、やがて自害してしまうのか。
自分の未来を嘆いて、私は記憶を取り戻してしばらく自分の殻の中に閉じこもっていた。
そんな私を新しい家族は心配してくれた。
特に兄ユリウスは毎日のように私の元を訪れ、話しかけ、抱きしめ、好きそうなものがあるとそれを沢山贈ってくれた。
溢れるほどの家族の愛情に包まれて――やがて私は考えるようになった。
ゲームのリナの結末を変えられないのは、彼女の性格が出来上がってしまったからだ。
ならば、今からあんな性格にならないように努力すればいいのでは?
『何でまた死んじゃうのよ!』
スマホに向かって叫んでいた妹の横顔。
「リナ、大好きだよ」
毎日私に声を掛けてくれる家族。
彼らを悲しませないために――私は、『悲劇の悪役令嬢』になんて、ならない。
私は強く決意した。