06
「リナ。殿下は帰られたのか」
「……はい」
応接間に戻ってきたお兄様は私を見て少し首をかしげた。
「どうした、そんな疲れた顔をして」
「いえ……」
迫られるまま、エルネスト様に私とアリスが前世で姉妹だったことを話した。
エルネスト様がどこまでそれを信じたかは分からないけれど、私とアリスの仲の良さに納得がいったようで、『今度からそういう大事なことは秘密にしないように』と約束させられた。
――それでもさすがにここがゲームの世界だとは言えない。
これだけはアリスと二人だけの秘密にしておこうと決めている。
「アリスは?」
「目を覚ましたけれど、私の顔を見てまた動揺したので母上に追い出されたよ」
私の隣へ腰を下ろすとお兄様はため息をついた。
「いつになったら私に慣れてくれるんだろうね」
「……お兄様は、アリスのことが好きなのですか?」
アリスをこの家に迎えようとしているのは気づいたけれど、お兄様がアリスに惚れているようには見えなかったのだけれど。
「そうだね……結婚するならば彼女がいいと思っているよ」
お兄様は私を見た。
「私は貴族の女が嫌いなんだ」
「え?」
「変に気位が高くて姦しく、やたら香水の香りとくだらない噂話を振りまく。彼女たちといるのは苦痛だし、社交の場より教会や孤児院にいる方が気持ちが安らぐんだ」
お兄様がそんな気持ちでいたなんて知らなかった。
……エルネスト様が言っていた、女嫌いという噂は本当だったんだ。
でも、そんな女性ばかりではないと思うのだけれど。
「……でも、選考会で会った方々はいい方が多かったです」
「そう? 私の周りに寄ってくるのは苦痛な相手ばかりだよ。――だからね、両親は私とリナを結婚させるつもりだったんだよ」
「え?」
「私が貴族の女が嫌いだということは両親も知っていたし、そんな私が心を開けるのはリナだけだったからね」
「……え、でも今までそんな話出てこなかったですよね?!」
「リナのことは愛しているけれど、妹としてだから。だから婚約の話が出た時にそれはまだリナには伝えないで欲しいと言ったんだ。どうしても他にいなければリナと結婚するとね。まあ、その前に殿下が攫って行ったんだけど」
――エルネスト様の推測は当たっていたんだ。
「リナには幸せになって欲しいから、リナを幸せにできる男がいなければ私が幸せにするつもりではいたよ」
「そうだったのですか……」
それにしても、この国の筆頭貴族である公爵家の嫡男で、しかも母親が元王女のお兄様が貴族が嫌いだったなんて。
「アリスは他の令嬢とは違って一緒にいても不快にならないし見ていて楽しいよ。前世がリナの妹で、庶民だったからかな」
お兄様は目を細めた。
「流石に庶民と結婚はできないけれど、アリスは子爵家の娘。両親も気に入っているようだしリナとも仲がいい。結婚相手として申し分ないよね」
「……そうですね」
お兄様の話を聞く限り、確かにアリスは条件に合うのだろう。
私としても、アリスが妹……いや、義姉になってくれるのは嬉しい。
「でも……アリスにとって負担になるのが、心配です」
「それは家が? それとも、私?」
「家がです。筆頭貴族というのは王家の次に偉い家なのでしょう?」
筆頭でなくとも、公爵家というのは爵位の中で一番上だ。
他の貴族のことをよく知らないけれど、私が生まれた伯爵家と、このロンベルク公爵家とでは屋敷の大きさや使用人の数など、あらゆるものの規模や格が違うことに引き取られた当初はとても驚いた。
田舎の子爵家出身のアリスから見たらますます別世界なのだろう。
「そう? でもリナだってすぐにこの家に馴染んだし、これからは王太子妃になるんだろう。母上が言っていたよ、アリスもリナと同じように教えたことは吸収も上達も早いって」
お母様がことあるごとに……さりげなくアリスに作法やこの家のことを教えていたのを思い出した。
――あれはもしかして、花嫁教育だったのか。
「リナだってアリスが家族になったら嬉しいだろう」
「……それは、嬉しいですけれど」
「だからリナもアリスが私に心を開くよう、協力してね」
アリスが見たら卒倒しそうな綺麗な笑顔でお兄様は言った。