04
「アリス! ちゃんとユリウスを見て!」
優雅な音楽を伴奏にお母様の声が響く。
「ほーら、余計な力を入れないの! ユリウスもしっかり支えて!」
「でもアリスが逃げるから……」
「それを上手くリードするのが男性の役目でしょう!」
「……ロンベルク夫人は意外と熱血なのだな」
私の隣でエルネスト様がぽつりと呟いた。
「お母様はダンスに関してはとても厳しいんです」
私も習いたての頃はそのスパルタ教育に泣きそうになったこともあったのよね。
「そうか、リナのダンスが美しいのは夫人の熱血指導のおかげだったのだな」
逃げ腰のアリスとお兄様に指示を出すお母様を見ながら、エルネスト様は楽しそうに目を細めた。
ダンスの練習を行っていると、突然エルネスト様の来訪が告げられた。
本来ならば王太子の訪問ともなれば何日も前から先触れがあるものだが、『視察が予定より早く終わったからリナの顔が見たくて寄ってみた』とふらっと現れたのだ。
とり急ぎ私が出迎えたのだが、お兄様たちがダンスの練習をしていると聞いたエルネスト様にそれを見学したいと言われ、ホールに案内したのだ。
「しかし、アリス嬢は選考会の時はもっと上手に踊っていたはずだが」
「ええと……お兄様を前にすると緊張してしまうそうで。意識し過ぎてしまうんです」
「それは、私は男として意識されていなかったということかな」
……そういえば殿下と踊った時のアリスは相手の目をしっかりと見て堂々としていた記憶がある。
「そ、そう言う訳ではないと……」
「私よりも君の方が大切なようだし。アリス嬢は面白いね」
お兄様だけでなくエルネスト様にまで面白いと言われてしまうアリスは……確かに貴族令嬢らしくないところも多いけれど。
(ゲームのヒロインらしいといえば、らしいのよね)
緊張しながらも徐々にお兄様との息が合ってきたアリスを見ながら、私は心の中でため息をついた。
「さすが殿下は素晴らしいですわ」
せっかくだから自分もダンスの指導をしてもらいたいとエルネスト様が口にし、私とエルネスト様も踊ることになった。
お母様の言う通り、さすが王太子殿下。
そのダンスは優雅で非の打ち所がなく、リードもとても上手い。
「あとはリナと練習を重ねて互いの癖を知り、もっと息が合えば完璧ですわね」
「そうか、では王宮での教育にダンスの時間も入れよう。リナ、それでいい?」
「……はい」
やることが増えるのか……と少しげんなりしたけれど、パーティーでは主役である私たちがファーストダンスを踊る。
だから練習しておくのは大事よね……。
「リナはお妃としてやっていけそうでしょうか」
ダンスの練習後、皆でお茶をすることになった。
お母様がそう尋ねると殿下はにっこりと笑顔を浮かべた。
「ええ、もちろん。リナはとても素晴らしいご令嬢ですね、ロンベルク家が大切に育てたのが伝わってきます」
「まあ。ありがとうございます。けれどこれまでほとんど外に出たことがなかったリナがまさか殿下の婚約者になるなんて。本当に驚きましたわ」
ほう、とお母様はため息をついた。
私もこうなるとは思ってもいなかったけれど、家族はもっと驚いただろう。
――彼らにとって、私はいつまでも庇護すべき弱い存在だったのだろうから。
「リナは社交の経験がなかったと思えないくらい、堂々と振る舞えていますよ」
お母様に笑顔でそう答えると、エルネスト様は私に視線を向けた。
「お妃教育を施す教師たちや、母もリナのことを褒めています。とても優秀だと」
……面と向かって褒められると照れてしまう。
顔が熱くなるのを感じた。
「まあ、それは良かったですわ。……リナももう一人前なんですね」
感慨深げに、そして嬉しそうにお母様は微笑んだ。
「息子の婚約者候補も見つかりましたし、これで少しは親として安心できますわ」
「ユリウス殿の婚約者ですか」
「ええ」
笑顔のまま、お母様は視線をアリスへと移した。
「こちらのアリスがお嫁に来てくれたらと思っておりますの」