03 新しい名前
目覚めた時には全てが変わっていた。
広くて明るく清潔な部屋、ふかふかで温かな布団。
そしてとても滑らかな手触りで、可愛らしい夜着。
それらは私には決して与えられたことのないものだった。
「おはよう」
ベッドに上体を起こした状態で、侍女だろう、お仕着せを着た女性が淹れてくれた温かくて美味しいお茶を飲んでいると、黒い瞳の少年が部屋に入ってきた。
ベッドの傍の椅子に腰掛けると少年は私に笑顔を向けた。
「今日から君は、僕の妹だよ」
「……いもうと?」
「そう。もう君の家族はあの家の人間じゃない。ここが君の家で、僕たちが君の家族だ」
少年によると、教会で倒れていた私の極端に小さくて細い身体や身体に残る虐待の跡を見て、私の身に起きていたことを察したらしい。
父親とどういう話があったかは分からないけれど……私はこの家の養子となることが決まったそうだ。
「昨日はユリアの命日でね、教会にお祈りにいったんだ」
「ユリア……?」
「僕の妹。病弱で、去年死んでしまったんだ……生きていれば君と同じ歳だったんだ」
少年は寂しげに目を伏せた。
妹が亡くなったあと、家族は悲しみの中に沈んでいたのだという。
一年経って、ようやく前を向いていこうとなり、少しでも不幸な子供を救いたいと養子を取る話になったそうだ。
昨日は教会へ行ったあと、その件で孤児院にも行く予定だったという。
「あの時、僕はユリアの声が聞こえたような気がしてその声を追って行ったんだ。そうしたら倒れていた君を見つけたんだよ」
少年は言った。
「きっとユリアが導いてくれたんだね、自分の代わりにこの子を幸せにしてあげてと」
「しあわせ……」
それは自分には縁のない言葉だと思っていた。
「それでね、君の名前も決めたんだ」
「なまえ?」
「勝手に決めてごめんね。名前がないと養子の手続きができないっていうから」
少年は私の手を握った。
「君の名前はリナだ」
「リナ……」
「そう、君はリナ・ロンベルクだよ」
その名前を聞いた瞬間。
私の中に大量の記憶がなだれ込んできた。
「リナ?」
少年が訝しげに首を傾げた。
「どうしたの? 名前、気に入らなかった?」
「あ……いいえ」
渦を巻くように、頭の中でぐるぐると二十年分の記憶が回る。
「びっくり、して。なまえ……うれしいです」
それだけ言うのがやっとだった。
「良かった、よろしくねリナ」
そう言って私の兄となったユリウス・ロンベルクは満面の笑顔を見せた。