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38 覚悟

「お兄様!」

「リナ、元気そうで良かった」

部屋を訪れたお兄様に駆け寄ると強く抱きしめられた。


お兄様と会うのは、先日お見舞いに来てくれてから約十五日ぶりだ。

もっと久しぶりのような気がするのは……これまでの間に色々なことがあったからだろうか。

今日はコゼットが私を襲おうとした件の処罰について王宮で話し合いがあり、その足でお兄様は私に会いに来てくれたのだ。



「お父様とお母様はお元気ですか」

並んでソファに腰を下ろして私は尋ねた。

「ああ。毎日リナを心配しているよ。父上もここに来たがっていたんだけど、まだ今回の始末の件で陛下と話があったからね」

「……それで、どうなったのでしょう」

「ヴィトリー伯爵夫人と娘コゼットは修道院に入ることが決まった」


「……そうですか」

「罪を犯した貴族の女が入る修道院でね、戒律がとても厳しいんだ。罪を悔い改めることができれば出られることになっているが、まあ難しいだろうね」

お兄様はため息をついた。

「陛下たちの前でリナにしてきたことを全て明らかにされたというのに、あの二人は最後まで悪態をついていたから」

容易に想像できてしまい、苦笑する。

「それから伯爵は、伯爵位及び領地や屋敷の没収となった。子爵位は残したから今後は地方の一領主としてほそぼそと生きていくことになるだろう」

「……そうですか」

血の繋がりのある人のはずなのに、他人事のように聞こえてしまう。

もう私にとってはあの家でのことは全て終わったことなのだろう。



「――その元伯爵からこれを預かった」

お兄様は私の手を取り、手のひらを上に向けると何かを乗せた。

「これは……」

金色の台座に縁取られた、白地のカボションに、薄紫の花の絵付けがされたブローチだった。

「ライラック……」

「前伯爵夫人の唯一の持ち物だそうだ。他のものは後妻が売り払ってしまったが、これだけが残っていたそうだ」

両手でブローチをそっと握りしめる。

お母様の……唯一の形見。

これだけでも残っていたのは……少しでも、あの人にお母様への情があったからだったら良いのだけれど。


「そのブローチは、王妃様が贈ったものだそうだ。それを見て泣いておられたよ」

「王妃様が……」

「リナ。王妃様と会ったそうだね。母親とそっくりだったと言っていたよ」

お兄様はにっこりと笑って言った。

「……ええ、お茶会に呼ばれました」

「それに、リナがお妃になると決まったと聞いたのだけれど?」

――あ、これは笑顔だけれど怒っているわ。



「確かにリナは立派な淑女に育った。でも私たちはリナをお妃にするつもりで育てていたわけではないからね」

「お兄様……」

「王妃など重圧だよ。立ち振る舞いが立派なだけで務まるものでもない。リナにはこれ以上辛い思いはさせたくないんだ」

厳しさの中に優しさがある眼差しが私を見つめた。


ボロボロだった私がここまでになれたのは、公爵家の人たちが私を大切に育ててくれたからだ。

――多分、彼らにとって私はいつまでも保護すべき立場なのだろう。

けれど私ももう十七歳。

貴族の人間として私にできる役目があるのならば、果たしたいと思うしすべきだと思う。


「お兄様。確かに私には荷が重いことなのかもしれません。けれど、私を望んで、期待して下さる方がいるのなら、私はそれに応えたいと思っています」

「――それは、お妃になると決めたということ?」

「はい」

私は頷いた。

「私はこれまでお兄様たちに守られて生きてきました。ですから今度は、私が他の方のお役に立てるようになりたいんです」



昨日、アリスと殿下の告白を聞いて考えた。


前世では就職することなく死んでしまった。

将来の明確な目標はなかったけれど、やってみたいことは沢山あったのに叶うことなく終わってしまった二十一年の人生。

――妹を庇って死んだことは後悔していないけれど、心残りがなかったわけではない。


だから、今世では。

せっかくゲームのような破滅から逃れられたのだから、私は私にできることをやってみたい。

亜里朱が願い、女神が新たに与えてくれたこの命を自分のためだけでなく――私を望んでくれる人たちのために使いたい。

そう思ったのだ。




「役に立ちたいと思うのは立派だよ。でもねリナ、お妃になるということは王太子殿下と結婚するということだと分かっているのかい」

ふとお兄様は真顔になった。

「リナは、殿下のことを好きなのか?」


「え……えと」

かあっと顔が熱くなる。

「あの……」

「ここに来てひと月も経っていないし、殿下とも数えるほどしかお会いしていないのだろう」

お兄様は手に力を込めた。

「それでもリナは、殿下と結婚しお妃になる覚悟はあるの?」



お兄様の言う通り、私は未だ……そして殿下も、互いに相手のことをよくは知っていない。

殿下に対する気持ちも……恋心だとは思うけれど、まだそれは、例えばソフィア様がニコラ殿下に抱くものに比べれば、ずっと淡いものだろう。

――それでも。


「はい。私は……殿下の支えとなりたいと思っています」

お兄様を見つめて私は答えた。

「それはリナの意思?」

「はい」

私を運命だと言ってくれた殿下の支えになりたい。

そして……何よりも、私が殿下の側にいたいと、そう望んでいるから。




「――リナは、いつまでも子供だと思っていたのだけどね」

ふとお兄様の眼差しが緩んだ。

「でもね、お妃になるということは本当に大変だよ」

「はい」

「挫けたらいつでも戻ってきていいんだからね」

「……ありがとう、お兄様」

抱きしめられ、私も背中に手を伸ばす。


優しいお兄様。

お兄様だけでなく、お父様もお母様も。

皆優しくて……大好きな家族。


「お兄様。四年前に教会で私を見つけてくれてありがとうございます」

ここはゲームの世界だけれど、ゲーム通りの展開になるとは限らない。

あの日、お兄様に助けて貰えなかったら、私は前世を思い出すこともなく、あの家からも抜け出せず死んでいたかもしれない。


「――私たちも、リナの存在に助けられたんだ。ありがとうリナ」

子供の頃のように頭を撫でられて、くすぐったく感じながら私はお兄様の胸に顔を埋めた。

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