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37 運命の人

「殿下……」

「失礼。アリス嬢、具合はどうかな」

「は、はい。あのっ、もう大丈夫です」

「本当に?」

部屋の入り口に立っていた殿下は、ベッドの上のアリスの答えに眉をひそめた。


「……動かなければ、です」

「そうか。傷は軽かったからいいけれど、女性が自らを盾にするのは感心しないな」

そうよね、危なすぎるわ。

間違えたらアリスは死んでいたもの。


「リナ、君もだ」

頷いていると殿下のやや低い声が聞こえた。

――そういえば私もアリスを庇って怪我をしたのだっけ。


「リナ、君はこれから守られる立場になる」

肩に殿下の手が乗った。

その温かさと大きな手の感触にドキリとする。

「間違っても、身体を張って誰かを守ろうなどと考えないように」

殿下の言葉に今度はアリスが頷いている。


「二度と自身が盾になろうと考えないように、いいね」

「……申し訳ありませんが、それはできません」

「リナ」

「考えなくとも、身体は勝手に動きます」

前世も、アデール様のときも。

あの瞬間、自身を盾にするしか出来なかったのだから。

今後またアリスが危険な目にあうことがあったら……その結果、彼女がまた苦しむと分かっていても。

私はまた助けようとするだろう。


「そうだ、こういう人だった……」

ため息とともにアリスが呟いた。

「こういう人?」

「殿下、リナ様は咄嗟の時に動けなくなるのではなく行動する人です」

殿下を見つめてアリスは言った。

「きっと万が一の時は殿下の盾になろうとするでしょう。それを心に留めた上で……どうか、リナ様をよろしくお願いいたします」

アリスは深く頭を下げた。



「アリス……」

「――君は、ずいぶんとリナのことを知っているのだな」

「はい。リナ様は私の大切な人ですから」

顔を上げるとアリスは笑顔でそう言った。

その顔に『亜里朱』が被って見えて胸が熱くなった。


「そうか。少し妬けてしまうな」

「え?」

殿下は私へと視線を移した。

「君たちには強い信頼関係があるようだ。前から知り合いだったのか?」

私はアリスと顔を見合わせた。

――この離宮に来るまで引きこもり状態だった私と、田舎に住んでいて今回初めて王都に出てきたアリスが知り合うことはあり得ない。

かといって前世のことを話すのも……。


「え、ええと……」

「運命の出会いなんです!」

口ごもっているとアリスが代わりにそう言った。

「運命?」

「はい。初めて会った時にこの人だってビビッときました!」

「――へえ。奇遇だな、私もリナに初めて会った時に同じように感じたよ」


……ん? 何か殿下とアリスの間に……剣呑な雰囲気があるような?


「リナ。長くいるとアリス嬢も疲れるだろうから我々は引揚げよう」

「あ……はい」

殿下に促されて私は立ち上がった。

「うわーヤキモチ。意外に器が小さい?」

……アリスの呟きが殿下に聞こえていないかハラハラしながら私はアリスの部屋を出た。





「明日、ロンベルク公爵立会いで今回の件の裁判を行うことになった」

殿下の言葉に身体が強張った。

「そうですか……」

「最終的な懲罰は明日決まるが。リナはどう望む?」

「私……ですか」

望み? コゼットをどう裁くかということ?


「……今の可能性としては、どうなるのでしょう」

「修道院行きか、当人の態度次第では極刑もあり得るな」

「極刑……ですか」

「殺人未遂だからな。それに君が十二年間受け続けてきた分もある」


「――死ぬのは一瞬です。それで罪が償えるとは思えません」

私は首を振った。


「つまり、生きて償えと?」

「罪を抱えて生きることは辛いと思います」

この世界に生まれてからの私がそうだったように。


「そうか。分かった、君の意見も考慮しよう」

そう言って殿下は私の手を取った。

「リナ。明日公爵に会ったら、少し早いが君を妃に選ぶと伝えようと思っている」

「……それは」

「君の気持ちを無視して進めてしまうのは申し訳ないが……私はもう君に決めている」

大きな両手が私の手を包み込む。

「リナ。どうか私の妃になって欲しい」


「……どうして私なのですか」

「先刻アリス嬢も言っていただろう、初めて会った瞬間にこの人だと思ったと」

私を見つめる紫色の瞳には熱が宿っていた。


「君に会うまで、私には感情というものが良く分からなかった。けれどたった一目、君を見たあの時から、私の世界に温かさを感じるようになったのだ。リナ、君が私に人の心をくれたんだ」

「殿下……」

「リナ。私の運命の人」

紫の光が視界から消えると、頬に何かが触れる感触があった。

……それが殿下の唇だと気づき、かあっと全身が熱くなる。


「リナ。君は私をどう思っている?」

(ひゃあっ)

耳元に殿下の息がかかり、心の中で悲鳴をあげた。

前世も含めて男性経験なんてないのだ……こういうのは免疫がないのでやめて欲しい。


「ど、どうって……」

「君は私に運命を感じてはくれていないのだろうか」

耳に! 息……じゃなくて唇が触れてる!


「う……運命かは分かりませんが……」

「が?」

「殿下は……ええと、殿下にお会いすると、ドキドキしてしまいます。お妃にと望んでいただいて……嬉しく思います」

家族やソフィア様たちとはまた違う、熱を伴うこの感情に名前をつけるならば……恋心なのだと思う。


「そうか」

殿下の手が肩に回るとそのまま抱きしめられた。

「良かった」

安堵のため息と共に漏れた、その言葉と声が、嬉しくて。

そっと殿下の背中へ私も手を伸ばすと、さらに強く抱きしめられた。

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