35 作戦と結果
そうして亜里朱はアリスとして転生した。
最初から前世の記憶を持っていたけれど、選考会が始まるまでアリスにできることは何もない。
アリスが暮らすのは農地が広がる田舎の領地で、王都の情報はほとんど入ってこない。
本当にここがあのゲームの世界か不安だったけれど、十七歳になりお妃選考会の招集状が届いた。
ゲームの舞台となる離宮にいたのはゲームに出てくるそのままの人たちだった。
だだ一人、リナは明らかにゲームと異なっていた。
ゲームのリナはキツい顔つきの、いかにも我儘な少女だったが、部屋の上座でソフィアと会話を交わしているリナは、とにかく可愛らしい少女だった。
(ああ、お姉ちゃんだ)
顔立ちは変わっても、笑顔は同じだった。
きっと姉も前世の記憶を持っているのだろう、そのおかげで性格はゲームのリナと異なっていたようだ。
驚いたことに、リナは既に王太子エルネストに見初められていたようだった。
この二人が接触していたなんて情報、ゲームにはなかったはずだが……リナの中身が変わったことで色々と変化しているのだろう。
しかもソフィアもリナをお妃候補として推しているようだった。
さらに、ゲームではリナは伯爵家から公爵家へ養女に出されたことになっていたが、それが孤児院から引き取られたことになっている。
(作戦変更しなきゃ)
予定では、アリスとしてゲームを攻略しつつ、毒混入事件そのものを阻止するか、リナに冤罪が及ぶのを防ぐつもりだった。
けれどアリスは自分がお妃になるつもりはなかった。
田舎の領地で平民と混じりながら生きてきたアリスが王妃など、務まる気もしない。
だからほどほどに好感度を上げて、リナを守るためにエルネストからの信頼を得る予定だった。
(でもお姉ちゃん……リナ様がお妃になれるならば、その方がいいよね)
リナは立ち振る舞いも知識も、候補者の中で一番優秀だった。
エルネストと踊る姿はまるで絵画のようだった。
リナを見つめるエルネストの眼差しから、彼がリナを本当に好いているのだと感じた。
だからアリスは、リナに近づくことにした。
立食パーティーで、ケーキを前に目を輝かせている姿は里奈そのものだ。
相変わらずチョコ好きなリナと、前世のようにスイーツの話で盛り上がる。
それは里奈が死んでから初めて感じた充足感だった。
(ああ……早く私が亜里朱だって、名乗れればいいのに)
女神との約束だった。
亜里朱と知られてしまえば、何かあった時にまたリナはアリスを庇おうとするだろう。
それでは同じことの繰り返しでまたリナは罪を負ってしまう。
今度はアリスがリナを守るのだ。
そう思っていたのに。
リナはアリスを、アデールの扇子から庇ってしまった。
『顔を打たれて痕が残ってしまったら大変でしょう』と、見舞いにいったアリスにリナは言った。
背中ならば見えないからと。
そう言うリナの背中は傷だらけだと、アリスはゲームの知識で知っている。
――罪を消すためとはいえ、それを知らずにリナは十二年間も虐待を受け続けてきたのだ。
次こそ、必ずリナを守らなければ。
そう決意して臨んだお茶会。
ゲーム同様、誰かに毒を盛るのだと思っていた。
けれど注意して見ていたコゼットの、ドレスの間から銀色に光るものがあるのに気づいた。
その刺すような視線の先にいたのは。
(お姉ちゃん!)
咄嗟に身体が動いた。
リナに近づこうとしたコゼットの前に潜り込む。
直後背中に走った衝撃と痛み。
意識が遠のきながらも見上げた黒い瞳に、姉の面影を見て。
無意識に何か呟きながらアリスは気を失った。