34 亜里朱
目の前で姉の里奈が自分を庇い、死んだ日から亜里朱の世界から色が消えた。
何も楽しくない。
何も美味しくない。
どうして。
どうして、姉は自分を助けたのか。
どうして、一人死んでしまったのか。
分かっている、姉はそういう人間だ。
余りにも姉が好きすぎる亜里朱が付き纏いまくっても嫌な顔ひとつせず、『あんなシスコン放っておきなよ』という友人の言葉に『私もシスコンだもの!』と笑顔で返す姉。
家でも外でも妹を優先する里奈が、その妹の危機に自分の命を張るのは当然だった。
(でもね、私だけ生き残っても……意味ないんだよ、お姉ちゃん)
あのトラック事故で亜里朱も怪我を負った。
けれどそれは擦り傷とむち打ちくらいで、すぐに治るものだったが、心の傷は一生消えなかった。
亜里朱が死んだのは三十一歳の時だった。
それは十二年前に里奈が死んだのと同じ駅前だった。
姉の時同様、暴走する車から親子を守ろうとしてはねられた。
(ああ……お姉ちゃんとお揃いだ)
ぼんやりとそんなことを思いながら意識を失った亜里朱は。
気がついたら真っ白な空間にいた。
「え……?」
周囲を見渡し、自分の身体を見回す。
怪我はしていないようだ。
「何ここ……死後の世界?」
混乱する亜里朱の目の前に、ふわりと金色の光が現れた。
『可哀想な子。あなたに幸せな人生をあげましょう』
女神と名乗った金色の光は、亜里朱を生まれ変わらせると言った。
物語の世界でもどこでも、亜里朱が望む人物に転生させられると。
(そんなの……決まっている)
「私ではなくて、姉にあげてください」
自分を庇って死んでしまった姉に、幸せな人生を。
『それはできません』
「どうして」
『あなたの姉は罪を犯したから』
「罪?」
『あなた方を十二年も苦しめるという罪を』
「そんなの……! それは罪ではありません!」
里奈は何も悪くない。
妹の命を守っただけだ。
罪というならば、姉の死をいつまでも引きずる亜里朱にあるはずだ。
『それでも、自分の命と代償にあなたを苦しめつづけたことで、彼女の魂は汚れてしまっている』
だから里奈は幸せにはなれないのだと。
「そんなの……おかしいです!」
どうして姉だけが罪を負わなければならないのか。
「どうにかならないのですか!」
金色の光は思案するようにくるくると回った。
『そうですね。ならばあなたを苦しめた十二年、彼女も苦しむ。その後ならば幸せになれるかもしれません』
「十二年……」
里奈が死んでからの年月を思い返す。
そんなに長い間、姉が苦しむ? そんなことさせられない、けれどそうしないと……。
(十二年……何か、あったような)
その数字に何か思い出しそうになり、必死に考えて。
思い出した。
昔、姉と散々攻略した――自分たちと同じ名前の登場人物が出てくるゲームの存在を。
「物語の中に生まれ変われるのなら、ゲームでもいいのですか?!」
あのゲームに出てくる『リナ』は、十二年間虐待を受け続けるのだ。
そのリナは最期には自死してしまうが、それを亜里朱がアリスとして、その前に助けることができれば。
『分かりました』
亜里朱の計画を話すと金色の光はそう答えた。
『ならばあなたがたを、そのゲームの世界に転生させましょう。そのリナの運命が変われば姉の罪も消えるでしょう』
言葉とともに亜里朱の身体が金色の光に包まれた。