32 運命のお茶会
「お嬢様、いかがでしょう」
「ありがとう。とても素敵だわ」
鏡に映る自分を確認してから、私は鏡越しに侍女に笑顔を向けて満足していることを伝えた。
今日は緑色のドレスを選んだ。
上半身には白や金糸で編んだレースがふんだんに使われていて、ドレスと同色のエメラルドのネックレスをつけても単調にならない。
上品で大人びた雰囲気の装いが、小柄で幼く見える私に似合うか不安だったけれど、そこはさすが我が家の侍女。
髪を結いあげて上手くバランスを取ってくれた。
今日はとうとうお茶会当日。
ゲームと現実は違うとは分かっていても、やはり不安になってしまう。
(大丈夫……私は悪役令嬢じゃない)
自分に言い聞かせて、私は迎えに来た護衛のマチューと共に会場である食堂へ向かった。
いつもなら中央に並ぶテーブルは片隅へ置かれ、その上には菓子や茶器が並んでいる。
他の令嬢たちは既に集まり、会話を楽しんでいた。
「リナ様」
ソフィア様に声をかけられそちらへ向かう。
「今日のドレスも素敵ですわ」
「ソフィア様も。とてもお似合いです」
青いドレスに身を包んだソフィア様は、女神のような美しさだ。
(さて……ゲームでは誰が毒を盛られたのだろう)
それはこの選考会が始まってから気になっていたことだった。
ゲームでは令嬢の一人が倒れたあと、すぐにコゼットが騒ぎ出してその間に令嬢は運ばれてしまうので、名前が分からないのだ。
誰なのかが分かればその人を見守るなり、逆に近づかないなり対策が取れるのに。
(とりあえず……ソフィア様の側にいよう)
単独行動をすれば、万が一疑われた時に否定しにくくなる。
しばらくソフィア様と談笑していると、殿下の到着を告げる声が響いた。
胸元に二輪の王家のバラを挿した黒のフロックコート姿の殿下が姿を現した。
髪を後ろに撫でつけ額を出したその顔はいつにも増して凛々しく見える。
(わあ、本物!)
何度か殿下とはお会いしているけれど、ゲームの画面と同じ姿を見るとミーハー心が出てしまう。
――やはりここはゲームと同じ世界なのだと改めて思い出して緊張と不安を覚えた。
殿下は室内をゆっくりと歩きながら、令嬢たちと会話をしていく。
一通り話を終えると最後に私たちの前に立った。
「リナ嬢。ここでの生活は慣れたかい」
「はい」
殿下の言葉に私は頷いた。
「皆様のおかげで充実した日々を送らせていただいております」
ここに来るまで不安だった。
それまで家族以外の貴族と接することはなかった私に交流ができるのかと。
けれどソフィア様を始めとして、何人もの令嬢と親しくなることができた。
王妃様にもお会いして、実の母親のことを知ることもできた。
そして……ゲームの中の住人と思っていたエルネスト殿下とお会いできた。
殿下からのお気持ちは……まだ自分の中では消化できていないけれど、嬉しいと思っている。
「それは良かった。リナ嬢は審査官たちからの評判が最も高く、私も貴女の振る舞いを好ましく思っている」
そう言って殿下が胸元のバラに手をかけると、周囲からキャア、という声が聞こえた。
「どうか残りの日々も、貴女が充実して過ごせるよう願っている」
「ありがとうございます」
ゲームとは台詞が違うのね、と思いながら私はバラを受け取った。
そして言葉が違うことを嬉しく思っていることに気づいた。
――そう、ゲームの台詞はヒロインに向けられるものだから。
私のための言葉が嬉しかった。
「そしてソフィア嬢。貴女も妃としての素質が素晴らしいと評価を得ている」
殿下はソフィア様に向くと、もう一輪を差し出した。
「光栄ですわ」
バラを受け取りソフィア様は微笑んだ。
(そうか。ソフィア様も他の人たちからお妃に相応しいと認められることで、ニコラ殿下のお妃に近づけるんだ)
殿下の言葉を聞いて、どうしてソフィア様にもバラを渡したのか理解した。