31 提案
ソフィア様の部屋に入り、最初に目を引いたのは花瓶だった。
そこにはライラック、そして王家のバラが飾られている。
「王妃様からですか」
「ええ」
「このバラも?」
「それは……」
ソフィア様の頬がバラと同じ色に染まった。
「……明後日のお茶会で、エルネスト殿下はバラを最初にリナ様、次に私に下さるそうです」
「二人にですか?」
「ええ。一応私が第二候補ということで。そうしたらニコラ殿下が、それならば兄よりも先に渡したいと、下さって」
「まあ。素敵ですわ」
そうね、自分が好きな人に先に花を渡されるのは嫌だと思う。
穏やかそうなニコラ殿下が嫉妬する姿は……ちょっと可愛いかもしれない。
思わず頬が緩んだ。
「王妃様に、ニコラ殿下とのお話はされたのですか」
「ええ。リナ様に言われたように、私がニコラ殿下の妃になることが国益になると思ってもらえるよう頑張ります、と。そうしたら王妃様がそれはいい考えねと仰って、あのライラックをくださったの」
ソフィア様は花瓶に視線を送った。
「――リナ様によく似た、王妃様のご友人のお話も聞きました」
「……それは」
「王妃様たちのように、私とリナ様も相手を思いやり互いに支え合える仲になって欲しいとの願いを込めて、花をくださいました」
「……そうですか」
「先程のアデール様とのお話ですが。元の家族のお顔を覚えていないというのは本当なのですか?」
「ええ」
私は頷いた。
「……父親は決して私と関わろうとしませんでしたし、他の者と視線を合わせると打たれましたから」
ソフィア様が息を呑む音が聞こえた。
「私を産んだ母親はすぐに亡くなったそうですし……本当に、私の家族は今の家族だけなんです」
私は視線をライラックへと向けた。
「王妃様は亡くなった友人を今も大切になさって下さっていますが。私は……実の母親のことを思うこともありませんでした」
養子になるまで実の母親のことを知らなかったからかもしれない。
それでも……薄情だと思う。
「リナ様」
ソフィア様は私の手を握りしめた。
「それは、リナ様が今のご家族にとても愛されているからですわ」
「ですが……」
「王妃様も仰っていました。リナ様がよい所へ養女に貰われて、本当に良かったと」
「王妃様が……」
「それから、親の願いは子供が幸せになることだと。ですから、リナ様が前の家族を忘れるくらい幸せならば、きっとリナ様のお母様も喜んでおられますわ」
「……ありがとう、ございます」
目元に涙が滲むのを感じながら私はソフィア様の手を握り返した。
本当に、お母様は喜んでくれるだろうか。
自分よりも、血の繋がりのない人を母親と慕う、この薄情な娘を。
「それで殿下たちと話し合って、今後婚姻制度の改革をしていこうとなりましたの」
「改革?」
ソフィア様の言葉に首を傾げた。
「確かに政略結婚は必要ですけれど、それによって不幸な人が出るのも現実。ですから、望まない者への救済措置を用意したいと。王妃様も協力してくださるそうですわ」
「それは素晴らしいですね」
そうなれば、私のように虐待される子供も減るだろうか。
「他にも今の制度で改善すべきところがないか、有望そうな貴族子息も交えて話し合っていこうと。私もそれに参加させていただくんです」
ソフィア様は微笑んだ。
「そうやって、私がお妃になることを認めていただこうと。リナ様のご提案を受けて皆で考えた結果ですわ」
「まあ。頑張ってください」
ソフィア様ならばらきっとすぐに認めてもらえるだろう。
「あら、他人事ではありませんのよ」
「え?」
「そもそもの発案者であるリナ様にも参加していただきますわ。国の未来を既に考えておられるリナ様は、本当に王太子妃に相応しいと王妃様も喜んでおられましたの」
ソフィア様は笑みを深めてそう言った。