30 噂
「リナ様。この後私の部屋に寄ってくださいませんか」
食堂での夕食後、椅子から立ち上がるとソフィア様が声をかけてきた。
「お話ししたいことがありますの」
「ええ」
おそらく昼間、王宮に行っていた件だろう。
私も話を聞きたかったので頷いた。
「リナ様」
廊下へと出ると声をかけられ、振り返った。
アデール様が、いつもの令嬢たちを連れて立っていた。
「アデール様。何か御用ですか」
私の前に一歩出たソフィア様が尋ねた。
あの扇子の件で謝罪を受けて以来、アデール様とはすれ違った時に挨拶を交わす程度の接触しかしていない。
――というか、ソフィア様やアリスたちが私を彼女と近づかないようにしているのだ。
あの件はもう謝罪を受けたし、アデール様も反省して改心したようだからもう気にしていないのだけれど、ソフィア様たちはまだ警戒しているらしい。
……どうも私の周囲の人たちは、私に対して過保護になる傾向があるようだ。
「リナ様に確認したいことがありますの」
「確認?」
「はい……それ次第ではまた謝らないとなりませんから」
「何のことでしょう」
「……リナ様の実のご両親が貴族との噂を耳にしましたので……前に私、卑しい者と言ってしまって……」
最後の方は声が小さくなりながらアデール様は言った。
(噂? そんなこと誰が……)
問いそうになって気づいた。
アデール様の後ろに立つ、半分血が繋がった存在に。
(まさか)
気づいている?
「それはどこからの噂かしら」
動揺が顔に出ないようにしていると、ソフィア様が尋ねた。
「どこから……というか、何度か耳にしましたわ。平民には見えないとか、貴族の血が流れているからお妃候補になったとか……」
(それは、私の見た目からそう判断したということ?)
ならばコゼットに知られたというわけではなさそうだ。
けれど……。
「孤児院には色々な事情でやってくる子がいますから、私も貴族の血を引いているのかもしれません」
アデール様を見て私は言った。
「けれど私は捨てられた身。元の家族のことは顔も覚えていません」
あの家では視線を合わすことすら許されなかったのだ。
「リナという名も今の家族がつけてくれました。たとえ私の実親が貴族であろうと、平民であろうと、私の家族はロンベルク公爵家だけですわ」
「……そうなのですか」
「アデール様。平民だから卑しい訳ではありません」
そう言うとアデール様ははっとしたように顔を強張らせた。
「貴族と平民は立場と役目が違うだけ。互いに尊重すべきだと、私は思います」
『私は』を強調してそう言った。
アデール様の価値観を否定するのもまた失礼なのだから。
謝罪ができたアデール様は元々優しい人だと思う。
ただ血筋に固執する貴族派という家で生まれ育ったため、どうしてもそういう考え方になってしまうのだろう。
「……そうですか」
「もうよろしいかしら、アデール様」
ソフィア様が私の背中に手を添えた。
「行きましょう、リナ様」
「ええ。失礼いたします」
アデール様たちに背を向けて歩き出す。
背中に強い視線を感じたような気がした。