29 女子会
「わあー!」
「可愛い!」
部屋に入った途端、四人の令嬢たちは次々に黄色い歓声を上げた。
今日は子爵三人娘とサロメ様を私の部屋へ招いてのお茶会だ。
以前アリスに話したように、私の侍女に王都オススメのスイーツを買ってきてもらったのだ。
サロメ様を呼んだのは、私が出られなかった講義のまとめをくれたお礼と、彼女も甘いものが好きだと知ったからだ。
頭を使うと甘いものが欲しくなるのよね。
本当はソフィア様もお招きしたかったのだが、今日は王宮へ出向いている。
王妃様から呼び出された、というのは建前で、殿下たちと今後についての話をするためだ。
テーブルの上に大量に並べられた色とりどりのスイーツは、あっという間に女子五人の胃袋に半分以上消えていった。
「どれも美味しかったー」
「まさか予約しないと買えない限定マカロンが食べられるなんて」
「初めて見るお菓子もたくさんあって幸せ……」
「……でも、食べすぎたかも」
アリスが俯くと自分のお腹を摘んだ。
「王宮のご飯が美味しすぎて……太った気がするの」
「私もー」
「そうなのよ! 帰ったら自制しないと」
「あら、勉強して頭を使えば太りませんよ」
「ええ……」
「それが出来るのはサロメ様くらいです!」
(ああ、懐かしいな)
前世でも友人たちとこうやって、お菓子を食べながらわいわい騒いだ――あの頃が懐かしい。
少し涙ぐみそうになるのを誤魔化すように、私はティーカップへと手を伸ばした。
「そういえば明後日のお茶会、また殿下にお会いできるわね!」
デボラ様の言葉に、カップを取ろうとした手が震えてカチャリ、と鳴った。
「この選考会が終わったら多分もう殿下を間近で拝見することはないから堪能しておかなきゃ」
「あら、もしかしたらデボラがお妃に選ばれるかもしれないじゃない」
「やだ有りえないから」
笑いながらそう答えたデボラ様の視線が私へ向けられた。
「お妃様には、きっとリナ様が選ばれますし」
「私?」
「皆言ってますよ、ねえ」
令嬢たちは皆頷いた。
「第一候補がリナ様で、第二候補がソフィア様だって。きっと明後日バラをもらえるのはリナ様ですよね」
殿下とのお茶会でバラをもらう。
それはゲームでも起きる『イベント』だ。
一番お妃に近い候補者が、殿下から直に『王家のバラ』を贈られる。
これまでのゲームプレイの成果が出る場面で、ここでバラを貰えなければハッピーエンドになるのは厳しいのだ。
そしてこのお茶会にはもう一つ重要なイベントがある。
――そう、リナが『悲劇の悪役令嬢』となる毒物混入事件だ。
(コゼットは……気づいているのかしら)
私が姉だということに。
四年前の、瘦せこけボロボロだった身体と比べると今はすっかり別人のようだ。
この紺の髪色も、黒い瞳も、そう珍しい色ではない。
あとは身元がバレそうなのは、二の腕の痣だけれど……あの頃は腕なんて痣だらけだったのだ。
彼女との接触はこれまで一度もない。
コゼットはいつもアデール様たち貴族派の令嬢と行動していて、視線が合うこともなかった。
(だから、多分大丈夫――よね)
「リナ様? どうなさいました?」
アリスが首を傾げた。
「あ……いえ、少し考え事を」
「何か心配事があるのですか」
気遣わしげな顔でアリスが尋ねた。
「……そうですね」
「リナ様は、お妃になるのはお嫌ですか?」
「え?」
アリスの言葉に、思わず彼女の顔を見つめてしまう。
ひどく真剣な顔でアリスは私を見つめていた。
「私にお妃が務まるかは分かりませんが……嫌、ではありませんわ」
この流れのままだと、私がお妃に選ばれるのだろう。
周囲はそう評価しているし、何よりエルネスト殿下がそう望んでいる。
殿下のことは……素敵な方だとは思うし、間近に接するとドキドキしてしまう。
これが恋心なのか、やがてそうなるのか分からないけれど、あんなに綺麗で素敵な人に好意を寄せられるのは正直、嬉しい。
政略結婚が普通の世界で、好意を寄せられて結婚できるのは幸せなのだろう。
それに自分が選ばれるのなら、立場的にも拒否はできないのだろう。
――そう、本当に選ばれるのなら。
ゲームと異なる部分は多いけれど、重なる部分も多い。
もしもゲーム通りに明後日のお茶会でコゼットが行動するならば、……その後のことは分からないのだ。
「まあ、務まるかだなんて」
「リナ様はきっと素晴らしいお妃になります!」
「……ありがとうございます」
口々に皆がそう言ってくれる中、アリスだけは不安そうに私を見つめていた。