28 ライラック
「まあ、見事ですわね」
部屋を訪ねてきたソフィア様が飾られた大きな花瓶に目を留めた。
そこにはこぼれそうなほど、みっしりと薄紫と白の小さな花弁を付けた枝が飾られ、周囲に甘い香りを漂わせている。
「ライラックですわね。どうなさいましたの」
「ええと……贈り物です」
「まあ、殿下から?」
「いえ……王妃様からです」
王妃様とのお茶会が中断し、殿下とお話をしてから部屋に戻ると、追いかけてくるようにこの花が届けられたのだ。
「王妃様から……そういえば王妃様専用の庭にはライラックが多く植えられていると聞きますわ」
「……そうなのですか」
ライラックの花言葉は『思い出』そして『友情』。
そして私の実母であろう、王妃様の友人『ライラ』と同じ名を持つ花。
(そこまで思っていて下さったの)
王妃様の心が伝わってくるようで、胸がじんわりと温かくなった。
「でもどうして王妃様から?」
ソフィア様が首を傾げた。
「……実は今日、王妃様からお茶に呼ばれました」
「まあ。もしかして王妃様にももう認められたのかしら」
「ええと……それが、殿下方も呼ばれまして。それで、私をニコラ殿下のお妃にどうかと」
「え」
ソフィア様の顔から表情が消えた。
「あ、あの。でもニコラ殿下が王妃様に説明すると言って……。それでその後、エルネスト殿下からニコラ殿下とソフィア様のお話を聞きました……」
「――そうですか」
ソフィア様は力なくソファに座った。
「ソフィア様……」
「……どうして、歳上に生まれてしまったのでしょうね」
ぽつりとソフィア様は呟いた。
「私は二年待つくらい、できるのに」
「……例外はないのですか」
「過去には身分違いの恋に落ちて、駆け落ちしたり王位継承権剥奪になった方がいたそうよ。だから当人の意志だけで決めさせるなというのが王宮の認識ね」
ソフィア様とニコラ様なら身分は問題ないはずだし、そもそもソフィア様は王太子妃候補として王妃様にも認められているのだ、素質は十分なはず。
ただ、年齢だけが問題なのだ。
(なんか……モヤモヤする)
婚約期間が一年くらいとして、前世の感覚だと二十三歳で結婚することは全く遅くはない。
それにこれがもっと年齢が離れていたなら仕方ないのかもしれないが、二年なのだ。
それくらい融通をきかせてもいいだろう。
「ソフィア様」
私はソフィア様の手を取り握りしめた。
「ソフィア様とニコラ殿下のことは、ご家族はご存知なのですか」
「……いいえ」
「ではソフィア様のお気持ちをご家族に伝えましょう。それから王家の方にも。ニコラ殿下とお二人で誠心誠意お伝えすれば、悪いようにはなさらないと思います。だってソフィア様は素晴らしいお妃になりますもの」
「リナ様……」
「ソフィア様がニコラ様のお妃にはならないことはこの国の損失になると認識させましょう。そうすればきっとお二人を認めてくれます」
ソフィア様を見つめて私は訴えた。
歳の差というデメリット以上のメリットがあれば、きっと認めてもらえる。
だって政略結婚なのだもの。
「……ありがとうございます、リナ様」
ソフィア様はようやくその頬を緩めた。
「そうですわね……。まずは私の気持ちを表さないといけませんわね」
「ええ」
私は大きく頷いた。
「政略結婚なのですから、ニコラ殿下のお妃にはソフィア様を選ぶべきなんです」
「まあ」
ソフィア様は笑顔を見せた。
「ありがとうございます、リナ様。心が晴れた心地ですわ」
「それは良かったです」
「ですがリナ様」
ふとソフィア様は真顔になった。
「それにはまず、リナ様がエルネスト殿下のお妃になることが前提ですわ」
「……え」
私がエルネスト殿下の――
王宮のティールームでのことを思い出し、また顔に血がのぼる。
「まあ、顔が真っ赤ですわ」
ソフィア様は再び笑顔になった。
「殿下のこと意識するようになりましたの?」
「え、いえ」
「先刻殿下とお話ししたと言っていましたわね。何か言われましたの?」
「……ええ、まあ……」
「――エルネスト殿下が『氷の王太子』と呼ばれていたことは知っておられます?」
ソフィア様の言葉に私は一瞬固まった。
ゲームの中ではその言葉は聞いたけれど、現実の殿下はゲームと違って冷たい雰囲気はない。
「以前のエルネスト殿下は、幼い頃から冷静で、私たちにも距離を取っていて。……だから私はニコラ殿下に惹かれたのですけれど」
一度目を伏せると、ソフィア様は私を見た。
「でも二年前のある時から雰囲気が変わって。不思議に思ってニコラ殿下と問いただしたら、『帽子の天使』に会ったと」
「帽子の天使……?」
「帽子と一緒に飛び出してきた、天使みたいに可愛い女の子に一目惚れしたのですって。恋は人を変えるというのは本当ね」
ふふと笑顔のソフィア様を見ながら、私は再び顔が熱くなった。
「私がニコラ殿下のお妃になるべきというなら、リナ様も王太子妃になるべきですわ。ならなかったらそれこそ国の損失ですもの」
私を見つめてソフィア様はそう言った。




