26 告白
ティールームの入口にエルネスト殿下が立っていた。
そしてもう一人、殿下と同じ紫色の瞳で殿下よりも年下に見える男性。
「あら、貴方たちもう来たの」
「母上……どうしてリナ嬢がここにいるのです」
「リナさん、あの子は下の息子のニコラ。十八歳になったばかりなの」
殿下の言葉を聞き流して王妃様は私に向かって言った。
「初めてお目にかかります。リナ・ロンベルクです」
私は慌てて立ち上がるとニコラ殿下に礼を取った。
「ああ、貴女が」
ちらとエルネスト殿下に視線を送り、ニコラ殿下は私に笑顔を向けた。
「決して社交の場に姿を現さないロンベルク公爵令嬢はどんな方かと噂になっていましたが。とても可愛らしい方ですね」
将来の王としての威厳を感じる、少し近寄り難い雰囲気を持つエルネスト殿下に対して、ニコラ殿下は顔立ちは似ているけれど親しみやすそうな雰囲気を纏っていた。
「そう、可愛いでしょう」
王妃様が私の腕を取った。
「ニコラ。リナさんを貴方のお妃にどうかしら?」
「は?」
三人の声が重なった。
「母上?! リナ嬢は私のお妃候補です!」
エルネスト殿下が声を上げた。
「貴方にはソフィアさんがいるでしょう。それなのに選考会などと言ってご令嬢方を一ヶ月も離宮に閉じ込めて。ソフィアさんの何が不満なの?」
「不満とかそういう理由ではありません」
「じゃあどうして断ったの」
「それは……」
「兄上」
言い淀んだエルネスト殿下に、ニコラ殿下が声をかけた。
「母上には僕から説明します。全て明かしますから、兄上はリナ嬢のお相手を」
「全てだと? しかし」
「――失礼します、兄上、リナ嬢」
何の話?
首を傾げている間に、ニコラ殿下は王妃様を促しながら部屋から出て行った。
お二人を見送ると、エルネスト殿下は私に椅子に座るよう促し、ご自身も腰を下ろした。
「母上がすまなかった。突然呼び出されて驚いただろう」
「いえ……。とてもお優しい方ですね」
「確かに優しい人だが、お節介なところがあって時折暴走するんだ」
暴走、とは私をニコラ殿下のお妃にと言ったことだろうか。
「突然私をお妃になどと言われては、ニコラ殿下も当惑してしまいますよね」
王妃様としては、私に良い嫁ぎ先を与えてくれようという配慮なのだろうけれど。
だからといってご子息の、王子様のお妃にとは。
「そうだな。ニコラはソフィアと想いあっているし」
突然の殿下の言葉に私は目を丸くした。
(え……ニコラ殿下が? ソフィア様と?)
お慕いしている方がいる、と言っていたソフィア様の顔を思い出す。
あれはニコラ殿下のことだったのか。
「……それを……王妃様はご存知ないのですか」
「誰にも言っていないだろう。当人たちも互いに口にしたりはしていないが、幼い頃から一緒だからな。あの二人の心は嫌でも伝わってくる」
視線を宙に向けてそう言うと、エルネスト殿下は再び私を見た。
「王族の婚約者は二十歳になった時の政治状況により決めることは知っているか?」
「……はい」
「ニコラが二十歳になった時、ソフィアは二十二歳。さすがにその歳まで公爵令嬢が婚約者なしという訳にはいかないからな、難しいんだ」
(あ……)
そうか、ソフィア様の方が歳上なのか。
貴族は高位になるほど政略結婚に重みが出るため、婚約者が決まるのが遅いというのは聞いた。
お兄様も二十一歳だが未だ婚約者がいない。
それはエルネスト殿下の婚約が決まってから、貴族間の勢力のバランスを考えて婚約者を決めるためだと聞かされていた。
それでも令嬢の場合は遅くても二十歳までには婚約者を決めるのが普通だ。
「おそらく、私の婚約者が決まればすぐにソフィアの婚約者も決まるだろう。ニコラが二十歳になるまで待つ時間はない」
「そう……なのですか」
そんな。だってソフィア様のあの表情は……きっとニコラ殿下のことがとても好きなのに。
(結ばれる可能性がとても低いって、そういうことだったの)
「どうにかならないのでしょうか」
「個人の気持ちだけで婚姻できるものではない。私にできることはソフィアと婚約しないことくらいだ。自分の想い人が兄と婚約するなど耐えられないだろうからな」
ソフィア様がエルネスト殿下と結婚したら……毎日のようにニコラ殿下と顔を合わせなければならなくなるだろう。
――それはとても辛くて苦しいことだ。
だからソフィア様と婚約しないように選考会を開いたのか。
「殿下もお優しいのですね」
弟君とソフィア様のためにそこまで動くなんて。
そう言うと、殿下は一瞬目を見開いて、すぐにその目を細めた。
「優しさというより、私にも下心があるからね」
「下心……?」
「二年前に教会で一度会ったきりの、名前も知らない少女が忘れられなくて。彼女を見つけるためにこんな大掛かりな選考会を開くのにソフィアには協力してもらったからね。お返しはしないと」
え、それって――
選考会を開いた理由は……私?
「リナ嬢」
驚いている私の手を殿下が取った。
「あの時、帽子を追いかけて現れた君を一目見て心を奪われた。だが見た目だけで妃を選ぶ訳にはいかないと、この十五日あまり君の能力や性格を見せてもらったが、王太子妃としての素質は十分だと判断した」
紫色の瞳が私を見つめる。
「リナ嬢。どうか私の妃となって欲しい」
顔中に血が集まるのを感じた。
――今、私の顔は真っ赤になっているだろう。
ゆっくりと、殿下は私の手を引き寄せた。
「あ、あの……」
「最終日に私は君を選ぶ。どうか断らないでくれ」
言葉と共に、手の甲に柔らかな感触が落ちた。