25 王妃
「本日の午後、王妃様よりお招きを受けております」
「――え?」
今日の予定を伝えにきたマチューの言葉が一瞬理解できなかった。
「本来ならばこの離宮から出ることは禁じられておりますが、さすがに王妃様のお招きは例外ですので」
差し出された、王家の印で蝋封された手紙を受け取る。
開くと繊細で美しい文字で私をお茶会へ招待すると書かれてあった。
「……どうして私に……」
「お嬢様! ともかく準備いたしましょう」
控えていた侍女たちに取り囲まれた。
「え、もう?!」
お茶会は午後からなのでは?
「王妃様のお茶会です。気合を入れて整えないと」
「やはり清楚さを全面に出さないとですよね。夜会の時は水色のドレスでしたから、今日は薄紫色にしましょう」
浴室へと連れ込まれ、午前中たっぷり時間をかけて肌を磨かれる。
昼用のドレスを身につけ、アクセサリーは小ぶりのものを。化粧は薄く。
夜会は華美を誇る装いをするが、昼のお茶会、しかも王妃様のご招待とあれば派手なものは禁止で、その代わり質の高さと品格を重んじるそうだ。
そうして身支度を整えられた私は、同じ敷地内にある王宮へと連れて行かれた。
「ようこそ、待っていたわ」
通されたティールームで待っていると王妃様が現れた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
立ち上がり、礼を取る。
頭を上げて視線を合わせると、王妃様は一瞬目を見開き、息を飲んだように見えた。
「……ロンベルク公爵も、こんな可愛らしいお嬢さんを隠しておくなんて酷いわね」
笑顔でそう言うと王妃様は席についた。
王妃様はとても優しかった。
緊張して上手く喋れない私の話をきちんと聞いてくれる。
笑顔を絶やさないその姿に、緊張が次第に解れていった。
「――それでね」
カップに三杯目のお茶が注がれ、侍女たちが離れるのを見て王妃様は口を開いた。
「貴女に聞きたいことがあるの」
「……はい」
「リナさんは養子になる前の、実のご両親のことはご存知なのかしら」
「実の両親、ですか」
何故そんなことを聞くのだろう。
――今は公爵令嬢とはいえ、身元不明の者がお妃候補になっているのが不安なのだろうか。
「……母は、私を産んですぐに亡くなったと聞きました。父は……多分、生きていると思います」
嘘は言っていない。
実父のヴィトリー伯爵が死んだと聞いたことはないから、多分生きているのだと思う。
「そう。――私には大切な友人がいたの」
突然、何の話だろう。
小さく首を傾げた私に王妃様は微笑んだ。
「四歳下で、妹みたいに可愛がっていたわ。私が王妃となってからは疎遠になってしまったけれど……。彼女はある伯爵家に嫁いで、娘を産んですぐに死んでしまったの」
王妃様のサファイアのような瞳が私を見つめた。
「その娘は病弱で四年前に亡くなってしまったと聞かされたわ。生きていれば貴女と同じ十七歳ね。それでね、その友人は貴女にそっくりなの」
「……それ、は」
「紺色のまっすぐな髪も、その大きな瞳の形も、唇も……。夜会で遠目から貴女を見たときは本当に驚いたわ、ライラが生き返ったのかと思ったの。傍で見ても本当によく似ているわ」
実母の名前も、その実家の家名も知らない。
私を産んだ人がどういう人か……正直、そういう人がいることを意識することがなかった。
私を産んだのが、私を虐めていたあの女性ではないことを知ったのは養子となってからだったし、今のお母様が私のことを実の娘のように可愛がってくれるから、実母を恋しいと思うことがなかったのだ。
「彼女は幸せな結婚が出来なくて、子供を抱くことも出来ず死んでしまって……」
王妃様は一瞬顔を曇らせたが、すぐにその表情を引き締めた。
「だからね、もしも彼女の亡くなったはずの子供がまだ生きているならば。私はその子に幸せになって欲しいの」
「……そう、なのですか」
「ねえリナさん。貴女だったら幸せになるために何を願うかしら」
(私の幸せ……願い?)
王妃様に見つめられ――私は思案した。
「私は……今の家族に沢山愛情を注いでいただいて、十分幸せです」
「ええ。公爵家が貴女をとても大切にしていることは聞いているわ」
「それに、私の知らないところで私の幸せを望んでくれていた方がいらっしゃる……これ以上の幸せは望めません」
王妃様を見つめて私は答えた。
娘の私でさえ顧みることのなかった実母を、思い続けてくれていた人がいる。
会ったことのない私にも、王妃様が十七年経った今でも彼女を慕い続けるくらいの人だったと伝わってくる。
……それは、実母にとって少しでも報いとなるだろう。
「まあ、リナさん!」
急に椅子から立ち上がると、王妃様は私へと駆け寄り抱きしめてきた。
「え、あの」
「そういうところもライラそっくりよ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ……苦しくて、切なくて。
涙が滲みそうになるのをキツく目を閉じて堪えた。
「母上。何をやっているのですか」
聞き覚えのある声が響いた。