01 孤独な少女
物心がつく前から、私は家族から虐待を受けていた。
母親と一つ下の妹から向けられる、罵声と暴力の日々。
父親は止めることもなく、私に声をかけることすらない。
今の家族が調べてくれたのだが、私はあの母親の娘ではない。
父親は伯爵で、私の母とは政略結婚だった。
そして母と婚約する前から妹の母親とは恋仲だったと。
あの母親からすれば、私は恋人を奪った憎い女の娘だ。
私を産んですぐに死んでしまった実母への憎しみは、娘の私へと向けられた。
父も、好きでもない女性との間の子など――しかも後継ぎになれない女児など興味ないのだろう。
そして腹違いの妹は、母親を見て私を虐めてもいいと判断したのだろう。
幼い頃は庇ってくれる人もいたと思う。
けれど乳母や侍女、家庭教師など、私を庇おうとした者はみな首になり、私は一人きりとなった。
薄暗くて寒い、物置のような部屋に、薄い布団。
食事は一日一度、下働きでさえ食べないような固いパンと味のないスープ。
私はその小さな部屋で、傍に積まれたカビの匂いのする本だけを友にただ一日が過ぎるのを待っていた。
寝床と食事が与えられるだけましなようだけれど――今なら分かる、彼女たちは私に死なれては困るのだ。
虐める相手がいなくなるから。
彼女たちの憎しみで生かされる日々が終わりを告げたのは十三歳の誕生日だった。
この国では十三歳になると教会へ行き、洗礼式を行う。
これは大人になるための準備がはじまる最初の儀式で、貴族の家に生まれた者は必ず受けなければならない。
まともに育てられていないとはいえ、貴族名鑑に名前が載っている以上、私も洗礼式を受けなければならない。
私はボサボサの髪を梳かれ、初めて触れる柔らかな手触りのドレスを着せられると、生まれて初めて馬車に乗った。
洗礼式には本来両親が付き添うそうだが、母親は行くはずもなく、私の隣には父親だけが座っていた。
教会への道すがら、父親は私に声をかけることも、視線を送ることもなかった。
白い大理石で建てられた聖堂はとても大きく、眩しかった。
長い廊下を、案内役の神官と父親の後を追うように歩いていく。
部屋からほとんど出たことのない私には、歩く体力もろくになかった。
足を進める度に母親から受けた傷が痛む。
やがて足が動かなくなった私は、その場に蹲ってしまった。
そんな私に気づくはずもなく、父親は廊下を進んでいく。
「――」
小さくなる背中に声をかけようとしたけれど、できなかった。
父親と会話などしたことがないのだ。
何と言って声をかければいいのだろう。
やがて神官と父親の姿は見えなくなった。
(このまま……すてられるのかな)
ふとそんなことを思った。
それでもいい。
あの家にいるくらいなら、このままこの白くて綺麗な教会の中で……神様の近くで死んでしまいたい。
私は冷たい床に横たわると目を閉じた。