18 アリス
サロメ様と別れると、私は喉の渇きを覚えて料理の並ぶ一角へと向かった。
(わあ……美味しそう!)
そこにはサンドウィッチや果物にスコーン、一口サイズのケーキなど見た目も美味しそうな軽食が並んでいる。
食べたい……食べていいのよね、これ。
幼い頃からろくな食事を与えられなかったせいで未だに少食だが、甘いものは不思議と沢山食べられるのだ。
(そういえば……スイーツブッフェ、行けなかったな)
並んだケーキ類に、前世で死ぬ直前に交わした妹の亜里朱との会話を思い出す。
最近オープンしたスイーツブッフェのお店に今度行こうと話していたのだ。
(そんな話をしている時に死んだから……未練でスイーツだけは食べられるのかしら)
亜里朱はお店に行ったのだろうか……いや、あの子なら多分、私を思い出すからと行けなかっただろう。
(やっぱりショコラ……でもタルトも捨てがたいわね)
しばらく迷い、やはり一番好きなショコラケーキにしようと手を伸ばすと、同時に出された手とぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさい」
「私の方こそ……!」
見るとそれはアリスだった。
「あっあの、お先に……どうぞ」
「……ありがとうございます」
譲られて、こちらも遠慮しそうになったが、公爵令嬢と子爵令嬢では向こうの方がずっと下の立場だと思い出して、私は先にショコラケーキを取った。
口に入れるとしっとりとして濃厚なケーキが口の中で溶けていく。
ほんのりと柑橘系の香りも遠くに感じられる。
家のシェフが作るものや、街で人気のショコラケーキも美味しいけれど、やはり王宮のものは一味違うわ。
ふと気づくと、アリスがこちらを見ていた。
「あっすみません」
目が合うとアリスは慌てて俯いた。
「リナ様が……とても美味しそうに食べていたので」
「ふふ。実際とても美味しいんです。アリス様も食べてみてください」
「は、はい」
緊張したような顔でショコラケーキを食べた途端、アリスの顔が綻んだ。
「本当……濃厚で美味しい!」
「この口の中で溶ける感じがいいですわ」
「オレンジリキュールでしょうか……ほんのりと香りがします」
「ええ。そこがまたいいですね」
アリスと顔を見合わせて、ふふと笑った。
「リナ様はケーキがお好きなのですか」
「ええ、不思議とケーキはいくらでも食べられてしまいます」
「私もです! 他のは食べましたか」
「いえ、これからです」
アリスと二人、並んだケーキを次々と食べては感想を言い合った。
……前世のことを思い出したからか、名前が同じだからか……妹とよくこうやってスイーツを食べ歩いていたのを思い出す。
それはとても懐かしい感覚だった。
「ふう、全部美味しかったです」
結局二人でひと通り食べてしまった。
一つ一つは小さいから全種類食べてもまだ余裕があるのよね。
「王宮のケーキは凄く美味しいですね」
「そうですね」
「うち田舎なので素朴なお菓子ばかりで……」
アリスはため息をついた。
「ここに来たら王都の美味しいお菓子を食べ歩きできると思ったんですけれど、外に出てはいけないんですよね」
「そうですね」
「美味しいお店、沢山あるんですよね……」
よほどお菓子が好きなのだろう、心から残念そうにアリスは嘆いた。
「――お店には行かれなくても、買ってきて貰えばよろしいのでは?」
そう思いついて口にすると、アリスはハッとしたように私を見た。
「その手がありましたか! でも誰に頼めば……」
「まずは外で買ったものを持ち込んでいいか聞いてみましょう。許可が下りれば私の侍女に買ってきてもらいますわ」
「……え、良いのですか?」
「彼女たちは美味しいお店を良く知っていますから」
私だけでなくお母様も甘いものが好きなので、我が家の侍女は王都の美味しいお店の情報を沢山持っているのだ。
「そうすれば私も食べられますし、ね」
アリスが負担に思わないよう、そして自分も食べたいという下心を入れてそう言うと、アリスは目を輝かせた。
「ありがとう! お姉ちゃ――」
(……え?)
「っあ……すみません!」
アリスは慌てたように手で口を塞いだ。
「……あ、あの……その、リナ様は私の姉に少し似ていて……」
「お姉様?」
「……何年も前に死んだのですが。可愛くて優しくて、私が欲しいものがあると良くくれて……それでつい」
顔を赤くしながらアリスは言った。
「まあ、お姉様が……お気の毒に」
アリスに姉がいたなんて、そんな設定あっただろうか。
兄はいたと思うけれど……何年も前に亡くなったというから、話に出てこなかっただけだろうか。
「すみません」
「いえ、優しいお姉様だったのね」
「はい! 自慢の姉でした」
そう答えるアリスが――亜里朱とかぶって見えて。
(私にもあなたに似た妹がいたの)
そう口にしそうになった。
「アリス様はどういうお菓子が好きかしら」
「そうですね、私は……」
その時突然、女性の悲鳴が響き渡った。