17 サロメ
離宮へ来て一週間が経った。
今日は庭園で立食パーティーが開かれる。
このパーティーは殿下は参加せず、候補者同士の交流が目的だが、ゲームでは殿下が隠し窓からパーティーの様子を観察していた。
今はバラが見頃で、離宮のバラ園も様々なバラが咲き誇っている。
けれどここには『王家のバラ』は植えられていないようだった。
ソフィア様とは何度か互いの部屋を訪れお茶を飲んだりして交流しているけれど、他の人たちとはさっぱりだ。
ひきこもりの私には友人と呼べる相手がいないので――友人まで行かなくとも会話が出来る相手が何人か得られると嬉しい。
だからこの立食形式のパーティーはチャンスなのだ。
会場で目を引くのは、アデール様を中心とした五名ほどの集団だ。
……あれは確か、皆貴族派の家の人たちだ。
おそらく選考会より前からああして集まっているのだろう。
その中には実の妹、コゼット・ヴィトリーの姿もある。
(あそこには近づかないようにしよう。……そういえばヒロインは?)
視線を巡らせると、アリスは他の子爵家の二人と何か談笑していた。
ゲーム通りあの三人は仲が良いらしい。
(アリス……ここまで何もしていないのね)
ゲームでは、殿下の目に留まる行動を既に幾つか起こしているはずだけれど。
それとも私が気づいていないだけだろうか。
「あの、リナ様」
声をかけられ、振り返るとサロメ様が立っていた。
「はい」
「私、リナ様にお礼が言いたくて」
「お礼ですか?」
「先日の講義、リナ様のご提案と聞きました」
「……提案というか、本当は家庭教師をお願いしたかったのですが、個別は無理だと言われてしまって」
「そうでしたか。でもやはりリナ様のおかげですね」
「あの、おかげとは……」
「はい、ラファエル・アレオン様とお会いできたことです」
目を輝かせてサロメ様は言った。
「父からよくアレオン様のお話を聞いていて。とても素晴らしい宰相だったと。憧れの方だったんです」
「そうでしたの」
「それで、あの後お礼の手紙をお出ししたらすぐ返事をいただきまして。本当に文官を目指すならば能力次第では推薦状を書いていただけると言ってくださったんです」
「まあ、それはおめでとうございます」
推薦状……それは凄いことなのだろうか。
「無学で申し訳ないのですが、推薦状があると文官になれるのですか?」
「いえ、試験に合格することが第一の条件ですが、推薦状があると採用されるのに有利になるんです。配属先の希望も叶いやすいとか」
「そうなのですか」
元宰相で王太子たちの教師からの推薦状なんて、かなり強力なのではないだろうか。
「お妃選考会なんて時間の無駄だと思っていましたが。まさかこんな素晴らしい出会いがあるなんて、とても嬉しいです」
まるで私を拝むようにサロメ様は両手を胸の前で組んだ。
「本当にありがとうございます」
「……お役に立てて良かったです」
実際に推薦状を貰えるかはサロメ様の実力次第だけれど、ご縁が繋がったのは良かった。
それにしても、実力だけでは希望する仕事に就くのは難しいのはどの世界も同じなのか。
「そういえば、殿下が女性の文官はすぐ辞める方が多いとおっしゃっていましたけれど。それは結婚や出産が理由なのでしょうか」
前世を思い出しながら私は尋ねた。
「そうですね、そういう方もいますが、基本文官になる女性は結婚は諦める方が多いそうです」
「……まあ……」
「それよりも、男性優位の仕事場に耐えきれない方が多いとか」
――この国は私が想像できるよりずっと働く女性に厳しいようだ。
「それでも……サロメ様は文官になりたいのですか」
「はい。幼い頃からの夢なんです」
輝く瞳でそう言う顔は、十代の女の子の顔で。
それなのに、そんな覚悟を持っているなんて。
「サロメ様はすごいですね……」
私はただ家族に守られて生きているだけで、夢も覚悟も何もないのに。
「頑固なだけです」
「それでも夢を実現しようと努力なさるのは素晴らしいです」
女性の自由が少ないこの国で。
「応援していますわ。頑張ってください」
「ありがとうございます」
サロメ様は嬉しそうな笑顔を浮かべた。