16 講義
離宮に来て五日目。
私たちは図書館に集まっていた。
今日はこれから政治学の講義があるのだ。
先日お願いした家庭教師の件はダメだったそうだ。
私一人だけという訳にはいかず、けれど個々につけるのは時間的に準備が難しい。その代わり全員を集めて教えるという形ならばできるということで、今回の講義となったのだ。
白髪の男性の後からエルネスト殿下が現れてざわめきが起きた。
「こちらはラファエル・アレオン殿。元宰相で、私と弟の教師を務めてくれている」
殿下自ら男性を紹介した。
「妃教育も彼が行う予定だ。それではアレオン殿、頼んだ」
そう言うと殿下は部屋の一番後ろへ向かうと空いていた椅子に腰を下ろした。
「それでは、今日は各派閥の関係について話しましょう。これらは貴族ならば覚えておくべきですからな」
そう前置きして、アレオン様は話し始めた。
この国には三つの派閥がある。
一つは王家と親戚であったり、特に親しい関係である家が集まる『王家派』。
ソフィア様のドルレアク公爵家はその筆頭だ。
次に、私の家のロンベルク公爵家が筆頭の『教会派』。
教会との結びつきが強く、平民との関係も近い。
もう一つが『貴族派』。貴族としての伝統を重んじており身分にも厳しい。
アデール様のラビヨン侯爵家はこの貴族派だ。
そして、どの派にも属さない『中立派』と呼ばれる家もある。
辺境伯など王都から離れた領地を持つ家に多く、決め事がある時はいかに彼らを取り入れられるかが大切となる。
アレオン様はまず各派閥の概要を説明した後、さらに詳しく各家の関係を解説していった。
――ざっくりとは家族から話は聞いて把握はしていたけれど、どうしても自分が所属する派閥が贔屓目となる。
けれどアレオン様はさすが元宰相。第三者的目線で平等に解説していった。
しかもその解説が分かりやすく、時々裏話的なものも交えて面白い。
(大学の講義みたい)
面白くて人気だった教授を思い出して懐かしくなった。
講義がひと通り終わると質問の時間となった。
一人の令嬢が積極的に質問を行った。
確かサロメ・ドパルデューという名前の伯爵家の令嬢で……知識が多く、ゲームではヒロインにヒントを与えてくれるキャラだった。
そのサロメ様の質問は講義以上の内容で、他の令嬢たちはついていかれず、アレオン様も苦笑していた。
「リナ・ロンベルク嬢。サロメ・ドパルデュー嬢」
講義の時間も終わり解散となり、立ち上がろうとすると殿下が口を開いた。
「二人が書き留めたものを見せてくれないか。後ろから見ていたが、二人は特に熱心に書いていたようだ」
思わずサロメ様と顔を見合わせる。
――殿下が一番後ろにいたのは、私たちを観察するためだったのか。
「……はい」
おずおずと私はノートを差し出した。
人に見せるものではないから恥ずかしいけれど。
「ふむ、変わった書き方だな」
私が書いたものを見て殿下が呟いた。
アレオン様も傍から覗き込んできた。
「これは、家の関係が分かりやすくまとめられておりますな」
私が書いていたのは相関図だ。
同じ派閥内でもそれぞれの関係が複雑で、図で書いていかないと分からなくなってしまいそうだったのだ。
「今日の話を聞いてこれだけ理解してまとめられるとは素晴らしいですな」
「あ、ありがとうございます」
褒められると嬉しいけれどくすぐったい。
「サロメ嬢は……速記を身につけているのか」
サロメ様のノートを見て、殿下が感心したような声を上げた。
覗き見させてもらうと、糸くずのような不思議な記号が並んでいる。
これが速記……初めて見たわ。
「はい。法務官の父に習いました」
「ドパルデュー伯爵か。知っておる、几帳面でいい仕事をする」
アレオン様が口を開いた。
「はい! 私、父のような文官になりたいんです」
目を輝かせてサロメ様は言った。
「……そうか、妃より文官か」
殿下が苦笑した。
「あっ……あの。私、宝石よりもペンが好きで」
一瞬しまったという顔を見せて、けれどサロメ様はすぐにその表情を引き締めた。
「あとダンスよりも読書が好きなんです」
「確かに、サロメ嬢はあまりダンスは得意ではなかったな」
数日前の夜会を思い出したのか、殿下は目を細めた。
「女性の文官は数が少なく、入ってもすぐに辞める者も多い。それでもなりたいか」
「はい」
サロメ様は殿下をまっすぐに見上げて答えた。
「そうか。頑張るといい」
サロメ様にノートを返しながら殿下は言った。
(ゲームでは……サロメ様が文官になる夢を語るのは最後だったのに)
選考会が終わった後、別れを告げるときに言われるのだ。
それに、殿下もこんなに候補者たちに気安く話しかけることはなかった。
(色々と違うのね……)
そもそも、こんな講義の時間など……まあ、これは私がお願いした結果なのだけれど。
ゲームと異なることが多いことに戸惑いながら、私は部屋へと戻った。