14 夜会
離宮内にあるホールの扉が開かれると、音楽が聞こえてきた。
見やると奥で十人ほどの楽団が演奏している。
優雅な音楽に昼間よりも豪華な令嬢たちのドレス。
煌びやかな雰囲気に気持ちが昂るのを感じていると、陛下たちの入場を告げる声が響いた。
国王陛下は立派な髭を蓄えた、まさに王にふさわしい貫禄あるお方だ。
着座し、柔和な表情で私たちを見渡す、けれどその紫色の瞳は鋭い眼光が宿っている。
隣の王妃様はとても美しい方で――美しいだけでない、凛とした強さも感じられる。
(何だか眩しい……これがオーラというやつ?)
キラキラして見える玉座の二人の隣に立つ、殿下もまた眩しさを纏っていた。
エルネスト王太子殿下。
二年前に一目だけお会いした時は、彫刻のような冷たい美しさを持っていた。
けれど今の殿下は……精悍さが増したものの、『氷の王太子』と呼ばれたゲームの殿下とは違い、柔和な雰囲気を纏っていた。
ゆっくりと陛下が立ち上がった。
「此度は我が息子の提案により、このような場を設けることとなった」
よく通る声がホールに響き渡る。
「突然のことでそなたらには戸惑いもあるだろう。妃として選ばれるのは一人だが、他の者も国の未来を支える一員としてこの選考会でよく学び成長することを願っている。期待しておるぞ」
国王陛下の言葉に、令嬢たちから感嘆のため息がもれた。
ちらと視線を送ると、感動したのかその頬を染めたり、涙ぐんでいる人もいる。
……特に下位貴族にとって、国王陛下と接することはまずないことだと聞いたことがある。
それを期待していると言われたのだ、嬉しくなるだろう。
私も家族だけでなく、この国の役に立てる存在になれるだろうか……。
自分がお妃になるとは思わないけれど、この選考会は頑張らなければ。
陛下の言葉を聞きながら私は改めて決意した。
「それでは本日は、殿下との顔合わせを兼ねるため一人ずつ踊っていただきます」
文官の言葉に、エルネスト殿下がゆっくりとホールの中央へ歩き、立ち止まった。
歩く仕草も美しくて令嬢たちからため息がもれる。
黒を基調にした、飾りのないシンプルな夜会服だがそれが殿下のスタイルの良さと品格を引き立てていた。
「リナ・ロンベルク嬢」
……やはりここでも私が最初なのか。
ダンスは……家で、お父様やお兄様を相手には何度も踊っているけれど、人前では初めてだ。
しかも、王太子殿下とだなんて。
緊張で震えそうになるのを抑えながら、私はゆっくりと足を進め、殿下の前に立った。
スカートを摘み、礼を取る。
頭を上げると――二年前のあの時のように紫水晶の瞳と視線が合った。
けれどあの時とは異なり、ふわり、と柔らかな笑みがその顔に浮かんで……あまりにもその顔が……何と表現していいのか分からないほど、眩しくて。
身体が熱くなる。
殿下が手を差し出した。
その手を取ると、そっと引き寄せられる。
音楽が流れ始めると私たちは踊り出した。
殿下のリードは完璧だった。
緊張で硬くなり、恥ずかしさで俯いてしまう私の腰を支え、動きやすいように誘導してくれる。
それはまるで兄と踊っているような安心感で、少し余裕が出てきた私は顔を上げて殿下を見上げた。
私を見つめていた瞳が細められた。
「水色が好きなのか?」
「……え?」
唐突な言葉に目を丸くする。
「あの時も水色を着ていただろう」
――それは、二年前の教会でのことだろうか。
あの時も私は水色のワンピースを着ていた。
(殿下も……覚えていたの?)
「……はい」
私は頷いた。
「よく似合っている」
「……ありがとう、ございます」
あんな、一瞬の出来事を覚えていたなんて。
私には特別な出来事だったけれど……殿下にとっては些細なことだったろうに。
「君にもう一度会いたいと思っていたんだ」
「――え?」
更に思いがけない言葉に、私は殿下を見つめてしまった。
「会えて嬉しいよ、リナ嬢」
柔らかな笑顔で殿下はそう言った。